道化師の魔術師がアップを始めました
モーガン領にあるブラント村。その村内には他の建物とは一線を画す大きく飾りっ気のない無骨な建物が一つある。
エイトはメイドのミーナに連れられ、共に行動していたアランと一緒にその一際大きい建物である領主館へと入る。
そして館の主のジュードが待つ執務室の扉を、煩くなく、かといって小さすぎない音量を意識してミーナが四回ノックした。
「アラン様とエイト様をお連れしました。よろしいでしょうか?」
「あぁそうですか、大丈夫ですよ。入って下さい」
執務室から帰って来た返答に従いミーナはゆっくり扉を開け、エイトとアランを室内へと促す。
「冒険者活動お疲れ様でした。今日も変わりなく無事に帰って来たようでホッとしましたよ」
「アランが一緒に居ましたから、なんの危険も無かったですよ」
執務室に入るなりジュードがエイトへと声を掛けるのだが、それに対してエイトは肩を竦めて何の問題もないと答える。
実際エイトの言葉通り、アランの剣術はとても同じ人間とは思えるものではなく、エイトは一切の危険も感じる事は無かった。
そんなエイトからの言葉を聞いたアランは少々照れたようで、照れ隠しに鼻を鳴らしてから口を開く。
「ふん、当たり前だろうが。ランクBの冒険者だぞ、オレは」
そう告げるアランの様子は、何処か不機嫌そうな印象を見ている者には与えるだろう。
しかし、それが照れ隠しだと理解しているジュード、エイト、ミーナの三人は、子供っぽいなと内心で考え苦笑する。
とはいえ、それがアランの魅力の一つである事は間違いないが。
ともあれ、ジュードはエイトをソファーに座るのを促し、自身もエイトの真向かいに腰を降ろしミーナに視線を向ける。
「ミーナ、紅茶をお願いします」
「はい、畏まりました」
洗練された所作で紅茶を淹れるミーナを、エイトは感心したように眺める。
代々モーガン家に仕えるミーナの家系を考えると、それは当然だといえるのだが、エイトはその事実を知らないのだから素直に感心するのも仕方がない。
そんなミーナの淹れてくれた紅茶で喉を潤したジュードは、エイトを呼んだ理由について説明し始めた。
「実は、今日招待状を発送しました。何の事故もなく招待状が届いたと仮定すると、襲撃は恐らく六日後……あるいは七日後の夜になるかと」
ちゃくちゃくと進む作戦に、エイトは不適な笑みを浮かべる。
その笑みには早くクズ共を叩きのめしたいといった感情が多分に含まれているのが、誰の目から見ても明らかだった。
「いよいよ作戦の大詰めですね。念のために今夜から俺も警備に参加しましょうか?」
「いえ、今日のところは………………いや、そうですね。ですが、エイトさんにそこまでお願いしてもよろしいので?」
流石にエイトにあれこれと力を貸して貰う事に、心苦しそうな表情を浮かべるジュード。
敵が扱う剣術についての情報、椿油、新しい料理、隣の領主であるピートを誘き出す罠、今回の事で挙げられるだけでもこれだけの有用なものをエイトから得られている。
なのに、それに加えて共に戦って貰うとなると………もし冒険者としての報酬を支払うと考えると、金貨数枚だけでは足らない。例え、ランクDの冒険者であるエイトだとしても。
しかし、そんなジュードの心配は杞憂なものだと言える。
何故なら、エイトは自分がやりたいと考えたからこそ、ジュード達に手を貸しているのだから。
それを証明するかのように、エイトは先程の不適な笑みとは違う優しい表情を浮かべ、ゆっくりと口を開いた。
「気にしなくても良いですよ。俺は、ただ単純に隣の領主が気にくわないのでぶっ殺したいだけなんで。………それに、友人に手を貸すのは普通でしょう?」
そう告げるエイトに、ジュードは微笑みを浮かべて礼を述べ、照れ隠しに紅茶を口に含む。
その仕草は、どこかアランと似通っている。
それを見てエイトは苦笑して隣に座るアランに視線を向けるが、アランも同様に照れているようで、まだ淹れたてで熱い紅茶をがぶ飲みしていた。
(流石は兄弟ってところだな。滅茶苦茶似てる)
やはり一緒に育っているだけに、ちょっとした仕草が似てくるらしい。
それが面白いのか、エイトはクスクスと笑う。
そしてエイトと同様に、メイドのミーナも楽しそうに笑い出した。
「ふふふ。お二人共、良かったですね。良いご友人が出来て。そんなお二人を見てると、私も嬉しゅう御座います」
「からかうなよ、ミーナ」
「そうですよ。ですが、何故かエイトさんと話していると、同年代……いえ、それ以上の年齢の方と話しているような気がしますね。どこか不思議な感じです」
ジュードが発した何気ない言葉。
エイトはその発言に、一瞬ドキッとして身を固まらせるものの、誤魔化すように口元を引き吊らせながら口を開く。
