ブースト
酒を酌み交わした翌日、陽も昇らぬ内からブリッツへと戻るアーロンとその家臣達を見送ったエイトは、アランと共に実りの森へとやって来ていた。
昨夜アーロンから聞いた魔力を用いた技を習得する為なのだが、レベル上げという事も目的の一つだったりする。
アランはまだ昨夜の酒が抜けていない様子で、頻りにコメカミを押さえる動作を繰り返している。恐らく、二日酔いなのだろう。
何も二日酔いならばエイトに付き添う事もないと思われるのだが、ジュードが当主としてアランに命じた為、仕方なくエイトの狩りに着いて来ていた。
そんな少々可哀想なアランが、不満げな様子でエイトへと声を掛ける。
「なぁ、今日は軽めにしとこうぜ。って言うか、宿屋に払う代金はジュードが代わりに出すから、別に金銭面は心配しなくても良いぞ。お前はブラント村の恩人なんだからな。それにお前の為に金を使っても、村の住人は誰も文句は言わないと思うぞ」
冒険者としての報酬は必要ないと言って固辞するエイトに、ならばせめて宿代くらいは払わせてくれと言うジュードの意見が通った結果、エイトはブラント村に滞在する間は無料で宿に泊まれる権利を貰っていた。
だからこそ、アランはのんびりしてても良いんだと告げるのだが、ぶっちゃけ自分が二日酔いの為休みたいという事が本心なのは丸分かりだ。
エイトはそれが分かっているのか、ジト目でアランを見つめながら口を開く。
「それは本心じゃないだろ? どうせ、頭痛いし体が怠いから休みたいよぉ、って思ってるんじゃないのか?」
「うっ………そ、そんな事ねぇし! 元気ビンビンだし!」
エイトの問いに、アランは元気だと答えながら力瘤を見せ付ける。
だが、土気色の顔がそれを否定しているのだから嘘だというのは明白だった。
ともあれ、冒険者としての活動は魔物と戦うのが主になり、その魔物との戦闘は一歩間違えれば死に繋がる事を充分理解出来ているエイトは、体調の悪いアランに無理をさせるつもりは当然なく、最初から軽く魔力の運用のトレーニングを兼ねたレベル上げをする程度と決めていた。
そういった所は、一人前と判断されるランクDの冒険者として妥当な判断だと言える。贅沢を言えば、万全の状態でなければ冒険者として活動しない、という選択が一番ではあるのだが。
しかし、ある程度の危機管理が出来ているのは成長の証であるのは間違いない。エイトもゴーレム魔法に限った事だけではなく、冒険者としても着実に成長しているのだろう。
そんなエイトに促されるようにアランは実りの森へと入り、魔物を探索し始める。
そして暫く歩き続けると、ほどなくして魔物の姿を発見出来た。
「ソルジャーアントか。……アランは手を出すなよ」
エイトはソルジャーアントからアランへと視線を移し声を掛けた。
それに対してアランは、無言で頷いて了承した事を示す。エイトにとってはソルジャーアント一匹程度ならどうという事もないと理解しているからこそ、余裕を持って了承したのだろう。
エイトは再びソルジャーアントへと視線を向けると、銅製のロングソードを抜く。そして、魔力を意図的に体全体に隅々まで充満させると、勢い良く駆け出した。
「うおっ!?」
勢い良く駆け出したのはいいものの、エイトは自分の走るスピードが何時もよりも圧倒的に速かった為、態勢を崩し倒れてしまった。
自分の予想以上の速度に、暫し呆然とするエイト。
そんなエイトの目の前には、ソルジャーアントが大きな顎をカチカチと鳴らして近付いて来ている。
エイトはそのソルジャーアントを視界に入れ危険を察知した瞬間、またも勢い良く立ち上がり後ろに飛び退くのだが……………………………。
「なっ!?……ちょっ、何なんだよ!!」
自分では1m程後ろに飛んだつもりだったのだろうが、現実には3m以上も飛んでおり、空中でバランスを崩して地面に後頭部から倒れ込む。
まるで一人コントをしているエイトを見たアランは、可笑しくて仕方ないといった様子で、クツクツと笑う。
「ククク、ハッハッハッ! エイト、道化師の仮面を被るだけあって、なかなか面白い芸を持ってるじゃないか!!」
「うっせぇよ! うおっ、危なっ!?」
笑い出したアランに、エイトは激しく反論しつつもソルジャーアントからの攻撃をしっかりと避ける。
そして、体全体に行き渡らせた魔力を霧散させると、通常の身体能力に戻し、確実にソルジャーアントを仕留めた。
「はぁぁぁぁ………必要以上に疲れたけど、意外と魔力を使用した身体能力操作は簡単に出来たな」
ホッと胸を撫で下ろしながらのエイトの呟きを聞いたアランは、苦笑しつつ口を開く。
