異常の原因とは……?
ボスコ達が魔物の気配を敏感に察知出来るお陰で、グランドボアとの戦闘以外では一度も魔物と遭遇することは無く無事に夜を迎えた。
しかし、無事に夜を迎えられたと言っても、夜営するのであれば当然見張りを交代しながら行わなければならい。非常に危険な未開地であれば尚更だ。
それ故、深夜三時となる夜も深い時刻に、エイトは一人焚き火の傍で本を読みながら周囲を警戒していた。
(マジックアイテムを作る方法っていうのは、なかなか興味深いなぁ。………へぇ、ゴーレムゴライアスのマジックアイテムと同様に、鎧兜も魔石で作れるんだな。ふ~ん、自分のを作ってみようかな)
今エイトが目を通しているのはデズモンドから貰った本であり、そのタイトルは"土属性でのマジックアイテム精製“と書かれている本だ。
デズモンドが渡しただけはある。土属性特化のエイトには有用なことばかりが記されてあった。
(土属性って、属性魔法で最弱と言われてるらしいけど、そんなに弱いとは思えないんだけど……。少なくとも、結構幅広く使える気がする。他の属性より良いと思うんだけどなぁ………。
まぁ、デズモンドさん以外の魔法使いに会ったことがないから、一概には言えないかぁ)
現在の世間一般の常識では、土属性は最弱であるというのが通常認識だ。しかし実際は、属性魔法には一長一短がありどの属性が一番優れているのかは断定出来ないものなのだ。無論、一撃の威力は火属性が優れている、あるいはサポートには水属性が優れている、などの一部の優劣は存在するが。
その辺りを考えると、土属性は一撃の威力については火属性ほどの破壊力は期待出来ないが、マジックアイテム精製で鎧兜や武器などを制作したり、ゴーレム魔法で夜営の際の警戒などをさせたり戦闘でも活躍出来る。非常に幅広く活用出来る属性と言っても良いのが土属性だろう。
ともあれ、別に世間一般の認識を変えようなどと考えている訳ではない為、エイトにとっては別段構わない。それに、目立ちたい訳でもないのだから。
暫く本に目を通していると、ふと何かの気配を感じたようで、本を閉じて立ち上がると周囲に視線を向ける。
暗い闇夜の中を、目を細めて睨み付けるエイト。しかし、何物の姿も見付けられない。今日は月も出ていない闇夜なのだから当然と言えば当然だ。
だが、それでもほんの僅かな気配を感じたのは確かなようで、グルっと首を回して周囲へと視線を向ける。
(気配がしたような気がしたけど………気のせいかな?)
そう内心で呟くと、エイトは腰を降ろして再び本を開いた。
「シイツ、どうだい? チャンスは有りそうかい?」
「無理だな。今の見張りがガキだったから、もしかしたら……そう思って近付いてみたが、なかなか勘が鋭い。300m程まで近付いた所で気配を察知された。
無理して襲わない方が無難だと思う」
エイト達が夜営している場所から2km離れた場所に、死のアウルのメンバー全員が居た。
リーダーの女は笑みを浮かべながら偵察に出ていた男の報告を聞くが、報告を聞くなり舌打ちをし、不機嫌そうに顔を顰めた。
「チッ、仕方ないねぇ。……それじゃあ、アタイたちも休むよ」
貴族のガキにしてはシイツの気配を感じる辺り、なかなか侮れない。そう内心で呟きながら、多少エイトに対しての評価を上方修正させる女。
しかし、ふと疑問が脳裏を過る。
(何故、貴族のガキに見張りを……? ま、それは気にすることじゃないさね。しょせんガキはガキなんだ。戦闘になれば何時でも殺せる)
脳裏に浮かぶのは、エイトを血まみれになるまで切り刻んだ自分の姿。そして、その傍らにはボスコ達の死体。
「クフフフ……楽しみだねぇ」
恍惚とした笑みを浮かべる女は、絶対に自分達の奇襲が成功すると信じている。自分達は狩るがわであり、ボスコ達は狩られるがわなのだと。
その絶対の自信は、今まで失敗をしたことがないという事実から来ていた。自分達より劣る弱者を的確に見分け、弱ったところを確実に襲う。その作戦で成功につぐ成功を収めているのだ。
しかし、女は気付いていない。今回の襲う相手はボスコ達という強者であり、今までに襲ってきた相手とは隔絶した強さを持つことを。そして、世間一般では最弱と認識されているが、神話や伝承でしか登場しない鋼鉄製のゴーレムを操る希有な魔術師が居ることを。
更に指摘するならば、成功という美酒を飲み続けた者が嵌まりがちな落とし穴。油断、という思わぬ落とし穴に自分が嵌まりつつあることを。
それらに気付かぬ女は、休息を取り始めたメンバーに視線を向けて逸る気持ちを落ち着かせながら、自身も疲れた体を休める為、地面にゆったりと横になるのだった。
陽が昇り未開地での二日目を迎えたエイト達一向は、手早く朝食を済ませると、今日も今日とて見た目だけは平凡な平原を進んで行く。
無論、そうは言ってもここは未開地であり、危険な場所には違いない。それ故、全員の表情から油断という油断は感じられなかった。
そんな中、突如として遠くの方で魔物の唸り声が響く。次いで聞こえるのは唸り声ではなく、断末魔。
