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冤罪で追放された伯爵令嬢は、森の奥の診療所で天才医師の胃袋を掴み、愛されながら幸せなスローライフを満喫します  作者: 白月つむぎ


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132 元気をたくさんいただきましたわ

 ウラカの賑やかな訪問を終え、初夏の陽光ようこうが森の木々を高く照らす午後のこと。

 静かな診療所の外から、土を軽快けいかいな駆け足の音と、弾むような子供たちの笑い声が近づいてきた。


「ファノーネ! こんにちは!」


「ファノーネ、今日はいいお天気だね」


「あたし、今日もお花摘んできたの。はい、ファノーネにあげる!」


 彼らは診療所の扉を叩く前に、まずは裏庭の草地にいるファノーネの元へと駆け寄り、代わる代わる元気な挨拶を交わしていた。

 ファノーネも嬉しそうにブルルと鼻を鳴らし、差し出された野花を優しくんでいる。


「この声は……ニコ君たちですね」


「ええ。マルタさんもご一緒のようですわ」


 カエラムとコルネリアが微笑み合いながら扉を開けると、そこには貧民区に住むニコ、親友のラケル、そして桃色の髪を揺らす勝ち気な少女ルーシーの三人と、彼らを引率する老婦人マルタの姿があった。


「カエラム先生、コルネリアさん、こんにちは。騒がしくしちまってすまないね」


 マルタは背負っていた大きな籠を下ろしながら、少しだけ困ったように眉を下げた。


「森の奥で山菜採りをしていたんだけどね、この子たちがどうしても『先生とお姉ちゃんのところへ行きたい!』って聞かなくて。お仕事の邪魔じゃなかったかい?」


「いいえ、ちょうど一息ついていたところです。いらっしゃい、みんな」


 カエラムが優しく迎え入れ、子供たちが「こんにちは!」と元気よく診療所の中へ足を踏み入れようとした――その時。


「キュン!」


 コルネリアの足元の影から、雪のように真っ白な毛玉がトコトコと歩み出てきた。

 マリンブルーの瞳をきらきらと輝かせ、小さな短い尻尾をちぎれんばかりに振っているコユキである。


「うわあああ! なんだこれ、すっごく可愛いっ!」


 一番に声を上げたのはニコだった。

 彼は目を限界まで丸くして、コユキの前で勢いよくしゃがみ込んだ。


「本当だ……! 真っ白で、ふわふわしてる。犬の赤ちゃんだね」


「あたし、こんなに綺麗な青いおめめの子、初めて見たわ!」


 ラケルとルーシーも歓声を上げ、コユキを囲むようにしゃがみ込む。

 コユキは子供たちの賑やかな気配に全く怯えることなく、むしろ大喜びでニコの鼻先を舐め、ルーシーの手にじゃれつき、ラケルの膝の上に乗ろうと短い足で奮闘ふんとうし始めた。


「昨日、雨の森の中で怪我をして倒れていたのを保護したのですの。新しい家族のコユキですよ。仲良くしてあげてくださいね」


 コルネリアが紹介すると、子供たちは「コユキ!」と嬉しそうに名前を呼び、あっという間に三人と一匹の賑やかな遊びの輪が広がった。

 子供たちのはち切れんばかりの笑顔を見て、マルタも深く目尻を下げた。


「おやまあ、本当に愛らしい子だねえ。先生たちに助けてもらうなんて、この子も運が強いよ」


「マルタさん、山菜採さんさいとりでお疲れでしょう。少し休んでいってくださいな。そうだわ!」


 コルネリアはふと思いついたようにキッチンスペースへ向かい、昨日ミザリィの八百屋やおやで買ってきたばかりの、甘い香りを放つ旬の桃をいくつか取り出した。

 小刀で皮を丁寧に剥き、食べやすい大きさに切り分けて大皿に盛る。

 果肉からは、瑞々(みずみず)しい果汁がたっぷりとしたたり落ちていた。


「みんな、たくさん遊んだらおやつの時間にいたしましょう。甘い桃がありますよ」


 円卓に桃を並べると、子供たちは歓声かんせいを上げて席についた。


「おいしーっ! お口の中でお水がいっぱい出てくる!」


「甘くて、ほっぺたが落ちちゃいそう……!」


「コルネリアさんのくれるものは、いつも世界一おいしいね」


 ルーシーとニコが頬を押さえて喜び、ラケルがおっとりと微笑む。

 マルタも差し出された桃を一口食べ、「これは本当に見事な桃だねえ。疲れが吹き飛ぶよ」と嬉しそうに目を細めた。


 にぎやかなおやつタイムが一段落したところで、マルタは自身が持ち込んだ大きなかごの中から、紙に包まれた束をいくつか取り出した。


「おやつまでご馳走ちそうになって、気を遣わせちまってすまないね。これは今日採れたばかりの山の恵みさ。先生たちにお裾分すそわけしようと思ってね」


 包みを開くと、そこには初夏の森の生命力がたっぷりと詰まった山菜が並んでいた。

 すでにあく抜きが済まされている立派なワラビ、特有の強い香りを放つウド、そして水辺で採れる肉厚な葉を持つイワタバコである。


「まあ、なんて立派な山菜たちでしょう。とても良い香りがしますわ」


「ええ。ですが、このイワタバコなどは、どのように調理するのが一番美味しいのでしょうか?」


 カエラムが興味深そうに尋ねると、マルタは得意げに笑って答えた。


「この時期の山菜はね、衣を薄くつけて、高温の油でサクッと天ぷらにするのが一番さ。余計な味付けはせずに、少しの塩を振って食べる。そうすれば、山菜の持つ香りとほろ苦さが最大限に引き立って、最高のご馳走になるんだよ」


 ――天ぷら。

 その言葉の響きに、カエラムとコルネリアは顔を見合わせ、同時に夕食への期待に胸を膨らませた。


「天ぷら……素晴らしいですね。マルタさん、貴重な山の恵みと美味しいお知恵を、本当にありがとうございます」


「いいんだよ。さて、子供たち。そろそろお日様が傾いてくるから、お家に帰ろうか」


 マルタが促すと、子供たちは名残惜しそうにコユキの頭を撫でた。


「コユキ、また遊ぼうね!」


「またお花持ってくるからね!」


「バイバイ、コユキ!」


「ワフゥ!」


 コユキも短い尻尾をぶんぶんと振りながら、子供たちに向けて元気な声で鳴いた。


 三人から「カエラム先生、コルネリアお姉ちゃん、ありがとう!」と手を振られ、一行は来た時と同じように賑やかな足音を立てて、森の小道へと帰っていった。

 嵐のように賑やかな訪問者が去り、再び静けさを取り戻した診療所。


 円卓に残されたみずみずしい緑色の山菜たちを見つめながら、カエラムがコルネリアの肩を優しく抱き寄せた。


「……とても良い午後になりましたね」


「ええ。子供たちの笑顔とコユキが遊ぶ姿に、元気をたくさんいただきましたわ」


 コルネリアが彼の胸に寄り添うと、カエラムは彼女の耳元で静かに囁いた。


「マルタさんに教えていただいた通り……今夜は、この山菜をたっぷりの油で天ぷらにして、よく冷えたエールで最高の晩酌といたしましょうか」


「はいっ! 最高の衣を作りますわね!」


 初夏の陽光が少しずつ柔らかなオレンジ色へと変わっていく中。

 二人は今夜の食卓への甘い約束を胸に、新しい家族のコユキと共に、満ち足りた静かな夕暮れの時間をゆっくりと迎えるのだった。

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