接触
ヘヴィーゴングの死体全てを空間倉庫へと収納したエイトは、少しの休息を取りつつ話し合いを始めていた。今回の未開地探索においての重要な話し合いになる。
エルキンス領に侵入してきた未開地の魔物二体。一度に二種類の魔物が侵入してきた異常事態に関しては、今日のヘヴィーゴングの件で答えが出たようなものだ。
「ヘヴィーゴングは本来、十体程度でしか群れない。にも関わらず、何らかの要因が重なり今回のような巨大な群れを形成した。その結果、平原の周辺に生息していた魔物の数が減少し、餌を取れなくなった力の弱いオークキング、ゴブリンキングがエルキンス領に侵入したってところだろう」
アルダが冷静に分析する通り、ヘヴィーゴングの巨大な群れが直接的な原因だと思われる。
アルダの分析には全員が同意し、小さく頷く。しかし、先程までエイトの錬成したゴーレム毘沙門天に狂喜乱舞していた人物とは思えない姿に、エイトとエヴァの二人だけは苦笑していた。
「だが、ここで問題が一つ……」
更に言葉を続けるアルダが、一旦言葉を途切らせて意味深な雰囲気を醸し出した。
勿体ぶった仕草ではあるが、本当に悩んでいるのが見て取れる。
「……何故ヘヴィーゴングが、あれほどの巨大な群れを形成するに至ったのか。それが判明していない現状では帰還出来ないだろうな」
そう言って、唸りながら顎に手を当てて考え込んでしまう。鎧兜が関わらなければ、普段のアルダはここまで優秀らしい。少々驚くべき事実だ。
アルダの考えに異論はないようで、全員が暫し思考の海に沈んだ。
皆理解しているのだ。今回の伯爵からの依頼は、未開地で発生している異常の原因の解明であること。そして、その解明はエルキンス領に住む者達の生命に関わる重要な案件であることも。
だからこそ、現在のボスコ達にはオチャラケタ雰囲気は皆無だった。特に、騎士団に所属する三人は知恵熱が出るのでは、見る者にそう思わせるほど考え込んでいる。
長い……実に長い長考を皆がする中、エイトが何かに気が付いた様子で手をポンと叩いた。
それによって、全員の視線がエイトへと注がれる。
「ヘヴィーゴングが巨大な群れを作った可能性としては……簡単に纏めると、二つあると思うんだ。 一つは、ヘヴィーゴングが自分達以上に強力な魔物がテリトリー内で暴れ続けた為……その結果、小さな群れが大きな群れとなった。まぁ、生き残る為の一番簡単な策だね。
で、もう一つが……ヘヴィーゴングってランクBに指定されてある魔物で、現状では最も頭が良いんでしょ? だったら、その頭の良いヘヴィーゴングの中でも更に頭が良い奴が現れたっていう可能性かな」
「確かに、前者の可能性は私も高いと思う。……だが、後者は……ヘヴィーゴングの中でも一際頭脳の高い魔物が出現したとしても、それで何故巨大な群れを形成する必要が有るんだ? どう考えても不自然だろう」
「アタシもアルダと同意件かな。いくら頭が良い奴が現れたとしても、何で巨大な群れを作るの? 従来の群れの規模で充分生きていけるじゃない」
エイトの意見の一つ目には全員同意するが、二つ目には皆同意を示さなかった。それと言うのも、後者の意見には根拠が示されなかったのが大きい理由だろう。
エイトは「言葉が足りなかったね」そう告げると、二つ目の可能性について言葉での肉付けを始めた。
「未開地についてはボスコも言っていたけど、言わば修羅の地みたいな場所なんでしょ? なら、自分達が今以上に安全に餌を得る為に、徒党を組むって可能性もあるんじゃない? 人間で言うなら、覇を唱えるようなもんかな?」
「未開地を………いや、未開地と言っても、浅い場所を限定して完全に制覇しようとしたと………?
