113 私が精一杯お世話をいたしますわ
空を覆う雲が完全にその姿を消し、初夏の陽光が鋭い矢のように森の奥深くへと突き刺さる季節。
診療所の裏庭に広がる菜園では、先日の入念な土作りによって黒々と湿った美しい畝が何本も並び、新しい命を迎え入れる準備を静かに整えていた。
――午前中の往診を終えたカエラムとコルネリアは、夏の太陽を浴びて輝く野菜の実りを想像しながら、街へと買い出しに出かけることにした。
「ファノーネ、今日もよろしくお願いしますね。あなたのその逞しい脚で、私たちを街まで運んでください」
コルネリアが馬小屋の前に立つファノーネの首筋を優しく撫でると、彼は自慢の栗毛の馬体を陽光に反射させて美しく輝かせ、嬉しそうに鼻先を鳴らした。
彼が誇る、透明感のある蜂蜜を思わせるような色彩のたてがみは、微風を受けて優雅に揺らめき、まるで流動する光そのもののような神々《こうごう》しさを放っている。
カエラムがコルネリアを前方に座らせるようにしてファノーネの背に跨り、彼女の腰の横から腕を伸ばして手綱を握る。
密着した背中から伝わるカエラムの確かな体温と、ファノーネの力強くも滑らかな足取りに身を委ね、二人は緑が色濃さを増した森の小道を颯爽と駆け抜けていった。
頬を撫でる風は少しだけ熱を帯びていたが、木々のトンネルを通り抜ける瞬間の涼やかさは、何物にも代えがたい心地よさを彼らにもたらしていた。
――街に到着し、華やかな大通りを避けて路地裏へと進む。
辿り着いたのは、古びた看板に芽吹く植物の紋章が刻まれた、一癖も二癖もある店主が営む種苗商の店だった。
二人が重厚な木の扉を押し開ける。
店主のエルマーはカウンターの奥で一鉢の小さな苗を慈しむように見つめ、その小さな葉に触れながら、まるで恋人へ語りかけるような熱烈な独り言を漏らしていた。
「……素晴らしい。この茎の力強さ、そして葉の裏側にまでみなぎる生命の拍動。あなたこそが、この夏の帝王にふさわしい資質を秘めている」
ガーネットの瞳に狂信的とも言える情熱の光を宿し、恍惚とした表情で苗を愛でるその姿にコルネリアは一瞬だけ気圧されそうになったが、意を決して声をかけた。
「こんにちは、エルマーさん。夏野菜の苗を求めて、森から参りました」
その声にエルマーはパッと顔を上げ、瞬時に地底から湧き上がる溶岩のような熱量を持って、カエラムとコルネリアへと迫ってきた。
「来たな、森の開拓者たち! 春に私が託したあの牧草の種はどうなった? あの見事なたてがみを持つ馬は、自身の食事が育つのを待ちわびているか!?」
挨拶も早々に飛んできた矢継ぎ早の質問に、コルネリアは背筋を伸ばして明るく答えた。
「はい! エルマーさんに選んでいただいた三種類の牧草は、驚くべき速さで青々と茂り、もう少しで本格的な刈り入れができそうですわ。ファノーネも、毎日その畝の前で、早く食べたいと待ちきれないように鼻を鳴らしておりますの」
その報告を聞いた瞬間、エルマーは自身の選定が完璧であったことに深く満足したように、両腕を広げて高笑いをした。
「当然だ! 私のブレンドした種が、大地と命の期待を裏切ることなどあり得ない。さあ、次はあなたがたが夏の過酷な日差しに打ち勝つための、至高の戦士たちを選ぶ番だ」
エルマーは流れるような動作で背後の棚から四種類の苗を取り出すと、それを世界で最も高価な宝石でも扱うかのような丁寧な手つきでカウンターに並べた。
――トマト、ナス、ピーマン、そしてズッキーニ。
それぞれがまだ幼いながらも、その身に秘めた爆発的な成長の予兆を、色濃い葉の輝きによって強烈に主張していた。
