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13 どんな医療よりも深く、私の心を治してくださいます

 夏の朝の訪れは早い。

 太陽が完全に顔を出す前の、森全体がまだ青みがかった薄明かりの中に沈んでいる時間帯。

 涼しく清浄な空気が立ち込める中、コルネリアは誰よりも早く目を覚まし、寝台を抜け出して一日の支度を始めていた。


 まずは裏手の小川から冷たい水を汲み上げ、たらいに張って洗濯を始める。

 カエラムの大きな白衣や、日々の生活で使った麻布を冷水に浸し、汚れの目立つ箇所を丁寧に揉み洗いしていく。

 水を吸って重くなった布を力強く絞り、庭先に張られた縄に等間隔で干していくと、朝の心地よい風が布を揺らし、森の匂いとともに石鹸の清潔な香りを運んでいった。


 続いて、診療所内の掃除にとりかかる。

 箒を使って床の隅々まで塵を掃き出し、固く絞った雑巾で木肌を磨き上げる。

 患者がいつ訪れても不快な思いをしないよう、窓枠のわずかな埃や、薬草を調合する机の上の細かな粉まで、一切の妥協なく拭き清めた。

 すべての清掃を終える頃には東の空から朝日が差し込み、磨かれた床を艶やかに照らし出していた。


 部屋の環境を完璧に整えた後、コルネリアはキッチンスペースへと向かった。

 今朝の食事は、いつもとは少し趣向を変えるつもりだった。

 昨日、カエラムに腰の痛みを治してもらった村の老人が、お礼にと珍しい食材をたくさん置いていってくれたのだ。


 それは、夜明け前に川で釣り上げたという新鮮な川魚と、東方の島国から伝わったとされる希少な白い穀物。

 そして、大豆を発酵させて作ったという、独特の深い香りを持つ茶色い調味料だった。


 コルネリアは記憶の底にある知識を引き出し、かつて王都の書物で読んだことのある東方の伝統的な朝食の再現を試みた。

 まず、白い穀物を何度も冷水で研ぎ、計算し尽くした適量の水とともに厚手の鉄鍋に入れ、かまどの火にかける。

 火加減を細かく調整しながら炊き上げると、やがて鍋の隙間から甘く芳醇な香りを帯びた蒸気が立ち上り始めた。


 並行して、内臓を取り除いて丁寧に塩を振った川魚を、遠火の炭火でじっくりと焼き上げる。

 表面の皮には香ばしい焦げ目がつき、身はふくらみを持って見事な仕上がりとなっていった。

 最後に、大豆の調味料をお湯に溶かし、昨日の残りの根菜を細かく刻んでたっぷりと入れた温かい汁物を作る。


 診療所の中に、これまでのパンとスープの食事とは全く異なる、食欲を強く刺激する豊かな香りが充満し始めた。

 その素晴らしい匂いに誘われるようにして、部屋の奥の寝台で丸まっていたカエラムがゆっくりと身を起こした。


「……おはようございます。なんだか、信じられないほど良い匂いがするのですが……」


 寝癖で翡翠色の髪を鳥の巣のように爆発させたまま、カエラムは手探りで丸メガネを顔にかけた。

 視界が鮮明になると同時に、彼は目を見開いた。


 床には塵一つなく、空気は澄み切り、そして机の上には、見たこともないほど見事で彩り豊かな朝食が並べられていたのだ。

 白く輝く炊き立ての穀物、香ばしい煙を上げる川魚の塩焼き、そして様々な野菜が顔を覗かせる温かな汁物。


「おはようございます、先生。昨日いただいた東方の食材を使って、少し珍しい朝食をご用意してみました。消化にも良く、栄養も満点ですよ。お顔を洗って、席についてくださいな」


 コルネリアが柔らかい笑みを浮かべて促すと、カエラムは感嘆の息を漏らしながら従った。

 席につき、両手を合わせてから、木の箸を使って白い穀物と魚の身を口に運ぶ。

 ――その瞬間、カエラムのアンバーの瞳が驚きに大きく見開かれた。


「これは……素晴らしいです。魚の皮の絶妙な焼き加減といい、穀物の甘みといい……私にはこの料理の価値を表現する言葉が見つかりません」


「お口に合って良かったです。さあ、汁物も温かいうちにどうぞ」


 あまりの美味しさに無言で箸を進めていたカエラムだったが、やがてふと動きを止め、向かいの席で静かに食事をとるコルネリアの顔を不思議そうに見つめた。


「……ずっと、疑問に思っていたことがあるのです」


「私に、でしょうか?」


「ええ。あなたは、ゼサリア・オル王国の高位の伯爵令嬢であり、次期王太子妃として育てられた方だ。それなのに、どうしてこれほどまでに完璧に、そして手際よく家事全般をこなすことができるのですか?」


