殲滅
ゴーレム毘沙門天はエイトの指示を受けて、暗闇に潜むヘヴィーゴングを目掛けて駆け出した。その速度は特筆するほどの速さはない。しかし、エイトが軽量化に苦心しながら考案しただけはあり、ゴーレムカヴァリエと同程度のスピードはあった。
エイトは制御数の限界に達していた為に、目眩に襲われているものの、その予想以上に素早い動作に暫し呆けてしまっていた。
「ヴホッ、ヴホッ!」
「ホワァアアッ!!」
闇夜の中にゴーレム毘沙門天が消え去ると、突如としてヘヴィーゴングの威嚇の咆哮が響き渡った。
その咆哮は凄まじく、呆けていたエイトですら生物特有の本能により感じる恐怖でブルッと身体を震わせるほどだ。
「ヴィィィィイイイ!!」
次に響き渡ったのは、先程とは明らかに違う威厳も恐怖も感じさせない声。どこからどう聞いても、情けないほどの悲鳴………生命の火が消えるという事実に抗う最後の断末魔。
そんな断末魔が周囲一帯の暗闇から、次々に聞こえ始めた。………そう、まるでオーケストラを彷彿とさせる大合唱のように。
そして、その断末魔が上がる度に、エイトの身体が薄く発光を繰り返す……何度も、何度も。
ゴーレム毘沙門天が闇夜に放たれてから、響き渡り始めた声に呆然としていたエヴァだったが、発光を繰り返すエイトを見て驚愕の表情を浮かべていた。
「………え、エイト殿……レベルアップしてますよ。し、しかも、何度も」
エイトは一度に数度のレベルアップを経験していた為に、エヴァにそう言われても別段驚くこともなく平然としていた。しかし、さっきまで脳を圧迫されていた感覚がどんどん楽になり、終いには余裕を感じられるまでになってくると、流石にそれには驚いたようで眉を吊り上げながら軽く頭を振り回した。
「ふぅ……楽になったな」
小さく呟きながらエイトは、もう一度息を吐き目を瞑る。そして、再び身体中から魔力を溢れださせ始めた。
『我が魔力を依り代に、我が想像のままに、この世に顕現せよ! 出でよ、ゴーレム毘沙門天!!』
追加で錬成されたゴーレム毘沙門天の数は五体。最初に錬成された数の1/4でしかないが、合計すれば二十五体になる。
ゴーレム毘沙門天が整列しているのを想像してみれば、なかなかの数だと言えるのではないだろうか。
その追加で錬成された五体に、エイトはエヴァに視線を向けながら指示を飛ばした。
「エヴァさんと俺の護衛に専念しろ!」
新たに追加されたゴーレム毘沙門天が、自分とエイトの周囲に陣取ったのを呆然と眺めるエヴァは、ギギギッと油がきれた機械のように首を動かしてエイトに視線を向け口を開いた。
「あ、有り難うございます?」
何故か疑問げに礼を述べるのだが、驚いているのを考えると当然……とまでは言わないが、仕方ないと言えるかもしれない。
そんなエヴァとは違い、狂喜乱舞しているアルダは喜色満面と表現出来る笑顔を浮かべて「戦闘している姿が見たいから行ってくる!」、そう叫ぶと逸早く先に闇夜に消えたゴーレム毘沙門天を追って行った。
そのスピードは文字通り目にも止まらぬ速度で、自身のレベルアップと共に少しずつ普段の冷静さに近付いていたエイトの目も、思わず点になるほどだ。
「はっはっはっ! アルダじゃねぇが、俺も楽しくなってきたぜ!」
「ふふふ、確かにそうね」
「ははは、僕もテンション上がってきたよ」
「俺も同様だな」
アルダと同じように………いや、それ以上に目をギラギラとさせ始めたボスコ達が、口々に楽しそうに呟いた。脳内にあるスイッチ……仮に、戦闘のスイッチとでも言うのか、そのスイッチが入ったらしく既に臨戦体制に入っている。
ボスコ達は、一度エイトに視線を向けて「行ってくる。そっちは任せた」、そう告げるとアルダと同様にもの凄い速度で駆け出し、あっという間に姿を消した。
そしてその場に残された二人は、お互いに視線を交わらせて、楽しそうに消えて行った者達の表情を思い出し吹き出す。
「「プッ…ハハハハ!」」
周囲から絶え間無く響く断末魔の中、存外余裕を取り戻した二人は異常な状況下にも関わらず、終始笑って過ごしていた。
森の外へとヘヴィーゴングから逃れることに成功していた死のアウルのメンバーは、ゼェゼェと激しく乱した息を整えていた。
「ハァ、ハァ……み、ミッチ姐さん、これから……どうするの?」
息切れしたメンバー達に先駆けて、魔法使いであるミレイが声を絞り出すようにしてミッチに問い掛ける。ちなみに、ミレイはミッチの実の妹である。
「どうもこうも……フゥゥゥ……どうもこうも無いさね。ボスコ達は死ぬだろうし、あんなにヘヴィーゴングが居たんじゃあ死体から装備を頂くのも無理だろうね」
実際は余裕で返り討ちにしているのだが、彼女達死のアウルにとっては想像の外の人間達なのだから、その発言も仕方ない。
