未開地
まだ陽も昇らぬ早朝………いや、深夜と言って良い時間帯に、エイトは目を覚ましていた。早めの就寝と、馬車で寝ていたのも相まって完全に目が覚めてしまったらしい。
同室の他の面々は未だに眠っているだけに、どうしたものかと悩むエイト。
(目が覚めてしまったのは別に良い。ただ、メチャクチャ暇だ……)
暫し天井を眺めていたのだが、手持ち無沙汰の状態に辟易としたのか空間倉庫から紙を数枚取り出した。
その紙に描かれているのは新たなゴーレム。しかも、ただゴーレムの絵が描かれている訳ではなく、三次元で細かくゴーレムの寸法などを記してある設計図だった。
エイトは、暗い室内でそのゴーレムの設計図を睨み付けながら深い思考の海に沈んで行く。彼のゴーレム作成での何時もの行動だ。
(タングステン……軽量化が必須……でも、制御数の低下が……。
どうすれば……? この際、制御数の低下は許容するしかないかもな……)
暫く悩み続けていたが、ホウッと一つ息を吐くと大きく背伸びをした。答えは一つではない為、用途によって使い分けをするのが一番良い。そう結論を出して。
確かにエイトの考え通り、金属は様々な用途によって無限にも及ぶ組成が存在する。であるならば、その結論もあながち間違いとは言えなかった。寧ろ、正解と表現しても良いだろう。
ただ一つ、軽量化をするならば、どれだけ制御数の低下が起こり得るのかを検証しなければならないが………ある程度の低下は否めないだろう。しかし、既存のゴーレムはそのままで、新たなゴーレムのみ組成と構造を変えて、運用方法を変更すれば良いだけだ。
ともあれ、新たなゴーレムの問題点について、一応の解決策を生み出したエイトが、ふと室内に柔らかな明かりが差し込んでいるのに気が付いた。そう、既に夜明けの時間になっていたのだ。恐らく、目が覚めてから三時間以上は経過していたらしい。
エイトは眉間に皺が寄っているのを感じ、それを解こうと人差し指と中指で優しく揉んだ。
(……脳味噌が疲れたな。甘いものでも食べよう……何か有ったっけ?)
空間倉庫に収納した食料を思い出しながら、甘い物だけを取り出す。その甘い物は、外見上はクッキーのようで普通に美味しそうなのだが、必要以上に砂糖を使用して作ってある為に甘過ぎる。それ故、次に空間倉庫から取り出したのは、少し苦めの紅茶だ。
エイトは甘過ぎるクッキーを口に含むと、甘い物を食べているというのに渋い表情を浮かべた。そして、苦い紅茶で口の中にまだ残っているクッキーを流し込むと、まるで甘い紅茶を飲んでいるかのようにホッと息を吐く。
実はこの世界の菓子は非常に甘く………いや、この世界の者達にとってはそれが普通なのだろうが、異世界の人間には甘過ぎる。その為、苦い紅茶と一緒でなければとても食べれるような物ではないのだ。
それがあってのこの反応なのだ。しかも、これでもなるべく甘くない物を選んでるのだから、このクッキー以外の菓子類の甘さは推して知るべし、と言ったところだろう。
それはともかく、眠っていた面々は流石に体が資本の仕事をしているだけに、甘い物と紅茶の芳ばしい匂いにつられ、目覚め始めた。
「あの雑木林を半日ほど歩いて進むと、そこから未開地となっています。既に、ここからはかなり危険ですので、エイト殿も油断されないようにして下さい」
「分かった、注意しておくよ」
現在エイト達が居るのは、ロアンの町の裏門を抜けた場所になる。その目前に存在する雑木林を指差しながら、エヴァが説明をしていた。
これからアーロンでさえ危険だと断言する場所に入ることに、エイトは若干緊張しているらしく、手に持つ鉄製の槍を強く握り込んでいる。
その反応も当然だと言えた。何せ、自分が本気を出させることすら出来ない、そんなアーロンが危惧している場所なのだから。
「エイト、肩に力が入り過ぎているぞ。お館様から聞いている限り、エイトでも充分対処出来る筈だ」
「そうだね。それに、僕とガルシアはレベル120はあるんだ。冒険者で例えるとランクAにはなるんだし、心配しなくても大丈夫だよ。
