112 シロップも梅干しも、出来上がるのが本当に楽しみですね
窓の外から聞こえてくる野鳥のさえずりが、休診日の穏やかな朝を告げている。
診療所の台所には、昨日の森の探索で思いがけず手に入れた大量の梅が放つ、芳醇で甘酸っぱい香りが満ち溢れていた。
円卓の上には、籠から移された大小様々《だいしょうさまざま》な梅の実が広げられている。
カエラムとコルネリアは向かい合って座り、手近なものから一つ一つ状態を確認しながら仕分け作業を進めていた。
「驚くほど見事な果実ばかりですね。木の実や草の葉で隠れていたおかげで、鳥や獣に食べられることもなく、これほど無傷な状態で残っていたのでしょう」
カエラムが手に取った青く硬い実を感嘆の眼差しで見つめる。
「ええ。傷のない青くて硬いものは、氷砂糖と一緒に漬けてシロップにいたしましょう。強いお酒を注げば、立派な果実酒にもなりますわ」
コルネリアは嬉しそうに頷き、黄色く熟して甘い香りを強く放っている実を別の籠へと移していく。
「こちらの熟したものは、塩で漬け込んで梅干しに。少し傷があるものは、すべてお鍋で煮詰めて甘いジャムにしてしまいますの」
仕分けを終えると、次は梅の実のヘタを取り除く作業である。
カエラムは細い竹串を手に持ち、梅のくぼみにある小さな黒いヘタを正確な手つきで次々と取り除いていった。
果肉には一切の傷をつけず、わずかな力加減の調整だけで不要な部分だけを美しく弾き飛ばしていく。
その流れるような無駄のない指先の動きは、まさに複雑な手術をこなす名医の手技そのものであった。
「……ふふっ。先生のそのお見事な手つきを拝見していると、なんだかとても不思議な気持ちになりますわ」
コルネリアが思わず笑みをこぼすと、カエラムは手元の作業を止めることなく、不思議そうに眉を上げた。
「おや。私のやり方に、何かおかしなところがありましたか?」
「いいえ、逆ですの。私がこの森にやってきたばかりの頃、先生は食事をとることすら忘れ、身の回りのことには一切の関心を向けず、ただひたすらに医学書と向き合っておいででした」
当時の彼の不器用な生活ぶりを思い出し、コルネリアの眼差しがひどく優しく――そして、愛おしげに和らぐ。
「それが今では、こうして私と一緒に円卓に座り、季節の手仕事をこれほどまでに見事にこなしていらっしゃる。先生がご自身の生活を慈しむようになってくださったことが、私は嬉しくてたまらないのです」
その率直な言葉に、カエラムは竹串を置き、丸メガネの奥の瞳を深く和ませて彼女を真っ直ぐに見つめ返した。
「……ええ。かつての私は、命を救うことだけに執着し、自分自身の生活というものを完全に切り捨てていました。医学という限られた世界に閉じこもり、季節の移ろいすら感じていなかった」
彼は静かに手を伸ばし、円卓の上に置かれていたコルネリアの手に自身の大きな掌を重ねた。
「私に、日々の食事の温かさを教え、季節の恵みを味わう喜びを教えてくれたのは、他でもないネリー、あなたです。あなたが私の冷え切っていた生活に、火を灯してくれたのです」
彼の低い声で紡がれる二人きりの愛称と、深い感謝の言葉。
コルネリアは重なった手から伝わる確かな熱を感じながら、静かに首を横に振った。
「私の方こそ、先生に救われましたのよ。かつての私は、理不尽な不運ばかりを引き寄せ、自身を呪うことしかできない惨めな存在でした」
王都での孤独な日々。
何もかもが裏目に出て、家族からも見放されていた暗い過去――。
「ですが、先生の傍にいるようになってから……私の引き起こす不運は、昨日の青梅の土砂降りのように、いつも思いがけない大きな恵みへと姿を変えるようになりました。先生が私を見つけ出し、私のすべてを肯定してくださったからこそ、私は幸運を受け取ることができるようになったのです」
自身の不運体質が、彼と出会ったことで最高の幸運を招く力へと変わった。
互いが互いの欠落を完全に補い合い、より豊かな場所へと導き合っているという確かな実感。
カエラムは彼女の手を優しく握りしめ、言葉の代わりに温かい微笑みを返した。
