アーロンの技
模擬戦を終わらせた後、エイトは上機嫌なアーロンに領主館へと連れられポテトチップスを肴にしてワインを飲んでいた…………いや、強制的に飲まされていた。
まるで水を飲むかのようにガブガブとワインを飲み進めるアーロンのペースは尋常ではなく、同じペースで飲んでいればまず間違いなくアルコール中毒になるのは免れないだろう。そう誰にでも思わせる程だ。
既にジュードとアランの二人は酔い潰れている。浴びるようなペースで飲めば………いや、飲まされていれば、当然と言えば当然なのだが。
ともあれ、無理矢理飲ませていた張本人のアーロンは、真剣な表情を見せてエイトへと視線を向け口を開く。
「エイト、お前の魔法の師は誰だ?」
アーロンはエイトへと問い掛けつつ、空になったグラスにワインを注ぎ入れる。無論、自身のグラスだけではなく、エイトのグラスにも。
準男爵という比較的低い地位にいるモーガン家ではあったが、ガラス製のグラスを所持しているのは流石と言ったところだ。モーガン家代々の当主が有能であった証だと言える。
そんなグラスに並々とワインを注ぐと、再度エイトへと視線を向けるアーロン。
エイトはその視線を受けて、困ったような表情を浮かべる。
(デズモンドさんの事は言えないし………何て言って誤魔化せば良いんだ? こういうのは苦手なんだよなぁ………)
エイトは別に嘘をつくのが苦手だとかではないし、嘘をつけない人間だという訳でもない。事実、人の為を思って嘘をつく事もあるし、嘘も方便だと理解しているのだから。
では何故エイトが内心で苦手だと呟いたのかと説明すると、ただ単純に上手い嘘がつけないだけなのだ。吐いた嘘のどこかに不自然な部分が出て、後で苦労した事が過去に幾度かあったからこそ、エイトは嘘をつくという事に忌避感があったのだ。
それ故、アーロンの問い掛けにどう答えればいいか迷っていたエイトを見て、口に出来ない理由があると察したアーロンが続けて言葉を発する。
「言えない理由があるのなら構わんぞ。別に無理矢理聞き出すつもりは無いからな」
そう告げるアーロンの言葉を聞いたエイトは、酔い潰れた二人に視線を向けると意を決したように口を開く。
「あー………師匠は国のお偉いさんに見付かりたくないらしいんだよ。自分の事がバレると絶対国に仕えろと言われるって思ってるんだ。実際、今は誰も使う事が出来なくなった魔法を沢山知ってるし、勿論師匠は使えるから。普通、そんな人間を放っておく訳無いだろ?」
エイトはジュード達二人が信頼しているのだからと考え、言える範囲内で説明する。やはり、エイト自身が短い付き合いとは言えジュードとアランを心から信頼しているからこそ、その二人が信頼するアーロンを認め話したのだろう。
もっとも、それでも本当に言える範囲内でしか説明していないし、デズモンドの名前も出してはいないが。しかし、デズモンドは魔法の師でもあるし、何より命の恩人なのだから当然と言えば当然だ。
そんなエイトの説明を聞いたアーロンは、納得したように何度も小さく頷いた。無論、そんな魔術師が人知れず存在した事に少々動揺しているようではあったが。
「それはそうと、ピートとかいう糞貴族の処刑は?」
「うむ。処刑はブリッツに戻り、念の為にもう一度ピートを尋問した上でやる事になるだろうな。故に………七日後と言った所だ」
今度はエイトがアーロンに問い掛けるのだが、それに対する答えにエイトはどこか納得出来ない様子を見せる。エイトとしてはすぐに処理したい案件なのだろう。
だが、伯爵という地位にいるアーロンでさえ…………いや、伯爵という地位にいるからこそ、アーロンには通さなければならない筋が存在する。それ故、今この場でピートを処刑する事が出来ないのだ。
そんな説明をエイトにしても、先の問いに対する答えに納得出来ないならば一緒だろうと判断したアーロンは、苦笑しながら宥めるような口調で呟く。
「まぁ、何にせよ死ぬのは確定しているのだ。数日だけ寿命が伸びたに過ぎん。しかも、その数日も俺の家臣から酷い拷問を受ける事になるんだ。奴からしたら、寧ろ今殺して貰った方が幸せだろうな」
ジュードの家臣から既に二日間に渡って拷問を受けている事を知っているだけに、アーロンの言葉を聞いたエイトは漸く納得したように頷いた。
そんなエイトを見て、アーロンは再度苦笑する。ジュード達の心を自分の欲望の為に傷付けたピートを、余程許せないのだろうと感じ取れたからだ。
