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冤罪で追放された伯爵令嬢は、森の奥の診療所で天才医師の胃袋を掴み、愛されながら幸せなスローライフを満喫します  作者: 白月つむぎ


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144 お野菜の凄まじい生命力に、こちらまで元気を分けてもらえるようですわ

 昨日までの猛烈もうれつな雨と恐ろしい雷鳴らいめいが嘘のように、窓の外にはさえぎるもののない抜けるような青空がどこまでも広がっていた。

 嵐が完全に去った翌朝の空気は、大雨によって森の隅々まで綺麗きれいに洗い流されたかのように、ひどく澄み切っている。


 開け放たれた窓から流れ込んでくる風は瑞々しい新緑しんりょくの香りをたっぷりとはらんでおり、初夏の鮮烈せんれつな太陽の光が、雨水に濡れた木の葉をきらきらと宝石のように輝かせていた。


 居住区画に置かれた、二つの寝台をぴったりと合わせた就寝スペースで、コルネリアは心地よいかろやかさを胸に抱きながらペリドットの瞳を開いた。

 視界がはっきりとしてくると、すぐ隣で静かな寝息を立てている愛する人の姿が目に飛び込んでくる。

 カエラムはまだ深い眠りの中にいるようだったが、その翡翠色ひすいいろの髪は、寝返りを何度も打ったせいか、見事なまでに四方八方しほうはっぽうへと爆発するように跳ね上がっていた。


 カエラムが朝のまどろみの中だけで見せる、このあまりにも無防備むぼうびな姿。

 コルネリアは愛おしさが胸の奥からとめどなく溢れ出すのを抑えきれず、思わずクスッと小さく笑い声を漏らした。


 彼女は寝台の上でそっと身を起こすと、カエラムを起こさないように細心の注意を払いながら、自身の指先を彼の爆発した髪の中へと滑り込ませた。

 ツンツンと頑固に主張している毛先を、指の腹で優しく撫でさすり、一本一本地面に向けてかすようにして直していく。


 コルネリアの指先が頭皮に触れる心地よい刺激に、カエラムの長い睫毛まつげが微かに震え、やがてアンバーの瞳がゆっくりと開かれた。

 丸メガネを外したままの、少しだけ眠気の残るうるんだ瞳が、至近距離にいるコルネリアを捉える。


「……おはようございます、ネリー。朝から、私の髪を熱心にお手入れしてくれているのですね」


「おはようございます、先生。あまりにも見事な寝癖でしたので、つい手が出てしまいましたわ。ほら、まだこの辺りがぴょんと跳ねています」


 コルネリアが楽しそうに微笑みながらなおも指を動かしていると、カエラムはふっと口角を上げ、彼女の細い手首を大きな手で優しく捕まえた。

 そして、そのまま彼女の手の甲に小さく朝の口づけを落とす。


「ありがとうございます。あなたに触れられて目覚める朝は、それだけで最高の気分ですよ」


 彼の低い声と、手の甲に触れた柔らかな唇の熱に、コルネリアは一瞬にして頬を朱色に染め、照れくさそうに視線を彷徨さまよわせた。


 ――二人で仲良く身支度を整えた後、寝室を後にしてキッチンスペースへと移動した。

 まずは足元で期待に満ちたマリンブルーの瞳を見上げてくるコユキのために、茹でたお肉と刻んだお野菜をたっぷりと混ぜ合わせた栄養満点のご飯を器に出してあげる。

 コユキは尻尾をちぎれんばかりに激しく振り回しながら、一瞬で皿をからっぽにした。


 続いて、二人の朝食の準備である。

 今朝のメニューは、香ばしい小麦のパンと、完熟トマト、そして新鮮な卵を使った温かいスープだ。


 コルネリアは手際てぎわよくかまどの火をおこし、小鍋で丁寧に取った出汁だしに、湯むきして細かく刻んだトマトを投入した。

 トマトが熱で溶けてスープが美しい鮮紅色せんこうしょくに染まったところで卵を優しく回し入れる。


「トマトと卵のスープができましたわ」


 円卓に向かい合って座り、手を合わせてからスープを木のさじすくって口へと運ぶ。

 トマトの爽やかな酸味と卵の優しいコクが口いっぱいに広がり、トーストしたパンの香ばしさと共にお腹の底から身体を温めてくれた。


「美味しいですね。トマトの爽やかな酸味が、朝の身体を心地よく目覚めさせてくれます」


「ええ。これからの季節は、こういったお野菜の瑞々《みずみず》しさが本当にありがたいですわね」


 ――美味しい朝食で気力と体力をしっかりと補給ほきゅうした二人は、食後の運動を兼ねて裏庭へと向かった。

 まずはファノーネの馬小屋の掃除である。


 昨日、激しい嵐のために一日中小屋の中で過ごしていたファノーネは、カエラムが扉を開けると嬉しそうに「ブルル」と鼻を鳴らした。

 カエラムが手際よく汚れたわらを運び出し、床を綺麗に掃き清めて新しい藁を敷き詰める間、コルネリアはファノーネを裏の広い草地へと連れ出して放牧してやった。

 ファノーネは夏の心地よい風に金色のたてがみを揺らしながら、雨上がりの青々とした草を美味しそうにみ始める。


 小屋の掃除が終わると、二人は集めたファノーネの落とし物と、森の奥から集めておいた大量の落ち葉、そして黒い土を一つの場所に山のように積み上げ、シャベルを使ってしっかりと混ぜ合わせる作業に取り掛かった。