弱肉強食の掟の下、魔物達が自身の生命を天秤に乗せ、エイト達の見えない場所で戦っているのだろう。
エイトはその鳴き声と断末魔に身を強張らせたものの、前に位置するボスコ達が平然としているのを見てホッと胸を撫で下ろす。
ボスコ達静寂の剣のメンバーが先導する為、戦闘もせずに進んで行くのは体力的には楽だろう。事実、エイトは一番体力が低いので、その恩恵を最も受けていると言って良い。しかし、変化のない平原を緊張しながら進み続けるのは精神的に楽だとは言えないようで、疲労が少しずつ蓄積されていく。
(……少しだけ休みたいけど、自分からは言い出し難いなぁ)
横目で自分と同じように緊張している様子のエヴァを見て、エイトは内心でそう呟いた。外見は子供でも中身は大人な自分が、エヴァより早く根を上げてしまうのを避けているらしい。つまらないプライドだが、男なら持っていて当然のプライドだと言えた。
一方、エヴァはエヴァで自分より年下のエイトが頑張っている現状で、騎士でもある自分が休息を願うことが出来ず、グッと歯を噛み締めて耐えていた。
両者ともに意地っ張りだ。しかし、両者のプライドはそれぞれ妥当なものであり、それを簡単に否定することは出来ないものでもあるのは事実だった。
そうやって耐えながら進む内、そんな二人の願いが叶う時が来た。
目の前には深い森がある。その森を目前にした状態で、ボスコが口を開いた。
「良し、取り敢えず休憩としようぜ」
ボスコの提案に、待ってましたとばかりにエイトとエヴァの二人が地面に腰を降ろした。
「ははは、疲れたのか?」
「そりゃ疲れるでしょ。この未開地に出現する魔物は高ランクばかりなんだから、気疲れして当然じゃない」
ボスコとエイダのやり取りを耳に入れてはいるのだが、余裕のない二人は磨り減った精神を回復させるのに専念しているらしく、水筒を取り出して喉を潤わしている。
「しっかし、特に異常があるようには見えねぇな」
「ボスコは未開地に来たのは一回だけでしょ? 僕とガルシアは何度か来てるから、何となく以前来た時とは平原の様子が変わってるのは分かるよ」
「あぁ、平原に居る魔物の数が少ない。普通は、嫌になるほどグランドボアが居る筈なんだがな」
クーパーとガルシアの言葉を聞いてボスコは昔を思い返すのだが、その時の記憶では死にかけたことが強いインパクトを持っていたらしく、なかなか思い出せないようで首を傾げて「う゛~ん」と唸るだけだ。
正直言って、ボスコは戦闘では期待出来るものの、こういう未開地の異常を探るような繊細な仕事では期待出来ない。大雑把なボスコには向いていないだろうと思われるからだ。
そんな静寂の剣のリーダーとは違って、鎧兜や低年齢の子供が関わらなければ非常に優秀なエイダとアルダは、二人の言葉に頷いて同意した。
「そうだな。私たちも一度だけしか来てないが……以前に来た時は、平原は魔物で溢れていたぞ」
「そうね。あの時は鬱陶しいくらい居たもんねぇ」
実はエイトが未開地を見て抱いた感想とは違って、通常の未開地は魔物で溢れかえっているのが普通なのだ。
幾らボスコ達の先導が優れていたと言っても、全く魔物と戦闘をすることなく進むのは無理なくらい。それほど普段の平原は魔物の姿が多く見られるのだが、今回はそれがなかった。
多少精神的疲労から回復したエイトが、それを疑問に思いこの場に居る全員に問い掛ける。
「魔物が減ってるの?」
「あぁ、かなり減ってるな」
皆を代表してガルシアがエイトの疑問に答えた。
「じゃあさ、もしかしてそれが原因なんじゃない?」
エイトが何かに気が付いたのか、明るい口調で尋ねる。しかし、そのエイトの言動の意味が分からないのか、全員が眉間に皺を寄せている。
それを見て、更に言葉を続ける。
「つまり、今回の異常は………未開地の浅い場所に居る筈の魔物たちが消えたせいで、食料を求めてゴブリンキングとオークキングが一度にエルキンス領に来たんじゃない? 上位種の配下を引き連れて」
「あー……成る程ね」
「確かに……」
「一理あるな」
クーパー、アルダ、ガルシアが、エイトの発言を脳内で反芻しながら頷いた。ちなみに、ボスコはまだ首を傾げて昔を思い出そうとしている。
エイトの指摘に納得する者達とは正反対の反応を見せたのはエイダだけだった……いや、正反対と言うよりも、一部だけ同意するもののそれ以上の疑問が有ると言いたげな様子だ。
「う~ん……確かにそうかもしれないけど、それだけじゃないんじゃない? だって変でしょ、何で沢山居る筈の魔物が姿を消したの?」
「………ん~、それは……なんでだろうね?」
エイダの鋭い指摘に眉を寄せ首を傾げるエイト。他の面々も同様の反応を見せる。一人は未だに過去を思い返しているが。
ともあれ、エイトの仕草がエイダの心に突き刺さったらしく、フラフラとエイトに近付くエイダが、素早い手つきで子供特有の瑞々しく張りの有る頬を掴み揉みだした。
「……ほれ、やめひぇほひぃんでふぅけど……」
抵抗しても無駄に終わることを悟っているエイトは、ただただ言葉で抵抗するだで、少々悲しげな声が周囲に響いた。




