決戦の時
エイトが夜間警備に参加してから五日経過した。
しかしこの五日間は特に変わった事もなく、実に平和なものだった。
もっとも、警備にあたっている者達は日が経過するにつれ、緊張感が日増しに増えピリピリとした雰囲気を纏わせている為、とても平和そうな様子には見えなかったが。
それも当然だろう。近隣の貴族達を招待したパーティーが三日後に迫っているのだから。
となれば………そう、因縁のある貴族、ピート=ブレイク=ド=テイラーが襲撃してくる筈だ。特に、明日から明後日が最も高い確率であるのは間違いない。
それを理解しているからこそ、ジュードの部下の全員がピリピリとした雰囲気を纏っているのだ。無論、エイトも同様に。
ピートの手の者によって、ブラント村に住む住人の多くが殺された。
刺殺され、斬殺され、焼殺され、毒殺され、様々な方法で沢山の人々の命が奪われた。
それだけではない。亡くなった者達の家族、友人、恋人、知人、隣人、そんな者達には深い絶望を与えていた。そして、底すら無いような強烈な復讐心さえも…………。
彼らブラント村の住人は、間違いなくピートのせいで幸せな人生を破壊されたのだ。恋人と歩む筈だった未来を、子供が成長していく過程を眺める毎日を、隣人と井戸端会議をする些細な楽しみを………金に目が眩んだたった一人の貴族のせいで。
漸く復讐を果たせる時が来た。漸く暗い気持ちを払拭する時が来た。漸く……………。
そんな気持ちが全員の心と頭を支配する。
何時も飄々としているアランでさえ、抑えきれない復讐心によって、目を血走らせている。
ジュードに至ってはもっと酷く、招待状を発送した翌日から日に日に口数が減っていて、一切口を開く事が無くなったくらいだった。
時を同じくして、ブラント村から10㎞以上離れた場所では、五十人程の革鎧を装備した集団がブラント村から見えないように丘を壁にして夜営していた。
その集団の中央では、一際大きいテントが存在感をこれでもかと放っている。
そんなテントの中で、ニヤニヤと嬉しそうに厭らしい下卑た笑みを浮かべている男がいた。
「まさかモーガン家の領主が椿油とやらを製造していたとは………。フハハハッ! 今回の襲撃で温泉も我が物と出来、尚且つ油の新しい製造法も手に入る! 我に新たな収入源が二つも! しかも、油の新しい製造法では、国から多額の褒賞金が出るのは間違いない! そうなれば、我の組織での立場は一気に幹部まで上がる筈! フフフ、ハァハッハッハッ!」
既に、ピートの脳内では温泉と椿油を有するモーガン領は自身の物になっているようで、正に笑いが止まらないと言った様子だ。
そんなピートの言葉通り、確かにモーガン領を自分の物に出来ればそうなるだろうとは断言出来る。
何故なら、ヴァイスハイト国は海に面にしておらず、油の素となる魔物の素材が手に入らないからだ。
それ故、ヴァイスハイト国は別の国から油を輸入する事に依存している。
もっとも、素材が手に入らないのだから依存という言葉はけっして適切とは言えないが。
しかし、他国に頼っているのは間違いない事実だ。
それ故、もしピートが今回の襲撃を成功させ、椿油の製造法を自身が発見したと声高に宣言すれば、現在の子爵から上の位に上がる筈なのは間違いない。ピートの組織云々についての発言は謎だが。
「楽しみだ。実に、楽しみだ。まるで新しい玩具が手に入る直前の子供のような心境だ。………ハハハ、何時もの我らしからぬ心持ちだな」
どこか芝居がかった仕草でワインを飲み干すと、部下の一人に視線を向ける。
「首尾はどうだ?」
「滞りなく」
そう簡潔に答える部下に、ピートは一度頷き再度下卑た笑みを浮かべる。
「前回で領土を手放せば死ぬ事も無かっただろうに、馬鹿な奴だ。まぁ、そのお陰で椿油とやらが手に入るのだ。死ぬ前に礼を言ってやるとでもするかな………フハハハ!」
前回同様…………否、今回は前回以上に戦力を投入するのだから、襲撃が絶対に成功するのは間違いないと確信しているピート。
だがそんなピートに、一人の男が待ったを掛ける。
「ピート様、先程偵察に行って来たのですが、実は気になる事が……」
畏まった様子で地面に膝ま付き、ピートに発言する男はセオドア。今回の襲撃が成功すれば、テイラー家の剣術指南役になるのが決定している男だ。しかも、ジュードの腕を斬り落とした張本人でもある。
ピートはそのセオドアへ、訝しげな視線を向け問いただした。
「…………気になる事? なんだ、申せ」
「はっ! 前回襲撃した際には見られなかった者が居ました。年齢は十から十二と言ったところで、剣を装備していました。恐らく、剣士かと」