ヘタを取り終えた青梅は水で丁寧に洗われた後、布で表面の水分を一滴も残さないように拭き上げられた。
コルネリアは熱湯で消毒した大きな硝子の瓶を用意し、その底に青梅を敷き詰め、その上から氷砂糖を被せるようにして入れていく。
それを何度も繰り返し、果実と糖の美しい層を作り上げた。
「このまま冷暗所に置いておけば、夏が本格化する頃には、氷砂糖が溶けて梅の成分をたっぷりと抽出した極上のシロップが完成しますわ。冷たい水で割って飲めば、どんな猛暑でも乗り切れるはずです」
さらにもう一つの硝子瓶には、同じように青梅と氷砂糖を入れた後、カエラムが棚の奥から取り出してきた透明で強い度数を持つ蒸留酒を、瓶の縁までたっぷりと注ぎ込んだ。
無色透明の液体の中で、緑色の果実が静かに沈んでいく。
「これが半年という時間をかけて、深いべっこう色の美しい果実酒へと変化していくのですね。冬の夜長に、あなたと共にこの栓を抜く日が、今から待ち遠しくてなりません」
カエラムが硝子瓶の蓋をしっかりと締めながら、未来の晩酌の約束を交わす。
――青梅の仕込みが終わると、次は黄色く熟した梅の番である。
コルネリアは大きな木樽を用意し、底に粗塩を敷き詰め、その上に熟した梅を重ならないように並べていく。
さらに塩を振り、梅を重ねるという作業を繰り返した。
「すべての梅から水が上がり、この森の梅雨が明ける頃を見計らって、真夏の強い太陽の光の下で数日間干すのです。そうすれば、疲労回復の何よりの薬となる、立派な梅干しが出来上がりますわ」
最後に木の落とし蓋をし、重石を乗せて冷暗所へと運ぶ。
これで、時間と自然の力に委ねる保存食の仕込みは完了した。
――そして最後は、少し傷がついて保存には向かない熟した梅や、手で触れるだけで崩れてしまいそうなほど極限まで柔らかくなった梅の活用である。
コルネリアはそれらを厚手の大きな鍋に入れ、丁寧に種を取り除いた後、たっぷりの砂糖を加えて火にかけた。
かまどの熱が加わると、果肉が次第に形を崩し、粘り気を帯びていく。
初めは鼻を突くような強い酸味の香りが立ち昇っていたが、木べらで焦げないように底からゆっくりと練り上げ、じっくりと熱を通していくにつれて、その香りは果実の濃厚でとろけるような甘い匂いへと劇的な変化を遂げていった。
鍋の中の液体が透き通った鮮やかな飴色へと変わり、艶やかな光沢を放ち始めたところで火から下ろす。
太陽の光をそのまま煮詰めたかのような、美しい梅ジャムの完成である。
――ちょうど窓の外から差し込む光が、昼時であることを告げていた。
カエラムが手早くかまどの網で食事用の丸パンを軽く炙り、表面の香ばしさを引き出しておく。
その温かいパンの上に、コルネリアが完成したばかりの熱い梅ジャムをたっぷりと塗り広げた。
二人は円卓に並んで座り、淹れたての温かいお茶と共に、出来立ての恵みを試食した。
一口噛み締めた瞬間、梅が本来持っていた爽やかな酸味と、火を通すことで生まれた深い甘みが、小麦の香ばしさと共に口の中いっぱいに広がっていく。
「……これは、驚くほどの美味しさです。酸味が一切尖っておらず、果実の旨味だけが濃縮されている。ネリー、あなたの手にかかれば、森で拾った果実がこれほどまでに極上の宝石へと生まれ変わるのですね」
カエラムが感嘆の息を漏らし、絶賛の言葉を贈る。
コルネリアは嬉しさに頬を緩め、自身のパンを味わいながら、部屋の隅に並べられた硝子瓶や木樽へと視線を向けた。
「先生と二人で力を合わせて仕込んだからこそ、これほど美味しいのですわ。シロップも梅干しも、出来上がるのが本当に楽しみですね」
「ええ。これからの夏、そして秋から冬へと。この瓶の中に閉じ込めた季節の恵みが熟成していく時間を、私はあなたと共に一つ一つ味わっていきたいのです」
甘酸っぱい果実の香りに包まれた休診日の昼下がり。
並んだ保存食の数々は、二人がこれから共に歩んでいく確かな未来の約束であり、豊かな日常の象徴だった――。
森の緑が色濃さを増す初夏の診療所で、互いの存在を深く慈しみ合う二人の穏やかな時間は、手作りのジャムの甘さのように、どこまでも優しく溶け合っていくのだった。