「まぁ、そりゃそうだろうな。魔力を使う事に慣れてる魔術師なんだから当然だ。だが、普通はあそこまでの身体能力の向上は有り得ないぞ。膨大な魔力量を誇るお前ならではだろう。……あと、身体能力を上げれば疲れるのは当たり前の事だ。ちなみに、今やった魔力の運用の名称は、ブーストって呼ばれてる。一応、覚えとけよ」
淡々と告げるアランなのだが、その口調からはこうなる事が前もって分かっていたと言わんばかりだった。
それを感じ取ったエイトは、ジト目でアランを見詰める。だったら先に言っておけ、そうエイトの目が言っているようだった。
「な、なんだよ! 今説明してやったんだから良いだろうが!」
「はぁぁ。まぁ、良いけど」
事前に説明しておいて欲しかったのは当然なのだが、アランには言っても聞かないだろうと諦めたエイトは、溜め息を吐いて空間倉庫からナイフを取り出してソルジャーアントの解体を始める。
アランから魔物の解体の手解きをして貰っていただけあり、一匹だけとは言え早いペースで進み、あっという間に終わった。
そして、解体したソルジャーアントの素材を空間倉庫に収納すると、憮然とした表情を浮かべるエイト。
「う~ん、変な感じがする。十数秒だけしかブーストを維持してなかったのに、かなり疲労してるんだけど」
頻りに手を握りしめたり屈伸したりしつつ、エイトは納得いかない様子で不満を口にした。
アーロンが言っていた通り、魔力を用いた奥義とでも呼べる技なのだから体にかかる負荷もかなりのものになるのだろう。無論、エイトが体を鍛えていないのも理由なのだろうが。
恐らく、ブーストを使用しても耐えられる体でなければ諸刃の剣となる技なのだと考えられる。
それを証明するかのように、アランが真剣な表情でブーストを使用した際の注意点を説明し始めた。
「オレやアーロンおじさんが必要以上に体を鍛えてる理由は、ブーストに耐えられる体を作る為でもあるんだ。………それに引き替えお前の体はまだ小さいし、鍛えられてもいないからブーストは余り使うなよ。負担が半端ないからな。………肝心な時に、ブーストの反動で動けず魔物に殺られるかもしれないぞ」
「あー……確かに、それは困るな。安易に使わないようにしておくよ」
アランの忠告ももっともな為、エイトは素直に頷いて了承する。こういった所は、エイトがアランを信頼している証拠だと言えた。
「それはともかく、模擬戦でアーロンが放っていた技………槍乱武神とか正中斬撃一閃はどうすれば出来るの?」
「あぁ、あれな。あれは魔法と同じようなもんだ。ただ一つ違うのは、イメージだけじゃなく武術をきちんと修めていないと出来ないといった所だ。………つまり、エイトの場合だと……オレが剣道っていう剣術を深く知らないから、アドバイスは……無理だな」
「マジか!? 俺も使ってみたかったのに……」
アランから無情な事実が告げられ、エイトは心底残念そうに肩を落とす。まるで、玩具を取り上げられた子供のように。
そんなエイトを見て、アランは苦笑しながら慰めの言葉を発する。
「まぁ、自分で試行錯誤していれば何れ出来るんじゃねぇか? お前と立ち合ったのは一度だけだが、それでもお前の剣術は相等のものだと感じたからな」
「そうか?………うん、そうかもな!」
エイトはアランの事を単純な人間だと思っているが、実はエイトも単純な性格をしているらしい。事実、アランからの簡単な慰めの言葉で明るくなっているのだから間違いない。
そんなエイトを見てアランは、内心で何時も今みたいに素直なら可愛いのに、そう呟き苦笑する。
エイトの本来の姿をアランが見ていれば、今のような心境にはならなかっただろう………とは言え、それはエイトが子供の容姿をしているのだから仕方ないのだが。
「それはそうと、オレはもう限界だぞ。……ベッドで丸くなってないと………多分、盛大に吐く……」
真っ青な顔色でそう告げるアラン。誰が見ても体調が悪いのだろうと断言出来る程の顔色。
流石にそんなアランの現状を見てしまえば、これ以上の狩りの継続は不可能だと判断したエイトは、苦笑しながら頷くしかなかった。
そんなエイトへと、アランが提案する。
「良し。ならここからブラント村まで、オレを背に抱えて行くんだ。ブーストに耐えられる体作りの為にな」
「……………本当は?」
「気持ち悪いから歩けません。オンブして下さい……」
「はぁぁぁ、しょうがないな。分かったよ」
アランの情けない姿を見てしまえば何も言えず、エイトは大きな体をしているアランを背に抱えて進み出した。
無論、ブラント村に辿り着くまでに幾度も立ち止まり、アランの背中を擦る事になったのは言うまでもないだろう。
そんな風にして、今日も平和な一日が過ぎ去っていった。