十から十二の年齢の剣士。
その報告を聞いたピートは、ただ呆然とセオドアへと視線を向け続ける。
たかだかガキの剣士が一人増えただけの事だろう。それなのに、何を気にする必要があるのだ。
ピートの目からは、そう言いたげな様子が見てとれた。
しかし、セオドアはそれを気にせず、更に言葉を続ける。
「バレないように遠くから偵察していた為、会話の内容などは分かりませんが………ただ、どうも三人の警備兵を従えているように見えました」
「ガキが警備兵を? モーガン家の前当主の隠し子か…………? いや、あるいはガキ本人の実力が上だからか?」
セオドアからもたらされた報告に、タプタプとした贅肉がある顎に手を当てつつ一人呟くピート。
「前者の可能性は高い。………だが、後者の可能性は………無いな。まぁ、どちらにせよブラント村の住人には全員死んで貰うんだ。我には関係ない事だな。しかし、モーガン家の血を受け継いでいる可能性がある以上、当主と長男のアラン共々間違いなく始末しなくてはならん。前回のように、無能の王が温情を与え、そのガキを当主にする可能性も有るからな。………セオドア……いや、ブラドー。お前がガキを確実に消せ。いいな?」
長い間思考していたピートは、自分なりの結論を出すと、商人を楽しむように殺した男、ブラドーに視線を向け命じる。
それを受けてブラドーは嗜虐的な笑みを浮かべ、ゆっくりと頷き口を開く。
「承知しました。………ヒヒヒ。可哀想なガキだな。ヒァハハハ」
まだ見ぬエイトの姿を想像し………いや、殺す瞬間を想像し、ブラドーは堪えきれないといった様子で笑いだした。
ピートの部下の中でも最も残酷な男、ブラドー。テイラー領のみならず、近隣の者達にすらそう名が知れ渡っているのだ。
しかし、そんなブラドーの想像するような事には決してならないだろう。
道化の魔術師は、そんな容易に倒せる存在ではないのだから。
そして、ピートの思惑通りには決していかないだろう。
道化の魔術師は、これまでに経験した程がないくらいの怒りに燃えているのだから。
翌日、ブラント村の住人が寝静まった頃。
エイトは目を覚まし、宿屋の食堂で満足するまで食事を摂ると、屋外へと出る。
そんなエイトの姿を見付けた独身三人組が声を掛ける。
「エイト、おはようさん。まぁ、夜だけど」
「おはようございます。今日は襲撃の可能性が高い二日間の間でも、最も高い可能性がある日です。常に周囲への注意を怠らないようにしましょう」
「あいあい、了解ッス」
「おう、分かってるぜぇ」
エイトはホッヂンズに挨拶を返すと、すぐに注意を促す。
そんなエイトへと軽く返答するパーカーとザック。そして、頷いて言外に理解している事を告げるホッヂンズ。
何時もと変わらないやり取りに見える。
だが、三人組の表情は違った。キュッと真一文字に強く結ばれた口、吊り上がった目、それらを見ると決意に満ちているのが明らかだった。
エイトはそんな三人を伴って、ブラント村の外へと警備の為に出る。
剣呑な雰囲気を隠す余裕すらないのか、独身三人組は無言でエイトの後に続き、周囲を睨み付けながら剣に片手を乗せている。
さぁ、掛かってこい。全員皆殺しにてやる。
そう言いたげな様子が傍目から見ても容易に判断出来た。
少し興奮し過ぎだと思い宥めようかと考えるエイトだったが、それも当然だし仕方ない事だろうと思い留まる。
事実、彼ら三人の知人も死んでいるのだから気が逸るのも仕方がないと言える。
そんな三人の内の一人、ザックが苛ただしげに口を開く。
「まだ来ないのかよぉ。イラつくぜぇ」
ザックの言葉に頷いて同意を示す三人。知らず知らず、エイトも苛ついていたようだ。
それに気付いたエイトは、一度深く深呼吸して気を落ち着ける。
もっとも、それでも多少興奮を鎮めるだけに留まる結果にしかならなかったが。
ともあれ、そんなエイトが薄く平原を照らす月夜の下、人影のようなものを視界に捉え、動きを止める。
「あれが見えますか?」
「「「人、だな」」」
三人は同時にエイトの問いに答えると、お互いに視線を交え自分の答えが間違っていない事を確認する。
そんな三人へ、エイトは静かな口調であるが、どこか強く感じる声音で指示を出す。
「漸く来ましたね。パーカーさん、松明で村の中の警備兵に知らせて下さい。それから、戦闘中は俺から離れないように。……………さぁ、一方的な虐殺を始めようか。覚悟しろよ、クズ共」
エイトは無表情に、一方的な虐殺、と呟くと、空間倉庫から道化師の仮面を取り出し被る。
決戦の時が訪れたのを告げるように、パーカーが松明を左右に激しく振る中、静かにエイトが呪文を唱え始めた。