「見ろ、このトマトの苗を! これは盛夏の強い太陽を浴びれば浴びるほど、その果肉に濃厚な甘みと鮮烈な赤を蓄積していく特級品だ。初夏の終わりから晩夏にかけて、あなたがたの喉を最高に潤す果実となるだろう」
エルマーの説明は、もはや単なる商品の紹介ではない。
それは――これから芽吹く命が辿る壮大な物語を予言する、一人の求道者の演説だった。
「そしてこのナスだ。これは油や出汁を限界まで吸い込み、熱を加えることでとろけるような至福の食感へと変化する紫の宝石だ。晩夏に最も深い味わいを見せるはずだ」
休むことなく、彼は次の苗へと指を向けた。
「ピーマンのその青臭さこそが、生命の証だ! 夏の間中、次々と新しい実をつけてあなたがたに活力を与え続けるだろう。そして最後に、このズッキーニ……これには最大の注意が必要だぞ。一晩で驚くほどの巨大化を遂げるほどの爆発的な力を持っている。毎日、その成長から決して目を離してはならない」
エルマーのガーネットの瞳は語れば語るほどにその熱量を増し、植物という命を心から愛し、その可能性を信じ抜く純粋な歓喜が全身から溢れ出していた。
その圧倒的な語彙力と植物への偏愛に、カエラムは医療に通じる彼の徹底した生命管理のこだわりに深く共感したのか、幾度も大きく頷きながら真剣に耳を傾けていた。
「……素晴らしい苗たちです。エルマーさん、この子たちを私たちの菜園に迎え入れさせていただきますわ」
コルネリアが丁寧なお礼を述べると、エルマーは満足げに深く頷き、苗を慎重に箱へと収めて彼らに手渡した。
二人が店を後にし、重い木の扉を開けて外へ出ようとした――その瞬間。
エルマーの熱を帯びた声が彼らの背中を打ち据えた。
「……苗を植え付ける時、決して根を傷つけるな。温かな土の布団で優しく包み込み、命の底までたっぷりと水を飲ませてやるのだ」
その言葉を背に受け、二人は深く頭を下げて路地裏を後にし、再びファノーネの背に乗って森へと帰路についた。
――診療所に戻った頃、夕闇が森の木々を深い紺碧へと染め始めていた。
カエラムとコルネリアは、まだ温かさを残した黒土の畝の前に立ち、エルマーの教え通りに苗の植え付けを開始した。
根を傷つけないよう細心の注意を払い、ふかふかの土の布団で優しく包み込み水をたっぷりと飲ませていく。
すべての作業を終え、土に根を下ろしたばかりの小さな苗たちが、月明かりの下で静かに深呼吸をしている。
コルネリアは自身の泥で汚れた手を払い、隣に立つカエラムを見上げた。
「先生。この小さな葉たちが、夏の太陽を浴びてあんなに大きく育つのですね。お野菜たちの収穫の日が、今からとても待ち遠しいですわ」
「ええ、コルネリアさん。エルマー氏のあの情熱を一身に受けた苗たちですから、間違いなく素晴らしい実りをもたらしてくれるでしょう」
周囲に患者の気配がないことを確認し、カエラムは静かにコルネリアの肩に手を回し、彼女を自身の胸の中へと引き寄せた。
「……これからの季節、この菜園はさらに賑やかになりますね、ネリー。あなたが育てた野菜が食卓に並ぶ夏を、私は心から楽しみにしていますよ」
二人きりの空間に響く、カエラムの甘い声音。
コルネリアは胸の奥を温かくし、彼を見上げて深く頷いた。
「はい。先生の活力を養うため、私が精一杯お世話をいたしますわ」
夏の到来を告げる甘やかな夜風が吹き抜け、新しい命の成長を約束された森の診療所は、これから訪れる色鮮やかな食卓の未来と、互いを深く慈しみ合う二人の穏やかな愛情に包まれながら――どこまでも静かな安らぎの中へと溶け込んでいくのだった。




