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怪しい影

「エイト、着いたぞ」


「ん……?」


 昨夜の誓いも虚しく、出発早々に馬車酔いになったエイトは、少しでも楽になるようにと考えずっと眠りっぱなしだった。

 そんなエイトを、ボスコが穏やかな声で優しく起こした。


(ここは何処なんだろう?)


 エイトは、眠っていたお陰なのか馬車酔いが昨日より楽に成っているのを実感しつつ目を開けると、馬車の小窓から外の様子を見た。


 ここはヴァイスハイト国で最南端にあり、最も未開地に近いと言われているロアンと呼ばれる町だ。

 このロアンの町は通常の村や町、あるいは街などとは違って、大きく変わっている所が存在する。それは、ロアンの町に入る為には特別な許可が必要になるということだ。

 何故そんな違いが存在するのか。それを簡単に説明するなら一言で済んでしまう。……ロアンに来る者達が死なないように、それだけだ。

 先に説明した通り、このロアンの町はヴァイスハイト国で最も南にある町だ。しかも、未開地は歩いて半日という距離にある為、希に強力な魔物が出没することがある。それ故、ロアンに滞在出来るだけの強さを有していなければ、町の中に入ることは許されない。

 どれだけの強さを持っていれば滞在が許可されるのかと言うと、最低でもレベル40を超えている者だけだ。


 ロアンの町は、厚さ2m高さ5mという堅固な外壁に囲まれている。

 そんな外壁の一角に存在する門前で、エイト達の乗る馬車は停止した。そして馬車を操っていた御者台に座る男が、門前に立ち塞がる立派な甲冑を装備している警備兵へと一枚の紙を見せる。アーロン直筆の紙だ。

 その紙には次のように記してある。


『冒険者であるボスコ、エイダ、アルダ、エイト。ブリッツ騎士団所属であるエヴァ、クーパー、ガルシア、フラン。

 以上8名を未開地の調査をさせる為、ロアンの町に入場させよ。過度な歓迎は不必要である。


 アーロン=ブリッツ=ド=エルキンス』


 ロアンの町に入るには許可が必要となるが、それは冒険者ギルドや魔術師ギルドでレベルの鑑定を行い証明書を発行して貰えば問題ない。あるいは、この門に設置してある警備兵の詰所に、レベルを鑑定するマジックアイテムの水晶があるので、それで済ませれば良い。

 であれば、態々アーロンが直筆で入場許可証を書く必要はないのだが、実はここで問題が発生する。その問題とは、エイトのレベルが30に到達したばかりだということだ。

 それ故、アーロンがエイトの為に許可証を発行したのだ。そうでなければ、エイトはロアンの町に入ることは出来ない。


 ともあれ、警備兵は自身の雇い主であるアーロンの名前と印章を目にすると居ずまいを正し、御者の男………もとい、フランへと敬礼して口を開く。


「失礼しました。どうぞ、お入り下さい!」


「ご苦労様です」


 柔らかな物腰で警備兵へと労いの言葉を掛けたフランは、御者台に座ると手綱を握り、緩やかな速度で馬車を進め始めた。

 エイトは、再び進行し始めた馬車内から外の……外壁の内側の町を眺めポツリと呟いた。


「殺風景な町だなぁ」


 エイトの言葉通り、ロアンの町はブリッツとは違い目を楽しませる建物が存在しない。全ての建物が、魔物対策に頑丈さだけを優先して作られているだけに致し方ない。

 言ってしまえば、それだけ魔物が強力なのだ。故に、装飾などに金銭を掛けるより生命の安全に気を配る。この町は一種独特の形態を形成していると言えた。


 門を潜って暫く進むと、馬車を引く馬が足を止めた。今日の目的地に到着したのだろう。

 御者台に座る男、フランがサッと御者台から降りると、素早く馬車の扉を開ける。


「クーパー様、ガルシア様、宿屋に到着しました。自分は馬車を厩舎に移動させます」


 恭しく二人に頭を下げるフランは、そう告げるとすぐにまた御者台へと座り全員が馬車から降りるのを確認した後、馬車を移動させて行った。

 その姿を見送ったエイト達は、申し訳程度に掲げられている看板に目を通しながら中へと入っていく。


(根性亭……ネーミングセンスが悪すぎるだろ)


