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冤罪で追放された伯爵令嬢は、森の奥の診療所で天才医師の胃袋を掴み、愛されながら幸せなスローライフを満喫します  作者: 白月つむぎ


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103 とても可愛らしい店員さんたちですわね

 雲一つない透き通るような青空から、柔らかな陽光が森の木々の緑を鮮やかに照らし出している朝。

 森の診療所では、いつものように穏やかで満ち足りた時間が流れていた。


 朝の身支度を整え、エプロンを身につけたコルネリアがリビングへ向かうと、そこにはすでに外出用の外套がいとう羽織はおったカエラムが窓からの光を浴びて静かに佇んでいた。

 丸メガネの奥にあるアンバーの瞳が、コルネリアの姿を捉えて甘やかに和らぐ。


「おはようございます、先生。今日は雲一つない、とても素晴らしいお天気ですわね」


「ええ、おはようございます。まるで、私たちの記念日を空が祝福してくれているようです」


 ――今日この日は、二人がこの森で出会ってからちょうど二年が経つ、特別な節目だった。


 無実の罪で国を追われ、絶望の中で崖から落ちて泥にまみれていたコルネリアを、カエラムが拾い上げて命を繋ぎ止めたあの日。

 あの絶望の淵にいた過去がまるで幻であったかのように、今の彼女は温かな愛情と確かな居場所に包まれている。


 カエラムは静かな足取りでコルネリアの目の前まで歩み寄ると、彼女の細い指先を自身の大きな手でそっと包み込んだ。


「あの日、傷つき倒れていたあなたを見つけ出し、この腕に抱き留めることができたのは、私の生涯においてこれ以上ない最大の幸運です。あなたがこの暗かった診療所に、温かな命の光を運んできてくれた」


 誠実で真っ直ぐなカエラムの言葉に、コルネリアはペリドットの瞳を微かに潤ませ、彼の手を力強く握り返した。


「私の方こそ……先生が私を見つけて、凍りついていた心を溶かしてくださらなければ、今の私は決して存在しません。先生と共に過ごす一日一日が、私にとって何物にも代えがたい宝物なのですわ」


 互いの存在の大きさを深く噛み締め、二人は穏やかな微笑みを交わした。


 本日は休診日を利用して、ユーズヴェンドの街へささやかなお出かけデートをすることになっていた。

 裏庭の馬小屋へ向かうと、気配を察知したファノーネが嬉しげに鼻を鳴らして出迎えてくれた。

 艶やかな栗毛の馬体を丁寧にブラッシングし、背中にくらを乗せる。

 カエラムの確かな補助を受けてコルネリアが前方に跨り、その後ろからカエラムが乗り込んで彼女の腰の横から両腕を伸ばして手綱たづなを握った。


「ファノーネ、今日は少しだけ遠出をお願いしますね。私たちの特別な日のお供を、あなたにお願いしたいのです」


 コルネリアが彼のたてがみを優しく撫でると、ファノーネは任せておけと言わんばかりに力強く首を振って歩みを進め始めた。


 森の木漏れ日を抜け、心地よい風を全身に受けながら、三人での穏やかな旅路が続く。

 密着した背中から伝わるカエラムの体温と、ファノーネの滑らかで力強い歩みは、コルネリアの心に深い安心感をもたらしていた。


 ――ユーズヴェンドに到着し、喧騒を抜けた先にある路地裏へと進む。


 二人が最初に向かったのは、古くからカエラムの心を支え、以前コルネリアの誕生日にも訪れた温かな食堂――野うさぎの台所だった。

 重厚な木の扉を押し開けると、かまどで薪が爆ぜる音と共に、野菜や肉がじっくりと煮込まれる芳醇ほうじゅんな香りが押し寄せてくる。


「おや、カエラム先生にコルネリアさん! いらっしゃい、今日は二人揃ってのお出かけかい?」


 店主である初老の男性――ヨーリスが豪快に笑い、厨房の奥から妻のエンリが柔らかな笑みを浮かべて出迎えてくれた。


 二人が注文したのは、春の終わりから次の季節に向けて大地が育んだ恵みをたっぷりと使った特製の昼食である。

 運ばれてきたのは、春キャベツの芯までとろけるほど煮込まれた甘み豊かなポタージュ。

 そして、瑞々しいアスパラガスと新じゃがを、風味豊かな香草こうそうの油で香ばしく炒め合わせた一皿であった。

 添えられた自家製の丸パンをちぎってポタージュに浸し、口へと運ぶ。


「……美味しい。野菜の持つ自然な甘みが、身体の奥深くまで優しく染み渡っていきますわ。アスパラガスも、噛むたびに新鮮な水分が広がって最高です」


 コルネリアが感嘆かんたんの息を漏らすと、カエラムもまた深く頷いた。


「ええ。ヨーリスさんたちの作る料理は、いつも命をいつくしむような温かさがあります。あなたとこうして、この味を共有し、穏やかな時間を過ごせること……私が暗闇の中にいた頃には、想像もできなかったほどの幸福です」