それから、レベル150を超えるボスコ、エイダ、アルダも居る。はっきり言って、このパーティーならそうそう全滅は有り得ないと思うよ」
「レベル高過ぎじゃねぇ!?」
「「「「「はっはっはっはっ」」」」」
「そんなことねぇよ。アーロンの旦那は、俺たちよりもっと高いぞ」
「もっと!?」
「ええ、そうらしいわよ」
「何せブラッドレインと呼ばれて畏れられ、更には敬われた人だからな。
まぁ、それはともかく、私はエイトのゴーレムの美しさなら未開地でも充分に通用すると考えているが」
エイトが緊張しているのを感じ取った全員が、たわいない話で緊張を解そうと━━彼らにとっては、と言う注釈は付くが━━するが、そんな彼らの意図とは違い、驚愕によって少しだけ緊張が解れたようだ。
それを見て取ったボスコは、もう大丈夫だと判断し、視線を雑木林に向けて口を開いた。
「さぁ、ちゃっちゃと進むぞ」
ボスコの掛け声に応じて、先頭を静寂の剣のメンバーが、後ろを騎士のクーパーとガルシアが、そしてその間にエイトとエヴァの陣形で進み出した。ある者達は背後からの不審な人物達の気配に気付きながら、ある者達はその気配に気付かず………。
エイト達が雑木林に入ってから暫くして、ロアンの町の裏門からエイト達を監視していた集団が姿を現した。
その集団の装備は、一人前と判断されるランクDの冒険者よりも一段上の物と思われる金属製の物だった。とは言え、動きやすさを優先している為だと思われるのだが、全員が全身鎧ではなく、胴回りや脚、腕、と部分的に覆われた金属製の装備をしている。
そんな集団のリーダーである剣を持った女が、ニヤッと口元を歪めた。
「アタイたちの気配にも気付かないのだから、ボスコも大したことはないね。しょせん噂は噂ってことかい」
女の言葉に同意するように、他の面々も笑みを浮かべる。その笑みには多分に嘲笑の色が含まれていた。
「ま、そうは言っても注意しておくにこしたことはないからね。アタイたちはもう少ししたら、アイツらを追うよ。
ビー、追跡では今回もアンタの遠目のギフトが重要になる。ライ、ブレイ、シイツの三人はビーの護衛に集中しな」
「「「おう」」」
「弓の得意なブッチとシャルンとアインの三人は、魔法の使えるミレイとグインを守りつつ、ビーたちの守りもこなしな」
「「「おう」」」
「残った面子は、アタイと一緒にミレイとグインの護衛だよ」
「「「「おう」」」」
未開地に入るのは初めてではないらしく、慣れた様子でそれぞれに指示を出す。メンバーの者達はその指示に不満はないようで、こちらも慣れた様子で頷いている。
実は、この集団はそれなりに裏の世界では有名な者達なのだ。獲物が弱った瞬間を襲うことで有名なランクCに相当するブラックアウルと呼ばれる魔物の名前を取り、死のアウルと名乗っているパーティーなのだ。
そんな彼らのやることは一つ。未開地で強力な魔物を相手に戦った者達が帰還する際を狙って、あるいは未開地に居る間に弱り果てた時を見計らって、狩りの収穫、次いで冒険者達の装備を根こそぎ奪うことだ。勿論、殺してから。
今回の狩りでは、腕利きの冒険者として有名な静寂の剣、ひいてはエルキンス領で騎士として働く者達を相手にするのだから、当然彼らの帰還時には大量の素材が有る筈だと考えている。しかも、このエルキンス領を統治する伯爵の娘も居るのだ。マジックアイテムも貴重な物を所持しているのだろうという期待も高い。
ニヤニヤとした笑みを浮かべ続ける女。しかし、子供の姿を思い出し、一瞬だけその笑みも引っ込む。
(恐らく、レベル上げが目的なんだろうけど………伯爵の娘の為の未開地入りだろうとは考えられるんだけど、何故あんな役に立たなさそうな子供を同行させてるんだい? 見たところ、槍使いか剣士と言ったところだし、とても高レベルの冒険者には見えないね。
………もしかすると、どこぞの貴族の嫡男かもしれないねぇ。だとすれば、伯爵の娘の為のレベル上げじゃなく、あの子供の為の……?