「先生。これ、いつ頃になったら菜園のお野菜に使える肥料になるのかしら?」


 コルネリアが額の汗を拭いながら首を傾げると、カエラムもまたシャベルを土に突き立て、少しだけ思案しあんするように丸メガネの位置を直した。


「以前、ジェドさんが教えてくださった通り、生のままでは熱を持って野菜の根を焼いてしまいますからね。こうして時々かき混ぜながら、しっかりと寝かせて発酵はっこうさせる必要があります。完全に熱が抜けて、良い土の匂いに変わるまで……おそらく数ヶ月はかかるでしょう。ジェドさんの自然の知恵を信じて、私たちはゆっくりと待つのが正解のようです」


「数ヶ月……本当に、お野菜作りは時間がかかりますのね。でも、それだけ愛情を込める価値がありますわ」


 二人は顔を見合わせて微笑み合い、最後にもう一度山を綺麗に整えてから、隣の菜園の様子を見に向かった。

 初夏の強い日差しを浴びた菜園は、雨の恵みを得て驚くほどの生命力に満ち溢れていた。


 夏の間中、毎日たくさんの実をつけてくれる予定のピーマンは、小さな白い花をいくつも咲かせ、その根元には鮮やかな緑色をした小さな実が膨らみ始めている。

 晩夏ばんかに向けて深い味わいをもたらしてくれるナスも、紫色の立派な茎を力強く上へと伸ばしていた。


 そして、コルネリアがトマトのうねの前に立った瞬間――そのペリドットの瞳が驚きに大きく見開かれた。


「まあ……! 先生、見てください! トマトの第一号が、こんなにも真っ赤に色づいていますわ!」


「おや、本当ですね。見事な初物はつものです」


 カエラムが目を細めて見つめる先には、太陽の光を浴びてつやつやと輝く、真っ赤に染まったトマトが実っていた。

 ――しかし、二人の驚きはそれだけでは終わらなかった。

 隣の畝に植えられていたズッキーニの前に移動した瞬間、今度はカエラムさえもが丸メガネの奥の瞳を丸くして絶句したのだ。


「……これは、一体どういうことでしょうか。昨日の夕方までは、私の親指ほどの大きさしかなかったはずですが」


「信じられませんわ……! 一晩の雨で、こんなにも巨大化してしまうなんて!」


 そこに横たわっていたのは、コルネリアの肘から手首までと同じくらいの長さにまで、信じられないほどの速度で急成長を遂げた、極太のズッキーニだった。

 水分をたっぷりと吸い込み、表面には瑞々しい産毛が白く輝いている。


「ズッキーニというのは、成長が非常に早い植物だとは聞いていましたが……これほどとは。さっそく収穫しましょう」


「はいっ! なんだか、お野菜の凄まじい生命力に、こちらまで元気を分けてもらえるようですわ」


 コルネリアは小刀を使って、丁寧にトマトと巨大なズッキーニの茎を切り離し、かごの中へと収めた。

 ずっしりとした重みが、自分たちの手で育て上げたという確かな実感を伝えてくる。


 一通りの労働を終えた二人は、診療所の前の木陰こかげに置かれた長椅子へと腰を下ろし、心地よい初夏の風に吹かれながら休憩をとることにした。


「ネリー、少し待っていてください。ちょうど良いものを持ってきますから」


 カエラムが診療所の中へと戻り、しばらくして持ち出してきたのは、二つのグラスだった。

 中には、以前二人で仕込んでおいた梅シロップが、美しい琥珀色こはくいろの液体となってたっぷりと注がれている。


 コルネリアは嬉しそうに目を輝かせると、自身の両手をグラスの周りにかざし、静かに魔力を練り上げた。

 淡い水色の光と共に、グラスの中にカラリと涼やかな音を立てて、清らかな氷の塊が次々と生み出されていく。

 そこへ冷たい湧き水を注ぎ込み、匙で静かにかき混ぜた。


「特製の梅ネードの完成ですわ。先生、どうぞ」


「ありがとうございます。いただきます」


 二人はグラスを軽く合わせ、冷たい琥珀色の液体を口に含んだ。

 その瞬間――長期間じっくりと熟成された梅の爽やかで強烈な酸味と、上品な砂糖の甘みが、冷たい氷の刺激と共に乾いた喉を駆け抜けていった。

 汗をかいた身体の細胞一つ一つに、極上のうるおいが染み渡っていくのがはっきりとわかる。


「……素晴らしい美味しさです。この酸味が、疲れを瞬時に吹き飛ばしてくれますね」


「本当ですわ。外の空気も、なんだか少しずつ熱を帯びて、夏の気配がしてきましたけれど……この梅ネードがあれば、どんなに暑い夏がきても乗り越えられそうですわね」


 雨上がりの湿り気を含んだ土の匂いと、どこか力強さを増した太陽の光。

 二人は冷たいグラスを手に持ちながら、静かに新しい季節の足音を楽しんでいた。

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