ミッチの言葉に同意するように、一人のメンバーを除いた全員が頷いた。皆ここから出来るだけ早く離れたいらしい。あれほどの恐怖は御免だと言いたげなのが表情から容易く読み取れた。
しかし、同意しなかった一人が渋面でミッチに意見をし始める。
「折角ここまで来たんだ、少しだけ様子を見てようぜ。勿論、森の中に入らず……もしかしたら、ボスコ達の内の一人ぐらいは生き残るかもしれないぞ」
ミッチの言葉に反対意見を述べたのは、酒場でミッチに殺気混じりに忠告された新人の一人だった。
名前はアイン、弓の得意な男だ。
ミッチは、新人のアインに目を細めて睨み付けた。
「馬鹿言ってんじゃないよ。あんな数のヘヴィーゴングと戦って生き残れる人間が存在する訳がないさね………人間だけじゃない、獣人族だろうがドワーフだろうが、精霊魔法の使えるエルフだろうが……例外なく死ぬさね」
死のアウルのメンバーは、最も高いランクの者でランクCになる。それ以外の者はエイトと同様に、一人前と判断されるランクDだ。
はっきり言ってアラン一人で軽く蹂躙出来てしまうほどの実力しか持たないメンバーなのだから、実力もたかが知れている。裏の世界で有名なのが良い証拠だろう。
何せ、有名だと言うことはそれだけ自分達の手口や顔、ならびに名前が知れ渡っているということになる。腕が良い者ほど、裏の世界で名が知られることがないのだから。
ともあれ、それでも普通の冒険者に比べれば強いのは強い。だからこそ、今まで生きてこられたのだ。
しかし、そんなメンバーのリーダーであるミッチは、新人のアインへと更に言葉を続ける。
「想像出来るかい? あの異常な数のヘヴィーゴングの集団から逃げられる人間なんて。アタイには想像出来ないさね」
「いや、まぁ………確かに。
……だけど……それなら、もう少し離れた場所から一応ちょっと間だけでも監視しないか? 万が一ってこともあるかもしれないだろ?」
どうしても諦められない様子のアインは、そう言って尚も提案する。
「はぁ……アンタの気持ちも分からなくはないさ。これだけヤバい橋を渡って何の成果も無かったんだからね。
……仕方ないね。それじゃあ、少しの間だけだよ」
酒場では殺気混じりに忠告していたが、存外仲間思いなのか、はたまた自分も多少は成果が無いのを悔しく思っていたのか、ミッチは溜め息混じりにアインの提案を飲んだ。
ミッチ達が森から更に離れた場所に移動し始めた頃、エイト達は八十六体にもなるヘヴィーゴングの 死体を眺めていた。
エイトとエヴァの二人の外見はそれほど汚れていないが、ボスコ達の外見………正確に言えば、装備についてはヘヴィーゴングの血によって真っ赤に汚れていた。弓使いであるクーパーも汚れているのには多少の疑問も残るが、それ以外の面々は近接戦闘を前提にしているだけに仕方がないと言えた。
「これは……解体が苦労しそうだね」
ヘヴィーゴングの死体の山を見て、心底嫌そうに呟いたのはエイトだった。
ヘヴィーゴングの見た目は、地球に存在していたゴリラとそれほど変わりない。強いて言うならば、体の大きさがヘヴィーゴングの方が1.5倍ほど大きいことだけだ。
そんなヘヴィーゴングを八十六体も解体するとなれば、一人でやるなら数十日。この場に居る全員でやるとしても数日は掛かるのは間違いない。それを考慮すれば、エイトの気持ちに素直に同意せざるを得ないだろう。
しかし、ボスコから意外な事実が告げられると、エイトは酷く驚くと共に嬉しそうに笑みを浮かべることになった。
その事実とは、冒険者ギルドに未開地の魔物を売却する場合、魔物の死体を直接持って行けば冒険者ギルドが解体をしてくれることになっているらしい。しかも、それで売却額が下がるということもないそうだ。
それと言うのも、未開地の魔物の生態も判明していない現状では、胃の内容物や腸の内容物から何を食べているのか調べたり、どの部位の素材が錬金術などで使用出来るかはっきりと判別出来ないのが理由なのだ。
その為、出来る限りそのままの状態で冒険者ギルドまで運んで貰うことが推奨されている。しかし、未開地の魔物は体が大きいものばかりで、なかなか魔物の死体をそのままギルドまで持って行く冒険者は少ないのが現状で、魔物の生態や素材の調査は思うように進んでいない。
そう言った諸々の事情がある冒険者ギルドとしては、寧ろそのまま持って帰れるエイトのような存在は非常に有り難かったりするのだ。
ともあれ、自分に都合の良い事実を知ったエイトは、嬉々としてヘヴィーゴングの死体を空間倉庫に収納し始めた。勿論、ランクBに指定されてある魔物であるので、マジックアイテムの素材になる魔石だけは取り除いてから。
そうして全ての魔物の死体を収納し終わったのは、空が明るくなり始めた頃だった。