ま、どっちにしろアタイたちには関係ないさね。金銭に成るなら襲うまでだ)
自分なりに………いや、自分達にとって都合の良い解釈をした女は、再び下卑た笑みを浮かべた。自分達にとって、最悪の存在になり得る道化の魔術師だと知らず…………。
「さぁ、そろそろ進むとしようかね。魔物の食料になりたくなかったら、油断するんじゃないよ」
死のアウルの遥か先を進むエイト達一向は、ボスコ達静寂の剣が先導するだけあって、一度も魔物と遭遇することなく無事に雑木林を抜けていた。
その雑木林を抜けた先は、エイトの想像とは違い肩透かしも良いところで、本当にここは危険渦巻く未開地なのかと、そんな風に内心で考えるエイト。
何故なら、エルキンス領に存在する平原と何ら変わった所が無かったからだ。無論、それは見た目だけの話で、少しでも油断すればそれが命取りになるような場所には違いないのだが。
「何か………普通じゃね?」
アーロンでさえ危険視していた未開地を初めて見たエイトは、その素直な感想を呟いた。
それに反応して笑い出すボスコ。
「はっはっはっ、エイトがどんな想像をしていたか知らんが、見た目は変わらねぇよ。
ただし未開地とは言っても未だ人が入ったことの少ない場所は、バカみてぇに巨大な木が有ったり、まだ生態の謎な魔物も多く居るぞ。
言葉にするなら、修羅の地ってやつだな」
「ボスコはそこまで行ったことがあんの?」
「あぁ、ランクBの時に一度だけな。その時は死にかけたぜ」
死にかけた、そう軽く告げたボスコの言葉に固まるエイト。ボスコほどの冒険者が死にかけるという状況が想像出来ないらしい。それに、目の前の男が死にかけるような場所に進むのを、ほんの少しだけ躊躇しているようだ。
それを感じ取ったクーパーとガルシアが、安心させるような口調で呟いた。
「大丈夫だよ。そんな奥地まで進まないし」
「あぁ、あくまでも今回の未開地探索は、未開地に現在発生していると思われる異常の調査だからな」
二人の発言のお陰か、エイトは安堵の息を吐いて胸を撫で下ろした。
しかし次の瞬間、エイトの安堵した心を揺さぶるように、平原の奥から巨体を自慢気に見せつつ、一体の魔物が姿を現した。
「お、早速の歓迎だぜ。とは言っても、あれはランクCでも上位の魔物だな。
エイト、お前が試してみるか?」
「俺が一人で? まぁ、未開地の魔物の強さを肌で感じる良い機会ではあるけど……」
未開地というこの場所に、漠然とした恐怖を感じているエイトには手頃な相手だと言えるのかもしれない。ボスコなりに、エイトの緊張を解す良い相手だと考えての提案だった。
それを受けてエイトは、多少の恐怖を抱きつつも、自身の傍に立っている者達のレベルの高さを知っているだけに、仲間の前に立つと背中に安心感を感じながら魔法を発動させた。
「出でよ、ゴーレムゴライアス!」