 カエラムの純粋な問いかけに、コルネリアは手元の箸を置き、少しだけ懐かしそうに目を伏せた。

 貴族の令嬢であれば、掃除も洗濯も料理も、すべて大勢の使用人たちが代わりに行ってくれる。

 彼女自身が手を動かす機会など、本来であれば一生訪れないはずだった。


「……私の、不運体質が理由です」


 静かに紡がれた言葉に、カエラムは眉を寄せた。


「私が実家の伯爵邸にいた頃から、この理不尽な不運は常に私の周囲にありました。私が廊下を歩けば、なぜか完璧に設置されていたはずの花瓶が突如としてバランスを崩して粉々に砕け散りました。私が食事をとろうとすれば、メイドが運んできたお茶が不可解な突風によって私の衣服にこぼれ落ちました」


 コルネリアは、自らの手を見つめながら淡々と語り続けた。


「私の両親は、とても厳格な貴族でした。彼らは、私の周囲で起きるそれらの事故を、すべて使用人たちの怠慢と不注意だと決めつけたのです。花瓶が割れれば掃除担当の者が鞭で打たれ、お茶がこぼれれば給仕のメイドがその日のうちに屋敷を解雇されました……私の不運のせいで、罪のない善良な人々が、次々と罰せられ、職を失っていったのです」


 当時の光景を思い出したのか、彼女のペリドットの瞳に悲痛な色が混じる。


「私はそれが、たまらなく嫌でした。自分の呪いのような不運で、誰かが傷つくのを見るのが恐ろしかった。だから、両親の目を盗んで、使用人たちよりも早く起きるようになったのです」


 誰にも見られない朝の暗いうちから、コルネリアは自らの部屋や廊下を完璧に掃除するようになった。

 埃一つなければ、誰も滑って転ぶことはない。

 花瓶はあらかじめ安全な場所に移し、割れる原因をすべて排除した。


 料理も同じだった。

 厨房に忍び込んで料理長の手元を観察し、自ら調理の技術を身につけた。

 もし自分の不運で食事が台無しになっても、その場で自分が素早く作り直せば、料理人が罰せられることはないと考えたのだ。


「私が完璧に家事をこなせばこなすほど、使用人たちが怒られる回数は減っていきました。不運が起きる前に、私がすべての原因を取り除き、あるいは不運が起きた直後に私がすべてを修復する……そうやって十年近くを過ごすうちに、気がつけば、王都のどの優れた使用人よりも家事の腕前が上達してしまっていたというわけです」


 コルネリアは自嘲気味に小さく笑い、少しだけ肩をすくめた。


「ですから、私が家事が得意なのは、決して立派な理由からではありません。単なる、私の理不尽な不運がもたらした副産物に過ぎないのです」


 語り終えた彼女の言葉が、朝の静寂の中に溶けていく。

 カエラムは長い間沈黙し、自身の器に入った温かな汁物を見つめていた。


 やがて彼はゆっくりと顔を上げ、アンバーの瞳で真っ直ぐにコルネリアを射抜いた。


「……コルネリアさん。あなたのその特異な体質は、確かに理不尽で、あなたから多くのものを奪った悲しい呪いだったのでしょう」


 静かな声が室内に響く。


「けれど、その不運を前にして、あなたは運命を呪って部屋に閉じこもることも、他者に責任を押し付けることも選ばなかった。あなたは、罪のない人々を守るために、自らの手を動かして技術を身につけたのです。その家事の腕前は、決して単なる副産物などではありません。あなたの誰かを守りたいという、気高く美しい優しさの結晶です」


 カエラムは言葉を切り、彼女の目を逸らさずに見つめ続けた。


「そして今、あなたがその優しさで身につけた技術が、生活能力の欠如した私を餓死から救い、この診療所を清潔に保ち、訪れる多くの患者たちに安らぎを与えてくれている。不運に負けず、それを他者への深い思いやりに変えてみせたあなたを、私は心から誇りに思います」


 彼の口から紡がれる肯定の言葉は、コルネリアの心の最も深い部分にまで浸透し、長く燻っていた冷たい塊を溶かしていった。


 自分の不運は、周囲を不幸にするだけの呪いだと思っていた。

 王都から追放されたあの日、自分には価値などないのだと絶望した。

 しかし、目の前にいるこの男性は、彼女の不運から生み出された努力の軌跡を――これ以上ないほど温かな言葉で完全に肯定してくれたのだ。


 コルネリアの瞳から、安堵と喜びの涙が一筋こぼれ落ちた。

 彼女は袖口でそっと目元を拭うと、咲き誇る花のような満面の笑みを向けた。


「……カエラム先生の言葉は、本当に魔法のようですね。どんな医療よりも深く、私の心を治してくださいます」


「私はただ、目の前にある明白な事実を述べたまでですよ。さあ、冷めないうちに続きをいただきましょう。この素晴らしい朝食を作ってくれた、最高で自慢の助手に感謝しながら」


 カエラムが穏やかに微笑み返し、再び箸を取り上げる。


 夏の朝日が完全に昇り切り、診療所の中を明るい希望の光で満たしていく。

 温かな汁物を味わいながら、コルネリアは今、自分が世界中の誰よりも幸福な場所にいるという事実を深く噛み締めていた。

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