 宿屋の看板を見て、エイトは泊まることになるこの宿屋の部屋や料理のことを心配するのだが、他の面々はエイトとは正反対に嬉しそうな表情を浮かべていた。ボスコ達は、この根性亭という宿屋を知っているのだろう。

 

 不安そうな表情を浮かべるエイトと、満面の笑みを浮かべる6人。そんな合計7人の前に体格の良い男性が現れ、少しの驚きを露にさせながら口を開いた。


「これはこれは、エヴァ様お久し振りでございます。領内の見回りで御座いますか?」


「いや、未開地の調査だ。宿屋は空いているだろうか?」


 普段の口調とは違う貴族としての物言い、それとも騎士団としてなのか………ともかく、エイト達と接する際とは違う毅然とした態度で告げるエヴァ。この姿だけを見ると、凛とした姿は正に貴族然としていて、エイトの想像する貴族像にバッチリと当てはまる。

 そんなエヴァを見て吃驚するエイトだが、すぐに質問攻めしていた時のエヴァを思い出し苦笑する。とても同一人物とは思えないな、そう内心で呟きながら。


「調査、ですか? 何時も通り未開地に入る冒険者は少ないですが、特に変わった様子などの噂は聞きませんよ?」


「そうらしいな。しかし、今回未開地から高ランクに指定されている魔物が2体同時に領内に侵入している。

 前例が無かったことだから、父上が危惧されているのだ」


 エヴァの説明を聞いていた宿屋の主人は、納得したのか小さく頷いた。そして、この場に居るエヴァ以外の面々に視線を移し、再度納得した様子で頷いた。だが、最後に視界に入った人物を見て、不思議そうに首を傾げる。


「あの、ボスコ率いる静寂の剣や、騎士団でも高い地位に居られるクーパーさんガルシアさんは分かるんですが………まさか、その子も?」


 その子、とは勿論エイトのことだ。外見では10才から12才ほどに宿屋の主人には見えるらしく、少々心配そうに尋ねた。

 その反応も仕方ないもの、そう理解しているだけに苦笑するしかないエイト。

 それとは反対に、他の面々は笑いを堪えてエイトを見つめている……いや、一人だけ爆笑している者が居た。静寂の剣のリーダーであるボスコだ。


「はははは! ルイスは相変わらず心配性みたいだな! こいつは問題ねぇよ。アーロンの旦那のお墨付きだ」


「伯爵様が!?」


 ボスコにルイスと呼ばれた宿屋の主人は、ボスコの発した言葉に驚愕して目を見開きながら、再度視線をエイトへと向けた。武で有名なアーロンが認めたとは信じられないのだろう。

