142 ルージャの実を使ったプリンです
激しい雨が診療所の屋根を絶え間なく打ち据え続ける中、硬く閉ざされた窓の木戸の隙間から、室内を一瞬にして真っ白に染め上げるほどの強烈な閃光が幾度も差し込んでいた。
直後、大気を物理的に引き裂き、大地の底から突き上げるような凄まじい雷鳴がすぐ近くの森で轟き、床板を大きく震わせた。
鼓膜を叩く暴力的な音の塊にも、円卓に座るコルネリアの表情に恐怖の色は一切浮かんでいない。
むしろ彼女は、これから始まる特別な甘い時間への期待に、そのペリドットの瞳を明るく輝かせていた。
しかし、彼女の足元では、全く別の反応が起きていた。
巨大なワニの魔物を前にしても一歩も引かない勇敢なコユキが、今日に限っては完全に萎縮してしまっていたのだ。
彼は、自身の短い前足で鼻先をすっぽりと覆い隠すようにして床に伏せ、コルネリアの足首にぴたりとしがみついて、小刻みに全身を震わせている。
雷鳴が轟くたびに、甲高い鳴き声を短く漏らしながら、ひたすらにこの恐ろしい嵐が過ぎ去るのを待っているようだった。
「まあ……コユキったら、雷の大きな音が怖いのですね」
コルネリアは椅子から立ち上がってしゃがみ込み、震える小さな身体を両腕で優しく抱き上げた。
カエラムも微笑ましそうに目を細め、腕の中にいるコユキの頭をゆっくりと撫でる。
「まだ幼い赤ん坊ですから、空が怒っているような自然の猛威には慣れていないのでしょう。大丈夫ですよ、コユキ。今から、あなたの恐怖を忘れさせてしまうくらい、とびきり美味しいものを作りますからね」
カエラムの穏やかな声掛けに同意するように、コルネリアもコユキの背中を優しくさすり続けた。
そして、二人は円卓からキッチンスペースへと移動し、並んで調理台に立つ。
まずはカエラムが、プリンの味の土台にして全体を引き締める役割を担う、カラメルソースの作成に取り掛かった。
小さな鍋に分量の砂糖とわずかな水を入れ、かまどの火にかける。
熱が加わるにつれて砂糖がゆっくりと溶け出し、やがて縁の方から濃い琥珀色へと静かに変化していく。
微かに焦げたような香ばしい匂いが立ち上った絶妙な瞬間に、はねる水分に気をつけながら少量の湯を差し込み、滑らかなソースを完成させた。
それを、あらかじめ用意しておいた陶器の器の底へと均等に流し込んでいく。
その隣で、コルネリアは昨日川辺の木から持ち帰っていた赤い果実――ルージャの実の下ごしらえを進めていた。
馬も魚も大好物とするその果実は、人間の握り拳の半分ほどの大きさで、表面には張りのある真っ赤な皮がついている。
丁寧に冷水で洗い流した実をすり鉢に入れ、木のすりこぎを使ってゆっくりと力を込めて潰していく。
果肉が弾けると、中から鮮やかなルビー色をした果汁がたっぷりと溢れ出し、果物特有の甘酸っぱく爽やかな香りがキッチンスペースに広がった。
細かな種や皮を取り除くため、目の細かい布を使って果汁だけを搾り取る。
次に、大きなボウルへ新鮮な卵を割り入れ、空気を抱き込ませないよう、細心の注意を払いながら静かに解きほぐしていく。
そこへ、人肌程度の温度に温めた濃厚なミルクと砂糖、そして先ほど搾り取ったルージャの実の果汁をたっぷりと注ぎ込み、全体が均一になるように木べらで丁寧に混ぜ合わせた。
本来ならば淡い黄色になるはずのプリン液は、ルージャの赤い果汁が混ざり合ったことで、まるで春の桜の花びらを思わせるような、愛らしく美しい薄桃色へと染め上がっていた。
「コユキの分も、別に用意してあげましょうね」
コルネリアは、人間用の砂糖とカラメルソースを一切使わない、コユキ専用の特別なプリン液を小さな器に取り分けた。
ルージャの実が持つ自然な甘みと、新鮮な卵とミルクのコクだけで仕上げる、小さな身体に優しい特製の一品である。
すべての器を深さのある平鍋に並べ、少量の湯を張ってから重い蓋を閉める。
弱火を維持し、卵の成分が硬くなりすぎないよう、滑らかな口当たりになる瞬間を慎重に見極めながらじっくりと蒸し焼きにしていく。
やがて、蒸し上がった器を鍋から取り出すと、コルネリアは自身の魔力を両手のひらに静かに集めた。
淡い水色の光と共に室内の温度がわずかに下がり、水を張った大きめの木桶の中に、清らかな氷の塊が次々と生成されていく。
