115 ロールキャベツを作りましょう
西の空が、燃えるような深い茜色から静寂を告げる群青色へとゆっくりと沈んでいく夕暮れ時――。
森の木々が長い影を落とし、今日の診療時間をすべて終えたカエラムとコルネリアが、診察室の清掃と薬草の整理に取り掛かっていた時のこと――。
入り口の分厚い木の扉が、控えめに叩かれた。
「カエラム先生、コルネリアさん……まだ起きているか?」
扉の向こうから聞こえてきたのは、森の集落に住む狩人――タツィオの声だった。
コルネリアが急いでかんぬきを外して扉を開けると、そこには深い紺色をした無造作な短い髪をかきあげ、バツの悪そうな表情を浮かべたタツィオが立っていた。
彼の左腕から肩にかけての衣服は大きく引き裂かれ、そこから生々しい赤い血が滲み出している。
背中には愛用の弓が背負われたままであり、膝には湿った泥が付着していることから、狩りの最中に何らかの不手際があったことは明白であった。
「タツィオさん! ひどいお怪我ですわ、早く中へ!」
「どうしたのですか? タツィオ君。すぐに手当てをします、こちらの診察台へ」
カエラムは即座に手元の作業を中断し、彼を窓際へと誘導した。
「いや、ちょっと油断してしまった……森の奥で動きの素早い獲物を追っていた時、斜面で足を滑らせて、鋭く尖った枯れ枝に腕を深く引っ掛けてしまったんだ。大した傷じゃないと思ったのだが、血がなかなか止まらなくてな」
タツィオは気恥ずかしそうに視線を逸らしながら、自身の腕を押さえた。
コルネリアはすぐさま清潔な水と布、そして止血と消毒の効能を持つ薬草の軟膏を用意し、カエラムの傍らへと控えた。
「森を走る最中の怪我にしては、不幸中の幸いと言える深さです。ですが、傷口に森の泥と木屑が入り込んでいます。少し痛みますが、しっかりと洗浄して縫合しなければなりませんよ」
カエラムは、迅速な手つきでタツィオの傷口を清めていった。
麻酔の効果がある薬草の根を噛ませ、手際よく傷口を塞いでいくその技術は、何度見ても芸術的なまでの正確さを誇っていた。
カエラムが処置を進める間、コルネリアは横で新しい布を適切な大きさに切り分けながら、タツィオへと静かに語りかけた。
「タツィオさんが無事で本当に良かったですわ。ですが、これほどのお怪我をして……グリンダさんが知ったら、きっとひどく心配なさいますよ」
牧場で働く快活な少女の名前が出された瞬間――。
タツィオの日に焼けた顔が、傷の痛みとは全く別の理由で急激に朱色に染まり上がっていった。
「あ、あいつには絶対に内緒にしておいてくれ! この前、あいつが牛に踏まれた時に俺が大騒ぎしたばかりなのに……こんな間抜けな怪我をしたって知られたら、絶対に馬鹿にされるか、怒って泣かれるかのどっちかだ。頼む、先生たちだけの秘密にしておいてくれ」
必死に懇願するタツィオの姿に、カエラムは小さく息を吐き出しながら穏やかに微笑んだ。
「わかりました。ですが、数日は無理に腕を動かさず、狩りを休んで安静にしていることです。彼女には、弓の弦の張り替えなど、道具の手入れで村に留まっているとでも伝えておきなさい」
「……恩に着るよ、先生」
丁寧な縫合が行われ、コルネリアによって包帯が巻かれると、タツィオはようやく安堵の表情を浮かべて診察台から立ち上がった。
「遅い時間に押しかけて悪かったな。これ、今日の治療代の代わりと言ってはなんだが……受け取ってくれ」
タツィオは自身の荷袋から、丁寧に幾重もの大きな葉で包まれた塊を取り出し、円卓の上へと置いた。
「獲物を追っている最中に、運良く仕留めることができたカゼツメの肉だ。こいつは名前の通り風のように素早く、鋭い爪を持っているから、熟練の狩人でも滅多にお目にかかれない希少な鳥でな。肉質が驚くほど柔らかくて、野鳥特有の臭みも全くない。俺がすでに細かく叩いて挽肉の状態にしておいたから、すぐに調理できるはずだ。二人の夕飯にでもしてくれ」
「カゼツメのお肉……そのような大変貴重なものを、ありがとうございます。タツィオさんの腕前があってこその恵みですね」
コルネリアが丁寧にお礼を述べると、タツィオは照れ隠しのように鼻の頭をかき、「傷が治ったら、またグリンダと一緒に顔を出すよ」と言い残し、夜の帳が下り始めた森へと帰っていった。
――タツィオを見送った後、コルネリアは円卓に置かれた見事なカゼツメの挽肉を見つめ、ペリドットの瞳を明るく輝かせた。
「先生。タツィオさんが丁寧に細かく叩いてくださったこの極上のお肉……先日、私たちの菜園で初収穫したばかりの春キャベツと新玉ねぎを使って、ロールキャベツを作りましょう。挽肉をキャベツの葉で包み込んで、お野菜のスープでコトコトと煮込むお料理ですの」
「それは素晴らしい提案ですね。春の野菜と希少なカゼツメの肉の組み合わせ、想像しただけで食欲が刺激されます」
二人はすぐさま台所へと立ち、夕食の準備に取り掛かった。