「は、ははは。み、見た目通りの子供ですよ。ちょっと悪知恵が働くだけの……」
普通に考えれば、別に誤魔化す必要はない。まさかエイトが渡り人だという結論に、容易に達する事はないだろうから。
寧ろ、誤魔化したが故に不自然な印象を与えるのだが、ジュード、アラン、ミーナの三人は特に何も気付いた様子がなかったのはエイトにとって幸いだっただろう。
それはともかく、誤魔化せたと判断したエイトは、今夜からやる警備に向けてどうするか尋ねる。
「警備兵の配置はどうなってるんですか? 出来れば、俺は自由に行動したいんですけど………あと、先に言っておきますけど、俺は道化師の仮面を被っているので間違えて攻撃するのは勘弁して下さいね」
「道化師の仮面、ですか?」
「なんで仮面なんて被る必要があるんだ?」
まだ道化師の仮面を被る土属性魔術師の存在は、ブリッツの街でしか知られていない。
その為ジュードとアランの、意味が分からないという反応は当然と言えた。
「あー、なんて説明したら良いのか………まぁ、ある人からの助言で自分が魔術師だという事をバレないようにしてるんですよ。なので、何時も一人で活動してる時は仮面を被った時だけ魔法を使ってるんです。人がいない時は、普通に魔法を使用してますけど」
貴族に警戒して、という言葉は貴族であるジュード達を前にして言えず、少々遠回しな説明で告げる。
だが、それだけでエイトが自分達に気を使ってくれていると感じたジュードは、苦笑して頷く。
やはり、貴族の中には権力を行使して無理矢理自分の手駒に加えようとする者が居る事を知っているのだろう。恐らく、前当主であったアイザック=ブラント=ド=モーガンから伝え聞いていたのだと考えられる。
だからこそ、ジュードはすんなり理解出来たようだ。
しかし、ここでもアランは理解出来ていないようで、首を傾げて訝しげな視線をエイトへと向けている。早く理由を説明しろと目線が訴えていた。
そんなアランに気付いたジュードは、どこか呆れた様子で大きく溜め息を吐くと、エイトへと視線を向けて口を開いた。
「すいません。兄上には私から説明しておきますので、エイトさんは御自分の判断で自由に警備されて下さい。……あ、あと外で部下の三人が待っている筈ですので、一緒に行動して下さい。エイトさんの護衛も兼ねていますので」
「護衛? はぁ、分かりました。それでは行って来ますね」
何故アランじゃなく別の人間が、そう疑問に思うものの、どのみち隣の領主が襲って来た時は別々に行動するのだからと考え、ジュードの言葉に頷いて了承すると部屋を後にした。
そして屋外へと出たエイトを、長時間待っていたとばかりに暇そうにしていた独身三人組が声を掛ける。
「おう、エイト。お館様との用事は終わったのか?」
(ホッヂンズさん達が俺の護衛なのか。順当に考えれば変ではないか)
ブラント村からブリッツの街へ、そしてその逆へと一定期間共に行動していた者の方が良いだろうと判断した故に、ジュードが独身三人組をエイトの護衛にしたのだ。
その事になんとなく気付けたエイトは、この三人なら気を使わなくて良いなと判断する。少々失礼ではあるが。
ともあれ、エイトは内心で納得すると、ホッヂンズの質問に答える。
「終わりましたよ。それで、俺は今から村の外で警備に就きますので、着いて来て下さいね」
「あいあい、了解ッス!」
「ブラント村の外でぇ?」
「まぁ、俺ら三人はエイトの護衛をしろって言われてたから、何処だろうと着いて行くだけだ。だが何故外なんだ?」
ホッヂンズが口にした疑問は、ある意味当然かもしれない………いや、ブラント村に何か起きた時の事を考えると、寧ろ村の中で警備していた方が良いと言える。
だがエイトとしては、一度悲惨な事を経験したブラント村の住人の目に入らない場所で、敵の全てを討ちたいと考えているのだ。
だからこそ、ブラント村の外で警備をする事にしたのだろう。
敵………人間を相手にして容赦なく命を断つ事を考慮していても、一般の者への配慮は忘れていないのは、やはり日本での生活で根付いた価値観だろう。多少この世界に馴染み、考え方………つまり、命に対しての考え方が変わったエイトであっても、根底は崩れる事がなかったようだ。
その辺の事情を、エイトは独身三人組に説明する。
すると三人は、エイトへと感心したように頷いて了承し、暖かみのある優しい笑みを浮かべる。
「成る程な」
「皆に代わって礼を言わせて貰うッス。エイト君、ありがとう」
「そうだな、恐ろしい思いをさせないのも俺達警備兵の仕事だもんな」
事ここに至って、ジュードが簡単に懐に入る事を了承したエイトの意味に気付き、三人はお互いに視線を交え、深く頷いた。
絶対にエイトを死なせない。
独身三人組の目には、そういう意味が強く感じられる程、決意に満ちたものだった。