その冷え切った氷水の中に熱々の器を沈め、一気に熱を奪うことで、生地を完璧な状態に冷やし固めていくのだ。
「さあ、完成しましたわ。ルージャの実を使ったプリンです」
円卓に運ばれたお茶と共に、二人は完成したばかりの冷たいお菓子を並べた。
まずは、未だに雷の音に怯えているコユキの目の前に小さな器を置く。
すると、それまで小刻みに震えていたコユキの鼻先が微かに動き、ミルクと果実の甘い香りに誘惑されるようにして顔を上げた。
恐る恐る一口舐めた瞬間、コユキの中で雷の恐怖など完全に吹き飛んでしまったらしく、尻尾を激しく振り回しながら、器に顔を突っ込んで夢中で中身を舐め尽くしていった。
そのあまりにも現金で愛らしい様子に、二人は声を立てて笑い合いながら、自分たちの分にも木の匙を入れた。
陶器の器をひっくり返して皿に乗せると、美しい薄桃色のプリンの上から、濃い琥珀色のカラメルソースがとろりと滴り落ちる。
匙で掬い上げ、口へと運ぶ。
その瞬間、卵とミルクの濃厚なコクの中に、ルージャの実が持つフルーティーで爽やかな甘みが弾け、それらが冷たく滑らかな舌触りと共に口の中いっぱいに広がっていった。
後からゆっくりと追いかけてくるカラメルのほろ苦さが全体の甘さを上品に引き締め、いくらでも食べられてしまいそうな、極めて高い完成度を誇っていた。
「……素晴らしい美味しさです。ルージャの実の爽やかな風味が加わることで、濃厚でありながらも全く重たさを感じさせません。大成功ですね」
「本当ですわ。冷たくて甘くて、ほっぺたが落ちてしまいそうです。これなら、外の嵐の音も全く気になりませんね」
カエラムとコルネリアは、互いの顔を見合わせて心からの笑顔を咲かせた。
――美味しいプリンと温かいお茶を堪能し、穏やかな語らいの時間を過ごしているうちに、夕刻が近づいてきた。
気づけば、屋根を激しく打ち据えていた雨音は次第にその勢いを弱め、やがて完全に音を止ませていた。
遠くで鳴っていた雷鳴も、すっかり聞こえなくなっている。
「雨が上がったようですね。少し、外の空気を入れて換気をしましょう」
カエラムが椅子から立ち上がり、嵐を凌ぐために硬く閉ざされていた窓の木戸の留め具を外し、ゆっくりと外側へ向かって押し開けた。
その瞬間――暗かった診療所の中に、息を呑むような圧倒的な光景と色彩が飛び込んできた。
空を覆い尽くしていた重く分厚い雲が大きく割れ、その裂け目から、信じられないほど鮮やかで、燃え上がるような紅蓮の夕焼け空が顔を覗かせていたのだ。
眩い黄金色、力強い朱色、そして天頂に向かって広がる深い紫色が複雑に混ざり合い、雨上がりの澄み切った大気を鮮烈に染め上げている。
激しい雨に洗い流された森の木々は、葉の一枚一枚が水滴を纏って瑞々しい緑色に輝き、燃えるような夕焼けの光を反射して、まるで宝石を散りばめたかのようにきらきらと瞬いている。
開け放たれた窓から勢いよく吹き込んでくる風には、水分をたっぷりと含んだ黒い土の匂いと、青々とした草木の力強い香りが濃密に混ざり合っていた。
そして何より、その風は、春特有の柔らかな冷たさを完全に失っていた。
肌を撫でる湿った空気には、確かな熱と、すべての生命を躍動させるような力強い活力が宿っている。
それは間違いなく、新しい季節の訪れを告げる匂いであった。
「……なんて美しい夕焼け空なのでしょう。森全体が、光り輝いているようですわ」
コルネリアは、すっかり機嫌を直してお腹いっぱいになったコユキを腕に抱きながら、窓辺に寄り添うようにしてその絶景を静かに見つめた。
夕焼けの赤い光が彼女のホワイトブロンドの髪を照らし、淡い黄金色に染め上げている。
カエラムもまた、彼女のすぐ隣に並んで立ち、燃えるような空へとアンバーの瞳を細めた。
「ええ。とても力強く、美しい空です。この雨上がりの熱を帯びた風の匂い……もうすぐ、本格的な夏がやってきますね」
嵐が過ぎ去った後の完全な静寂と、夕暮れ時の劇的な空の美しさ。
そして、肌で感じる新しい季節の確かな足音。
二人は肩が触れ合うほどの距離で静かに寄り添い合いながら、これから訪れるであろう眩しく色鮮やかな夏の日々に胸を膨らませ、いつまでもその美しい夕焼け空を見つめ続けるのだった。




