戦闘狂との模擬戦
突然目の前に現れた頑強そうな見た目の男に、エイトは目を点にしていた。
それも当然だろう。エイトがこれまでの人生で見た事もないくらいのゴツい体と顔で、魔物も裸足で逃げ出すと確信出来てしまう程の獰猛な笑みを浮かべているのだから。
そんな人物と長い時間関わっていたジュードとアランの二人は当然アーロンの性格も知っている為、これからエイトに起こる事を想像し、同情的な視線をエイトへと向けている。
特にアランは、アーロン自身の手によって小さい頃から剣術を教わっていたのだからジュードより同情の色が深かった。
毎日木剣で何度も叩きのめされ、体力の限界まで剣を振るう事を強要され続けるのだ。そんな幼少の頃を思い出しながら、エイトもこれから同様の事を経験するのだろうと、どこか達観した表情を浮かべ、アランが口を開く。
「あー……エイト、このおじさんはブリッツの街を統治するアーロン伯爵だ。お前の話しをしたら模擬戦したいってよ。バンバン魔法使って良いぞ。手加減……」
「おい! 魔法の事は言うなっつうの!」
第三者を前に魔法の事を隠しもせずに述べるアランに、エイトは焦った様子でアランに飛び付き口を押さえつけた。
もっとも、昨晩の話し合いで既に魔法の事は喋ってしまっているのだから遅過ぎるのだが。
ともあれ、口元を押さえつけられているアランが必死にエイトを自身から剥がそうとするのだが、エイトもエイトで自分の秘密を隠し通す為に必死に手で押さえ続ける。
そんなある種の微笑ましさすらある光景を見ていたジュードが、アーロンの性格………人柄について説明し始めた。
「エイトさん。アーロン殿は清廉潔白の貴族として有名でして、それは私も保証しますよ。ですから、エイトさんが魔術師である事はアーロン殿に知られても問題ない筈です。……寧ろ、エイトさんが魔術師である事をアーロン殿に知って貰っていた方が、エイトさん自身の為になると思います。伯爵という強力な権力を所持する者とコネを作っておけば、余計な事をしてくる馬鹿な輩の牽制にもなりますしね」
アランの口だけではなく、何故か目も押さえているエイトを見て、ジュードは苦笑しながらそう告げた。
そう、何も考えずにアーロンにエイトが魔法を使える事を教えた訳ではなかったのだ。恩人であるエイトの身を案じるからこそ、伯爵という高い地位にいるアーロンに教え、わざとらしく興味を抱くように誘導したのだ。
そうすれば、戦闘狂のアーロンなら絶対エイトに興味を持つと確信して。
その結果は最高のものだったと言って良いだろう。模擬戦という事態は除いて、だが。
それはともかくとして、ジュードとアランがエイトに対してどれだけ恩義を感じているのかが判断出来る。
エイトは、そんなジュードとアランの思いに気付き、照れ隠しなのかアランの両目と口を押さえたまま、顔だけアーロンに向けて口を開く。
「まぁ、別に良いよ。ジュード達の事は信用してるから。……それはそうと、模擬戦は今すぐ始める?」
「くはっ! なかなかの度胸だな!」
エイトの何の気負いもない様子を見て、アーロンは嬉しそうに笑う。
「領主館の庭では狭いだろうからな、実りの森の近くが良いだろう! では、早速行くぞ!」
模擬戦を誰にも見られないだろうと思われる場所を指定して、アーロンが告げる。
それに対してエイトは、アランと狩りに行っていた時を思い返し頷いて了承した事を示す。
アーロンはそれを見て、更に獰猛な笑みを深くし、待ちきれないのか一足早く移動し始めた。
「…おい!…………いい加減…………放せよな!………おい!」
所変わって実りの森の目の前で、エイトは獰猛な笑みを浮かべ槍を構えるアーロンと対峙していた。
アーロンとエイトの距離は、30mと言ったところだ。
そんな二人の模擬戦の仕切りをするジュードが、両者の準備が整っているのかそれぞれに視線を向け確かめる。
「ジュード殿、早く始めようではないか!」
早く、早くと急かすアーロンに苦笑するものの、四十を超える年齢になっても全然丸くなる気配がないな、と内心で呟くジュード。
アランの方は、エイトとアーロンの二人の戦闘がどうなるのか興味があるらしく、ウズウズした様子で笑みを浮かべている。
やはりランクBの冒険者として、アーロンが魔術師であるエイトをどう倒すのか気になっているようだ。
無論、もしエイトとアランが戦った場合、まず間違いなくアランが勝つだろう。だがそんなアランでさえ、師であるアーロンには未だ手も足も出ないのだ。しかも、アーロンに全力を出させた事も皆無だ。
そんなアーロンがエイトのゴーレムにどう対処するのか、あるいは、全力を出させる事が出来るのか。
アランにとっては、今回のアーロンとエイトの模擬戦で注目しているところはそこらしい。
もっとも、エイトとしては勝つつもりなのだが。
「こっちは何時でも良いですよ!」
エイトがジュードの視線を受けて、それに叫ぶようにして答えた。
ジュードは両者の準備が整った事を理解すると、高く掲げた左手を一気に降り下ろした。
