139 さあ、炊き上がりましたわ!
夕闇が森の奥底からゆっくりと這い出し、初夏の梢を深い群青色に染め上げる頃。
カエラムとコルネリア、そしてファノーネとコユキを連れた一行は、大漁の川魚と共に無事に診療所へと帰還した。
「ファノーネ、今日は重いお道具をたくさん運んでくれて、本当にありがとうございました」
コルネリアは裏庭の馬小屋へファノーネを案内し、首筋をやさしく撫でさすった。
ルージャの実という最高のおやつを腹いっぱい食べて大満足のファノーネは、誇らしげに「ブルル」と鼻を鳴らし、自ら小屋の奥へと入っていく。
カエラムがファノーネの背から下ろした大きな荷物と、大量の川魚をキッチンスペースへと運び込むと、二人は調理に取り掛かる前に、まずは順番に温泉へと向かった。
川の風に吹かれて心地よく疲れた身体を、温泉の湯がじんわりと解きほぐしていく。
一日の汗と煙の匂いを綺麗に洗い流し、二人は寝間着に身を包んだ。
「ふぅ……やはり温泉は素晴らしいですね。一日の疲れが完全に溶け出していくようです」
「本当ですわね、先生。髪もさっぱりいたしましたわ」
キッチンスペースへと戻ると、お風呂上がりの微かな熱を帯びた二人の前に、夕食を心待ちにしている小さな影が立ちはだかった。
「クゥン、キュウゥン!」
コユキがマリンブルーの瞳をきらきらと輝かせ、コルネリアの足元で尻尾をプロペラのように激しく回している。
「はいはい、お待たせいたしましたね、コユキ。今日は川辺であなたが頑張ってくれたおかげで、こんなにもたくさんのお魚がありますのよ。今夜は特別に、あなたにもお魚のご馳走を作ってあげますからね」
コルネリアが微笑みながら、袋から今日釣ったばかりの新鮮な川魚を一匹取り出すと、すかさずカエラムが小刀を手に取って隣に立った。
「ネリー、魚の小骨を外す作業は私が担当しましょう。コユキの小さな喉に骨が引っかかってしまっては大変ですからね」
「まぁ、ありがとうございます、先生。よろしくお願いいたしますわ」
カエラムは医療器具を扱うかのような、正確な手つきで川魚を三枚におろし、細かな血合い骨や腹骨の針一本にいたるまで、指先の感覚だけで探り当てて抜き去っていった。
医師ならではのその無駄のない手技を、コルネリアは尊敬の念を込めたペリドットの瞳で見つめていた。
完全に骨を取り除いた魚肉を、コルネリアが小鍋でふっくらと茹で上げ、細かく刻んだお野菜と混ぜ合わせてコユキの皿に盛る。
床に置かれた瞬間、コユキは「ワフッ!」と歓喜の声を上げ、夢中になって皿に顔を突っ込んだ。
「コユキが美味しそうに食べてくれて嬉しいですわね。さて、私たちの夕食も作りましょう」
「ええ。ネリー、これほど新鮮な川魚を使って、今夜は何を作りましょうか?」
「ふふっ、お魚の旨味を余すことなく味わえる川魚の炊き込みご飯にいたしましょう。お昼に炭火で焼いたお魚も絶品でしたが、ご飯と一緒に炊き上げるのもまた格別ですのよ」
コルネリアは手際よくかまどの火を調整し、厚手の土鍋を用意した。
お米を綺麗に研ぎ、森の奥で採取しておいた香りの良い茸を細かく刻んで鍋に投入する。
そして、カエラムが綺麗に捌いてくれた川魚の切り身の表面を、あえてかまどの直火で軽く炙り、香ばしい焼き目をつけた。
それを鍋の中央にそっと乗せ、特製の薄味の出汁をたっぷりと注ぎ入れる。
「あとは、かまどの火でじっくりと炊き上げるだけですわ」
土鍋の蓋を閉め、火にかける。
しばらくすると、パチパチというお米が躍る微かな音と共に、土鍋の隙間から湯気が立ち上り始めた。
川魚の持つ上品な脂の芳香と、茸の芳醇な香り、そして出汁の香ばしい匂いが混ざり合い、キッチンスペース全体の空気を幸福な香りで満たしていった。
「素晴らしい香りです。これほど食欲をそそる匂いは、お昼の塩焼きにも引けを取りませんね」
「ええ、もうすぐ炊き上がりますわ。先生、お食事に合わせて、以前買っておいた白ワインを開けていただけますか?」
「それは最高の提案ですね。この繊細な魚の旨味には、すっきりとした白ワインが完璧に調和するはずです」
カエラムが地下の貯蔵庫の箱から緑色の美しい硝子瓶を取り出し、手際よく栓を抜いた。
ちょうどその時、土鍋からチリチリという水分が完全に飛びきった合図の音が聞こえ、コルネリアがかまどから鍋を下ろした。
「さあ、炊き上がりましたわ!」
コルネリアが木製の蓋を大きく開けると、目の前が真っ白になるほどの湯気が立ち上り、その向こうから、美しく黄金色に染まったご飯と、ふっくらと蒸し上がった川魚の白い身が顔を出した。
カエラムがしゃもじを使い、魚の身を優しく解しながら、茸とご飯を底から大きくひっくり返すようにして混ぜ合わせる。
円卓に並べられた炊き込みご飯の深皿と、透き通るような白ワインが注がれたグラス。
二人は席につくと、どちらからともなく胸の前でそっと手を合わせた。
「いただきます」
静かな感謝を告げ、まずは炊き込みご飯を木の匙で掬って口へと運んだ。
「っ……! これは、なんと深い味わいでしょうか。お米の一粒一粒に、川魚の濃厚な出汁と茸の旨味がこれでもかというほどしっかりと染み込んでいます。炙った皮目の香ばしさが最高のアクセントになっていますね」
「本当に……! お魚の身がふんわりと柔らかくて、お口の中でとろけてしまいますわ。とっても美味しいです」
カエラムが感嘆の息を漏らし、すかさず冷えた白ワインを口に含む。
キリッとした葡萄の酸味とフルーティーな辛味が、口の中に残る魚の脂の甘みを爽やかに洗い流し、次の一口を猛烈に誘惑してくる。
「素晴らしい調和です。大自然の中で過ごした休日の締めくくりに、これ以上の贅沢はありませんね」
「ええ。今日はお天気も良かったですし、先生と一緒に美味しいお魚をたくさん捕まえられて、本当に最高の休日になりましたわ」
二人は心地よいお酒の力も手伝って、昼間の川辺での驚くべき出来事について何度も声を上げて笑い合った。
コルネリアが転んだ拍子に大量のルージャの実が落ちたこと。
コユキのたったひと鳴きで、魚たちが自ら天然の生簀に飛び込んでいったこと。
美味しい食事と美味しいお酒、そして愛おしい家族の存在。
すべてが満たされたキッチンスペースでの時間は、どこまでも穏やかに――そして、賑やかに過ぎていった。