ふむ、確かにその可能性も有り得るかもしれないな。……エイダはどう思う?」
「う~ん……なくはない、かな。でも、それでも可能性としては低いと思うわよ」
完全に否定する訳では無かったのだが、完全に同意する訳でも無かった。他の面々も同様の反応を見せている。
しかし、実はエイトの示唆した可能性の二つは、二つ合わさって正解だと言えるものだった。今回のヘヴィーゴングが群れを作った理由は、自分達より強力な魔物が規模は小さいが徒党を組み始めた為、仕方なくヘヴィーゴング達も徒党を組んだのだ。
未開地の掟………否、生物の掟と言っても良いだろう言葉、弱肉強食。人間が暮らす場所とは違い未開地には法という秩序が存在しない。であれば、弱肉強食が当然に存在する未開地では日夜繰り返されているのが通常なのだ。
それ故、エルキンス領に侵入することになった……いや、ヘヴィーゴングより力の劣るオークキングとゴブリンキングが、一度にエルキンス領に"追いやられる“ことになったのだ。
ちなみに、今回は一度に二種類の高いランクの魔物がエルキンス領に追いやられたが、年に数度はエルキンス領に高ランクの魔物が侵入する理由は先に説明した理由となる。……つまり、別に今回の出来事が異常事態と言う訳ではなく、未開地としては通常運転に過ぎない事象なのだ。
ともあれ、そんな未開地の事情を知らないこの場に居る者達は、エイトの一つ目の可能性が大きいだろうと結論づけた。
しかし、それはそれで新たな問題が浮上する結果になった。その問題とは、エイトの示唆した一つ目の可能性のことついてだ。
どんな魔物が原因で、ヘヴィーゴングが巨大な群れを作ったのか。それを解明しなければならない。そして、出来るならばその原因を取り除く必要があるだろう。
エルキンス領に住む者達のことを考えれば当然だと言える。
アルダがそれについて言及すると、エイトとエヴァは残念そうに項垂れた。二人にとっては未開地から早く出たいのだろう。
自分にはまだ未開地での活動は早かったと理解しているだけに、早々に離脱したいらしい。
「……分かりました。では、どうします? 未開地の浅い場所を隅々まで調査するのは非効率では? その原因の魔物が分かれば話は早いですけど……」
伯爵の娘として、そして騎士団に所属する騎士として責任があるだけに、エヴァは気丈に振る舞いながらアルダとエイダに問い掛けた。
「そうねぇ………取り敢えず、人に聞くのが早いかしら?」
「そうだな。……丁度良い奴らが居るしな」
エイダとアルダはお互いに視線を交わして、ニヤッと不適な笑みを浮かべた。
エイト達がこれからの行動の一応の答えを出した頃、ミッチ達死のアウルのメンバーは、森から脱出するかもしれないボスコ達の生き残りを待っていた。無論、そんな可能性はないだろうとミッチは考えていたが。
しかし、手ぶらで帰るのを渋るメンバーの考えによって、仕方なく監視をしていたのだ。
ミッチは、陽が昇っても誰も森から出てこないのを見て、予想した通りヘヴィーゴングに全員食われたのだろうと内心で結論づけ溜め息を吐いた。
(クソみたいな噂のあるボスコ達や、クソの象徴とでも言って良い貴族が死んだのは最高なんだけどねぇ……収入が無いのは頂けないさね。
まぁ、今回は命があっただけ儲けもんだったと思うしかないね)
そう内心で呟くと、もう一度だけ溜め息を吐いてメンバー全員に視線を向けた。
「これ以上ここに留まっても無意味だろうね。すぐにロアンの町に帰るよ」
新人のアインはミッチの提案に全員が同意しているのを見て、流石に諦めたのか自身も頷いた。これ以上の我が儘を言えば、ミッチに痛め付けられる未来しか見えなかったのだろう。
死のアウルのメンバー全員が、立ち去る最後に森へと残念そうな視線を向けた。一人は想像していた多額の金銭に残念そうな視線を、一人は煌びやかな未来が潰えて寂しそうに………。
しかし、そんな視線を向けていたメンバー全員の目が点になった。
そして、事態を把握した瞬間、嬉しそうに満面の笑みを浮かべて口々に喋り始めた。
「貴族のガキ一人に伯爵の娘、そしてあれは……ボスコ!」
「アルダとエイダの双子、それと騎士団の二人を捨て駒にしたんだろう。流石は黒い噂が流れるボスコだな」
「あぁ、貴族の指示かもしれんがな」
「そんなもんどうでも良いだろうが。俺達にとっては、悪党をぶっ殺して金銭を得る絶好の機会だぜ!」
森から姿を現したエイト、エヴァ、ボスコの三人を見て、喜色満面の笑みを浮かべて喋るメンバーは実に嬉しそうにしている。
そんなメンバーとは反対に、森から現れた三人を呆然と眺めているのはミッチだ。
何故? どうやって? ヘヴィーゴングを蹴散らして? 逃げた? 囮? どれを取っても有り得ない。あの状況で生き残るなど不可能。
そんな風に考えているのが、まるで手に取るように理解出来てしまう。それほどミッチの表情が分りやすいからに他ならないのだが、彼女の驚きも至極もっともだと言えないこともない。
何故なら、彼女は知らないからだ………いや、彼女だけではない。死のアウルの全員が知らないのだ。
ランクB、そしてその上に位置するランクAの者達の人外さを。
暫く呆然とし続けていたミッチだったが、妹のミレイに肩を揺さぶられたことによって、少しだけ冷静さを取り戻す。そして、これからどうするべきかを考え始めた。
(……な、なんにせよ、これはチャンスに違いないさね。上手くいけばヘヴィーゴングの素材も手に入るし……あのクズ共を始末して、この世に貢献も出来る!)
これからの行動の指針と言うには大雑把過ぎるものの、一応の答えを出したミッチは未だにワイワイガヤガヤと喋り続けるメンバーに視線を向けた。
そして、身を固める。それは呼吸を忘れるほどの驚きによって。
ワイワイガヤガヤと喋り続けるメンバーの背後に、アルダ、エイダ、クーパー、ガルシアの四人が武器を肩に乗せた状態で微笑んでいたからに他ならない。
「な、な、……なんで……」
声を出そうとするが、あまりにも驚き過ぎたせいか、まるで自分の体とは思えないほどにコントロールが効かない。ミッチはそれでも何とかしようとするのだが、やはり変わらず声は出なかった。
そんなミッチの異様な状態に、漸く気付いたメンバー達が不思議そうに視線を向ける。
それを受けてミッチは、何とか伝えようとし、人差し指を無言でメンバーの背後に指し示した。
その瞬間…………
「アタシたちにご用でもあるのかしら?」
「まぁ、お前たちが私たちに用が無くとも、こちらにはお前たちに用が有るがな」
「ははは、君たちには拒否権は無いよ」
「俺たちの質問に答えて貰おう」
メンバー全員がミッチの指先に視線を向けると、死神とでも勘違いしてしまいそうな程に恐ろしい笑顔を浮かべた者達が居た。