「始め!!」
模擬戦の開始を告げるジュードの声が響き渡ると、直ぐ様アーロンが駆け出した。
一方エイトは、距離を詰めさせないようにする為の布石として、魔法を行使する。
「Set!…………Shot!!」
狙いを定めて五本のコパーランスを放つエイト。
レベルが上がった事により時速160kmで放たれたコパーランスは、あっという間にアーロンへと到達するのだが、それを軽々とジャンプして避ける………空に向かって飛んで、だ。
フルプレートアーマーを装備していれば、その重量は60kgにはなるにも関わらず、それを感じさせない動きを見せるアーロン。
エイトはその事実に、驚きの声を上げる。
「嘘だろ!? 何であんなに早く動けて、しかも2m以上も垂直にジャンプ出来るんだよ!!」
人間とは思えぬ動きに思わず思考が停止してしまう。
アーロンはその隙を逃さぬように、地面に着地すると再度距離を詰めるべく駆け出す。
それを見て流石に呆然としていたエイトも我に返ると、遠距離攻撃を断念し、ゴーレムカヴァリエを錬成した。
そのゴーレムの数は四十体。
それを目にした途端、今度はアーロンが驚きにより足を止め、呆然と四十体のゴーレムカヴァリエを眺めつつ呟く。
「本当に四十を超える数のゴーレムを一度に錬成するとは………」
アーロンが足を止めた事により、多少の冷静さを取り戻したエイトは、錬成したゴーレムに指示を飛ばす。
「五体は俺の護衛に残れ! 他はそれぞれの判断で攻撃しろ!!」
エイトの指示を受けたゴーレムカヴァリエは、それぞれの判断で動き出す。カイトシールドを構えて防御を優先する者、大地を全力で蹴り駆け出す者、という具合で様々に。
そんなゴーレムカヴァリエの動作を見たアーロンは、感嘆の声を漏らす。
「驚いた……これではまるで、ゴーレムの一体一体に思考能力があるようではないか。……くはははは!! 良いぞ!! こうでなくては!!」
アーロンは嬉しそうに笑うと、一番近くにいたゴーレムに向かって、槍で素早く二連突きを放つ。
その突きは適当に放たれたものではなく、ゴーレムの両膝の関節をピンポイントに狙って放たれたものだった。
それによって、ゴーレムカヴァリエの足は千切れ、地面に倒れ伏す。
豪快そうな外見とは違う繊細な槍さばきは、流石のアランでさえも唸る程だった。
ともあれ、倒されたゴーレムカヴァリエは未だ一体でしかない。となれば当然、残りのゴーレムカヴァリエが黙って見ている訳もなく、次々に盾を構えアーロンを囲む。
アーロンの動きを抑制しようという考えだろう。
「む!? そう来たか! だが、甘い!!」
アーロンは自分の周囲360°に槍を振り回し、ゴーレムカヴァリエ十体の頭を容易く斬り飛ばした。青銅製で出来ているのに容易く、だ。
それを見て舌打ちするエイト。
上手く行けばゴーレムカヴァリエの体で圧し潰す事が出来るかもしれないと思っていただけに、悔しそうな表情を浮かべている。
しかし、それを気にした素振りも見せない残りのゴーレムカヴァリエは、頭が斬り落とされたゴーレムを足場にして飛び越えると、空中で上段に構えたロングソードを勢い良く振り下ろした。
このゴーレムの動きには流石のアーロンも驚き、まるで周囲の景色が歪むかのように魔力を迸らせながら、今回の模擬戦が始まって以来最初の技を放った。
「槍乱武神!!」
見た目には、たった一度だけ空中に向かって突きを放ったようにしか見えなかったのだが、空中からの奇襲を掛けた四体のゴーレムはズタズタにされ細切れになっていた。
何がなにやら理解出来ない技を見て、エイトは模擬戦が始まって何度目になるか分からない驚愕の表情を浮かべる。
「なっ!? …………………嘘だろ!? 魔法か!!」
とても槍術の技とは思えない事象を見て、即座に魔法だと判断するエイト。
だが、実はアーロンが放った技は魔法ではなく、純然たる槍術の技だ。無論、誰にでも扱える系統のものではない。強靭な肉体と戦闘技術、そして魔力を扱う技術も必要なのだ。
エイトは勘違いしたまま先の技に対抗する為、新たにゴーレムを錬成する。
今度は鋼鉄製のゴーレムシュツルムを十体。残っているゴーレムカヴァリエと合わせると三十体になる。
標準的な性能のゴーレムカヴァリエに加えて、スピード特化のゴーレムシュツルム。その二種類によって、更に戦闘の幅は広がる筈だ。
アーロンは、その新たに錬成されたゴーレムシュツルムを見て、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「くはっ! くはははは! 鋼鉄製のゴーレムか!! だが、そのゴーレムは聞いていなかったな! どれ程の性能か、俺が見極めてやろう!!」
「このゴーレムは簡単には破壊出来ないぞ!」
一度に制御出来る最大数まで錬成している為、脳を圧迫される感じを受けつつ宣言するエイト。
そんな両者は、仕切り直しとばかりに深呼吸をすると、それぞれのタイミングで動き出した。