 二年の歩みを静かに振り返り、互いへの感謝を伝え合いながら、二人は心ゆくまで満ち足りた食事の時間を楽しんだ。


 食堂を後にした二人は、活気あふれる市場へと足を向けた。

 行商人のウラカやユエフーから教わった異国の料理を再び作るため、香辛料を扱う商人の店で珍しい粉末や乾物を吟味する。

 さらに、透き通るような良質なオリーブの油や、東の国から届いたという主食となるお米などを次々と買い求めていった。


 カエラムは購入した重い麻袋や瓶を抱え、人混みの中でも常にコルネリアの歩幅に合わせて並んで歩く。

 通行人とぶつかりそうになれば自然に肩を抱き寄せて守り、重い荷物を持たせないようにするその思いやりに満ちた距離感に、市場の店主たちも微笑ましい視線を送っていた。


 買い出しが一段落し、帰路きろにつこうと路地を曲がった時のこと。

 どこからともなく、小麦が焼ける香ばしい匂いと、バターの芳醇な香りが漂ってきた。


 匂いに誘われるように足を進めると、通りに面した小さな建物の前に――トコトコベイクと記された可愛らしい木製の看板が立て掛けられていた。

 新しくできたパン屋のようである。


 コルネリアが興味惹かれるように扉を開けると、店内には彩り豊かなパンがずらりと並べられていた。

 しかし、商品が並ぶ木のカウンターの奥には、店員の姿が一切見当たらない。


「ごめんください。どなたかいらっしゃいますか?」


 コルネリアが声をかけた直後――。

 カウンターの奥から小さな足音が聞こえ、木の踏み台に乗るような物音がしたかと思うと、二つの小さな顔が不意に飛び出してきた。


「いらっしゃいませー!」


「よく来たね、お客さん!」


 現れたのは、人間の子供ほどの背丈しかない、小柄な種族――ハーフリングの二人組であった。


 左側に立つのは、活発そうに短く刈り込んだにんじん色の髪を持つ青年。

 右側に立つのは、愛らしく二つに結んだトマト色の髪を持つ少女。

 そして二人の瞳は、蜂蜜色で全く同じ輝きを放っていた。

 顔立ちも瓜二つの双子である。


「あら……とても可愛らしい店員さんたちですわね」


 コルネリアが思わず顔を綻ばせると、にんじん色の髪の青年が少しだけむっとしたように唇を尖らせた。


「可愛らしいじゃないよ! 俺たちはこう見えて、立派な成人だからね。人間の子供と一緒にしないでほしいな。俺は兄のポポで、こっちは妹のココ。二人でこのパン屋を切り盛りしてるんだ」


「そうそう! 私たちの作るパンは、大人もうなる本格派なんだから!」


 トマト色の髪のココが、小さな胸を張って得意げに言い放つ。

 カエラムは少し驚きながらも、すぐに礼儀正しい態度で彼らに向き直った。


「これは失礼いたしました。ポポさん、ココさん。外まで届く素晴らしい香りに惹かれて入ってしまったのですが、こちらのパンはどれも個性的で、色彩豊かですね」


 カエラムの言葉通り、棚に並んでいるのは普通のパンではない。


 練り込まれたほうれん草で鮮やかな緑色に染まった生地に、香ばしい燻製肉くんせいにくを巻き込んだもの。

 かぼちゃの甘みを活かした山吹色やまぶきいろの生地で、濃厚なクリームチーズを包み込んだもの。

 トマトと香草を練り込んだ赤いフォカッチャなど、野菜をふんだんに使った珍しい品ばかりであった。


「ふふん、お目が高い! 俺たちのパンは、近所の農家から仕入れた新鮮な野菜をたっぷり生地に練り込んでいるんだ。栄養満点だし、何より野菜の甘みが引き立って最高に美味いよ」


「明日の朝ごはんにどう? こっちの、真っ赤なビーツと胡桃くるみを練り込んだ固めのパンなんか、温かいスープにすごく合うよ! それから、玉ねぎの甘みがたっぷり溶け込んだふんわり丸パンもおすすめ!」


 ポポとココの情熱的で丁寧な説明を受け、コルネリアはすっかり彼らの作るパンの虜になってしまった。

 二人は明日の朝食用に、彼らがお勧めしてくれた色鮮やかな野菜のパンをいくつか購入した。


「ありがとうございました! また来てねー!」


 双子の元気で温かな見送りを受けながら、二人は店を後にした。


 街の入り口に設けられた馬の待機場所へ戻ると、ファノーネが待ちわびたように長い首を伸ばしてきた。


「お待たせいたしました、ファノーネ。大人しく待っていてくれたあなたに、市場で特別なお土産を買ってきましたのよ」


 コルネリアが籠の中から取り出したのは、皮が張り詰めた見事なりんごと、遠い南の国から運ばれてきたという希少で甘い香りを放つ黄色い果実――バナナだった。

 ファノーネは喜びに目を細め、差し出された果実を力強い顎で次々と咀嚼そしゃくしていく。

 初めて食べる南国の果実のねっとりとした濃厚な甘みが気に入ったのか、満足げに鼻を鳴らす相棒のたてがみを撫でながら、カエラムがコルネリアの肩を静かに抱き寄せた。


「美味しい食事に、新しい出会い……素晴らしい記念日になりました。来年も、再来年も、こうして穏やかな日々を重ねていきましょう」


「はい、先生。私、今が一番幸せですわ」


 穏やかな夕暮れが街を優しく染め上げる中、二人と一頭は寄り添い合いながら、彼らの帰るべき温かな森の診療所へとゆっくりと歩みを進めていった。

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