まずは、立派に結球した春キャベツの外葉を破れないように慎重に剥がし、熱湯が入った大鍋に潜らせる。
葉が鮮やかな濃い緑色に変わり、芯の分厚い部分までしんなりと柔らかくなったところで引き上げ、冷まして水気を拭き取る。
その間に、水分をたっぷりと含んだ新玉ねぎを細かいみじん切りにする。
春の玉ねぎは、刃を入れるたびに涙が出るような辛味ではなく、果実のような甘い香りを放っていた。
大きなすり鉢に、タツィオが持ち込んだカゼツメの挽肉を入れ、そこに刻んだ新玉ねぎ、少量の塩、そして香り付けの乾燥させた薬草を加えて、粘り気が出るまで木べらで丁寧に練り合わせていく。
「カゼツメのお肉は、本当に脂が上質ですね。手の体温だけで溶け出しそうなくらい滑らかですわ」
コルネリアは完成した肉だねを適度な大きさに丸め、先ほど茹でた春キャベツの葉の根元に置いた。
そこから隙間ができないようにきっちりと巻き込み、葉の端を内側へと折り込んで、最後は細い竹串で煮崩れしないように固定する。
深い平鍋に隙間なくロールキャベツを並べ、そこへ野菜の切れ端と少量の塩で丁寧にとった澄んだスープを注ぎ入れた。
かまどの火にかけると、やがてスープが静かに泡を立て始め、キャベツの甘い匂いとカゼツメの豊かな香りが一体となって診療所全体を包み込んでいった。
火を止めて味を馴染ませた後、深さのある陶器の皿に熱々のロールキャベツを盛り付け、二人は夕食の席についた。
「いただきます」
カエラムが木の小刀を入れ、ロールキャベツを半分に切り分ける。
その断面からは、肉の旨味が凝縮された熱い肉汁が幾筋も溢れ出し、透き通ったスープと混ざり合って美しい輝きを放った。
一口を口へ運んだ瞬間――彼の端正な顔立ちに深い驚きと感嘆の色が浮かんだ。
「……これは、見事な味わいです。春キャベツの葉が驚くほど甘く、そして溶けるように柔らかい。そこにカゼツメの肉の繊細で上品な旨味と、新玉ねぎの自然な甘みが完全に調和しています。澄んだスープの一滴にまで、すべての素材の力が凝縮されている」
「本当に美味しいですわ。タツィオさんが丁寧に下処理をしてくださったおかげで、お肉の食感がふんわりと解けていきます。私たちの菜園で育ったお野菜が、こうして先生の一日の疲れを癒やす糧となることが、私にとって何よりの喜びですの」
コルネリアも自身の皿を味わいながら、満ち足りた微笑みを浮かべる。
患者として訪れた友人からの恵みと、自分たちで土から育てた大地の恵み。
それらが一つの円卓の上で完璧な調和を見せている。
二人は静かな会話を交わしながら、心も身体も芯から温まる夕食をゆっくりと楽しんだ。
――食後の片付けを終え、ランプの火を少しだけ落とした診療所。
開け放たれた窓の外からは、初夏の夜を告げる虫の音が静かな調べを奏でている。
そして、夜風に乗って裏庭の木々の陰からひどく甘く、人を陶酔させるような芳香が漂ってきた。
それは、森の境界に自生している蔓性の植物、スイカズラの花の香りだった。
夕暮れとともに白や薄黄色の細い花びらを開き、夜の深まりに合わせてその甘い香りを強めていく――初夏の自然がもたらす天然香水である。
スイカズラの香りが満ちる静寂な空間の中、コルネリアが戸締まりを確認して円卓に戻ろうとすると、いつの間にか立ち上がっていたカエラムが彼女の背後へと静かに歩み寄った。
彼はコルネリアの華奢な肩を自身の広い腕でそっと包み込み、そのまま彼女の背中を自身の胸の中へと優しく引き寄せる。
「……ネリー。今日も一日、本当にお疲れ様でした」
頭上から降ってくる、甘い声と二人きりの時にだけ許された特別な愛称。
コルネリアは彼の衣服から漂う薬草の香りと、窓から入り込むスイカズラの香りに包まれながら、その温かな体温に身を委ねて小さく息を吐き出した。
「先生こそ、長時間の診療と、タツィオさんの治療、お疲れ様でございました。なんだかタツィオさんとグリンダさんの関係を思い出すと、少しだけ微笑ましくなってしまいますね」
「ええ。彼らを見ていると、誰かを大切に想うことの強さと、あの年頃特有の不器用さを教えられる気がします。ですが、私にとって最も大切で、何よりも守り抜きたい存在は、こうして私の腕の中にいるあなただけですよ」
カエラムが抱きしめる腕の力をわずかに強め、彼女の滑らかなホワイトブロンドの髪に頬をすりよせる。
コルネリアは自身の腰に回された彼の大きな手に自身の指を重ね、顔を胸に預けたまま、幸福を噛み締めるように力強く頷いた。
「私も……先生の隣で、こうして美味しいお食事を作り、スイカズラの香る穏やかな夜を共に迎えるこの時間が、世界中の何よりも愛おしいのです」
静かな夜の森に包まれた診療所。
思いがけない来訪者がもたらした希少な恵みと、二人で作り上げた温かな食卓の余韻は、互いの存在を深く求め合う二人の穏やかな愛情の中に、どこまでも優しく溶け込んでいくのだった。