 ボスコやガルシアのような巨体をしているならば素直に納得出来るだろうが、見た目が普通の子供━━武装しては居るが━━にしか見ないのだからしょうがない。


 素直に信じて貰えないのが残念なのか、エイトは少しだけ項垂れた。

 それを見たエイダとアルダが、未だに笑っているボスコに鋭い視線を送る。笑い過ぎだと注意しているのだ。自分達も笑っていたのだから説得力は皆無だが。

 それでもボスコには効いたらしく、ボスコは誤魔化すように咳払いすると、ルイスに向けて声を掛けた。


「そ、それより、部屋は空いてるか? 男はこの場に居ない御者の一人を入れて5人で、女は3人だ」


「それじゃあ部屋は二つで良いか? 6人部屋を男5人で、4人部屋を女3人で………いや、エヴァ様は一人部屋じゃないと駄目だな。

 エヴァ様は、1人部屋で……」


 ルイスが自分の発言を途中で訂正して、続きを言おうとするのだが、エヴァがそれを遮った。


「いや、私もエイダさんとアルダさんの二人と一緒で構わん」


「よろしいのですか?」


「うむ」


 伯爵の娘であるエヴァが、女性とは言え冒険者と同じ部屋で寝るのは風聞が悪いのではと考えるルイスが尋ねるが、エヴァは然も当然のように頷いた。

 通常の貴族なら気にするだろうが、エヴァは貴族でありながら騎士でもあるのだ。そうであれば、ちょっとした風聞など気にもしないらしい。

 それに、明日から未開地を探索する同士なのだから、エヴァとしては親睦を深めたいという考えもある。それ故の返答だった。


 ともあれ、無事に部屋を取ることが出来たエイト達は、丁度タイミング良く来たフランと共に、男と女に別れ部屋へと入って行った。


 そんな面々を終始見ていた者が居た。フード付きのローブを目深に被った姿は、物陰からジッと見ているのも合わさって、怪しいの一言だ。しかし、気配を消す技術は高い。実際、エイトとエヴァは気付いていなかった。無論、ボスコ達は気が付いていたのだが。

 その怪しい人物は、エイト達が部屋へと移動したのを見送ると、すぐにその場を離れる。そして、根性亭から少し離れた位置にある酒場に入っていく行く。

 中は酒場にも関わらず、意外にも整然としている。その室内に幾つかあるテーブルに、同じく怪しい見た目の者達が12人。酒を飲んではいるものの、別段酒を楽しんでいるような素振りは見せていない。

 そこに移動すると、フードを取り自身も彼らと同じく腰をおろした。


「金に成りそうな連中を見付けたよ」


「はっ、前回もそう言っていたが、結局金に成らなかったじゃねぇか。姐さんよぉ、今度は間違いねぇのか?」


「アタイが信じられねぇってのかい? 新参者のクセにアタイに意見するなら殺すよ」


「い、いや、別にそう言う訳じゃ……」


 フードをおろした女の言葉に噛みついた若い男だったが、冷淡な物言いに思わずたじろぐ。テーブルに座る他の者達も同様だ。

 恐らく、姐さんと呼ばれるこの女が、この怪しい連中のリーダーなのだろう。そして、それだけの実力を持つ人物なのだと今見せた反応から判断出来る。


 暫し鋭い目付きで睨み付けていた女は、首を回しボキボキッと音を鳴らすと口を開いた。


「まぁ良い、今回だけは見逃してやるよ。金に成りそうな連中を見付けて気分が良いしね」


 ニヤッと笑い口元を歪め、そう呟くと再度嬉しそうに口を弧に描きクツクツと笑う。

 そんな女に、先程の男とは違う中年の男が話し掛ける。


「それで? 今回のは俺たちの役に立ってくれそうな獲物なのか?」


「あぁ、間違いないね。何せ騎士団の男二人と、伯爵の娘だ。実力は申し分無いだろう?

 それに、ボスコが居た……あの静寂の剣の、ボスコだ」


 渋面で飲んでいた男達の表情は、女の言葉で一気に変貌した……驚きの表情へと。


「おいおい、流石に騎士団の連中に手を出すのは不味い。しかも、この領地の領主である娘に」


「そうだ。それに、ボスコ……いや、ボスコだけじゃなく、エイダとアルダの双子もヤバい。何せ強すぎる」


 二人の男が反論すると、それに同意するように他の者達も口々に止めた方が良いと意見する。

 だがしかし、女は鼻を鳴らして馬鹿にしたような口調で否定する。


「どんなに強くとも隙が無い訳じゃ無いんだ。ビビってる奴は参加しなくても良いさね。

 そのかわり、当然今回の報酬は参加した者だけで山分けになるけどね。アタイたちの報酬を指をくわえて眺めてるんだね」


 ボスコ達の強さを間近で見たことがあるのかどうかは判断出来ないが、それでも噂程度は耳にしているのだろう。全員が女の提案を否定しているのを聞くに、そう判断出来た。

 そんな者達だったが、女の口にした報酬という言葉に反応して、反論も萎んでいく。恐らく、今は脳内で沢山の金貨や銀貨を思い描いているのだろう。


「あれだけ実力者が揃ってるんだ。きっと未開地から帰る頃は、貴重な素材を目一杯獲得しているに違いないさね。

 もしかしたら、今回の稼ぎだけで数年……いや、10年は遊んで暮らせる筈さ」


 クツクツと笑いながら言う女の言葉を合図に、ゴクッという生唾を飲む音が響いた。

 数秒後、そこには既に反論する者は誰一人居なかった。

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