ジュードとアランが言っていた、最高の友人、という言葉も的を射ている。そう内心で呟くアーロン。
ジュード達が小さい頃から知っているのだから当然彼らの事は深く知っている。それ故に、エイトのように他者の為に怒る人間が二人の友人となった事実に、アーロンは嬉しそうに微笑む。
そして、その微笑みを浮かべたまま、アーロンはこの日初めて………いや、エイトと会ってから初めての優しげな口調で問い掛ける。
「それで? エイト、お前はどうするんだ?」
「何の話しか分からないんだけど?」
「お前もブリッツに来るのかって意味だ。どうする? ついて来るなら俺の屋敷に泊まれば良い」
突然脈略もなく尋ねられたエイトは、その真意が分からず首を傾げている。確かに、何故エイトがブリッツへ行くと思っているのか疑問ではある。
ピートの処刑を確認する為に、という事ならある意味納得できるが。しかし、どうもアーロンの口調からはそういう意図は感じられない。
「何で俺がブリッツに?」
「特に意味はない。………強いて言うなら、今回のモーガン家に対する礼の為、だ。俺はモーガン家の前当主には恩があるからな。その恩を返す為に、ジュード殿に代わって俺がお前に報酬を払っても可笑しくないだろう? 確か、まだ報酬などは貰ってないと聞いたが?」
確かにアーロンの言葉通り、エイトは冒険者なのだから当然冒険者として報酬を貰うのが筋だ。だが、それはただの冒険者としてなら、という注釈が付く。
事実、エイトは冒険者としてではなく、ジュードとアランの友として協力したのだから。
だからこそ、エイトは首を左右に振りながら口を開く。
「いや、報酬は要らないよ。友人の為に協力したに過ぎないから」
「くはっ、ははははは。そうか、友として、か。………分かった、ならば何も言わん」
エイトの返答を聞いたアーロンは、耳に心地良い返答だ、と内心で思いながら頷く。
そんなアーロンに、エイトは模擬戦が終わってからずっと聞きたかった事を尋ねる。
「それはそうと、模擬戦の時に使っていた技は何なんだよ。魔法かと思ったけど違うみたいだし……それに、あの謎の衝撃波も……魔力は感じたけど、魔法じゃないんだろ?」
「ん? 知らんのか?」
「知らないから聞いてるんだけど」
当然と言えば当然。知っているのなら尋ねたりしないだろう。
そんな物言いの言葉を聞いたアーロンは、確かに、と小さく呟くと詳しく説明する為、一度脳内で整理させてから順序よく、そして理解しやすく説明し始めた。
「知ってるだろうが、魔法は誰でも発動出来るものではない。まぁ、才能が要るから当然だな。………だが大小の違いはあれど、魔力は誰しもが有している。その事実を奇妙に思った昔の武芸者が、奥義とでも呼べるものを発見したんだよ。………その奥義ってのを、簡単に説明するとだな……例えば、剣に魔力を流せば切れ味が鋭くなり、破壊力も増す。体全体に流せば俊敏に動けるし、頑丈になり腕力も強くなる。………そして、武術と合わせれば魔法のような遠距離攻撃も可能になる」
「成る程。だからアンタはあんなに高くジャンプ出来たりした訳だ」
アーロンの説明を聞いたエイトは、深い溜め息を吐きながら納得したように小さく頷いて呟く。
だが、そんなエイトの言葉を否定するように首を左右に振るアーロン。
「いや、あれは俺の素だぞ」
「はぁあ!?」
エイトは、今日何度目になるか分からない驚愕の声を上げる。
それも当然だろう。どこに素の力で、垂直飛びで5mも真上に飛べる人間がいるというのだろうか。
…………エイトの目の前にそれをした人間が居るが、それはある種の例外として、通常の人間ならまず無理だろう。
エイトもそう考えながら目線で話しの先を促す。
「何やら失礼な物言いを感じたが………まぁ、それは気のせいにしておいてやる。……それはともかく、技を放った時は当然魔力を使ったぞ。あとは、衝撃波を出した時だな。あれは少々特異な種類になる技で、体内から一気に体外へと一定以上の魔力を瞬間的に放出すると出来るようになる技だ」
「…………………………………………それは理解出来た。だけど、技を放つ時以外は、マジで素の力だけだったのか?」
「当たり前だ。俺が本気を出せば、5秒も掛からず模擬戦は終わっていたぞ」
淡々と告げられる事実に、エイトは目眩に似た現象に襲われる。
今までの人生で培ってきた常識が、儚くも脆く崩れ去るのを感じているようだ。




