憐れな商人
エイト達がブリッツの街で椿油を販売してから一週間。
椿油の噂はブリッツだけに留まらず、近隣の領地を治める貴族の耳にも入る程だった。無論、その噂は貴族並びに、庶民や商人といった風に幅広くだ。
やれどこぞの錬金術師が発見しただの、やれどこぞの普通の庶民が開発しただのと、それこそ全ての噂を把握出来ない程に多種多様な噂が蔓延していた。
その結果にはエイトを含めジュード達全員は満足する事が出来ていた。
椿油を開発した者の存在は曖昧だが、それでも椿油は正真正銘本物の油だと認知されているのが前提での噂だからだ。
(今頃、隣の糞豚領主はその新たな油の製造法を発見した者を探し始めているでしょうね)
今のところは予想通りに物事が進んでいる。
そう確信したジュードは、家臣の独身三人組であるホッヂンズ、パーカー、ザック、そしてメイドのミーナを前にして不敵な笑みを浮かべる。
そんなジュードに、メイドのミーナが次の行動を尋ねるべく口を開く。
「お館様、近隣の貴族を招待する為に書いた招待状はどうしますか?」
「噂も充分に広まりましたし、もう良い頃合いでしょうね。招待状の発送を始めて下さい。……それと、エイトさんは今どちらに居るか把握してますか?」
メイドのミーナに視線を向け、柔らかな笑みと共に尋ねるジュードだったが、その質問にはミーナに代わって何時もよりもピンと姿勢を正していたホッヂンズが答えた。
「お館様、それは私から報告させて頂きます。……現在エイトさんは、アラン様と共に実りの森に行かれています。ブラント村に帰って来るのは、恐らく夕方頃かと。何時も魔物を狩りに行く時は夕方まで帰って来ませんので、この予測はまず間違いないと思われます」
普段のホッヂンズだとは思えない口調と佇まい。もしエイトが今のホッヂンズを見ていたら、驚愕して呆然としていたのは間違いないだろう。
しかしそれも当然と言えば当然。彼ら独身三人組にとって、ジュードは給金を払ってくれる雇い主なのだから。
しかもただの雇い主ではなく、ブラント村が襲われた際には腕を失っても尚諦めず、気を失うまで戦い抜いた誇りある貴族の戦士なのだ。
そんな立派な戦士であり貴族でもあるジュードを、敬わない訳がない。少なくともモーガン領に住む者達、並びにジュードの家臣達は。
ジュードはホッヂンズからの報告を聞くと、再度ミーナへと視線を戻す。
「エイトさんは結構稼いでいるでしょうに、随分と働き者ですね。冒険者として珍しい程に。………ミーナ、招待状を警備隊隊長に渡して配っておくように言っておいて下さい。それと、エイトさんが村に帰って来たら失礼のないように丁重に屋敷へ招いて下さい。……貴方達三人は、エイトさんの帰還と共に再度屋敷に来るように。それまでは、通常の仕事をお願いします」
「「「はっ!」」」
「畏まりました」
豪華と言うよりも質実剛健な執務室から恭しく一礼して退出する独身三人組とメイド。
その四人の背中を見送り室内に一人だけになると、ジュードは瞳に強く復讐の火を灯し、もうすぐ訪れるであろうその時を脳裏で想像しながら今は失われた腕の切断面をギュッと握り締めた。
一方、時を同じくしてモーガン領の隣の領主は、自身の領地に商品を販売しに来た商人を贅を凝らした部屋へと招き入れていた。
それは当然、遠くから来た商人を労う為ではない。自分の領地で物を売りたければ金を寄越せとプレッシャーを掛ける為だ。しかも、商人からしたら多額の金を。
勿論、そう易々と商人も了承する訳ではないのだが、流石に剣を装備した屈強な外見の男達を背後に立たせている領主を前にすれば……………。
「わ、分かりました。お支払い致します」
「賢い選択をしてくれて、我は満足したぞ。して、一つ質問があるのだがな」
ふざけるな、まだ何か要求するつもりか。
そう内心で考えながら、怒りに手を握り締める商人。
しかし、悪徳領主と名高いピートから発せられた内容の言葉に、気が抜けたかのようにポカンと呆ける。
「は?」
「何度も同じ事を我の口から言わせるな。下賤の生まれの者はこれだから困る。………もう一度聞くぞ。貴様は何故、高級品である油を通常の値段よりも遥かに安く売っておるのだ? あれでは従来の二割も安いではないか」
ピートは高級そうなワインをガブガブと飲みながら、嘘偽りなく話せと目で訴えかけて問う。
恐らく、自身の目の前に座る商人が、別の商人から油を奪ったのだろうと考えているのだろう。でなければ、商人の儲けが非常に少なくなるのだから。
そしてあわよくば、そこを突っついて更に金を支払わせようと。
しかし、そんな考えの斜め上を行く答えが商人からもたらされた。
「あ、あれは一週間前の事なのですが。……ブリッツの街で珍しい品物がないか市場を見ていたのです。そこで三人組の商人が、新しい製造法で出来た油を従来の半分の値段で売っていたんです。なので、私はそれを一樽購入して自分の利益を考えた上で、従来の二割安で売っていたんです」
「貴様、我を謀るつもりか!! 下賤の生まれの癖に、貴族である我を!!」
「ひっ!?」
まだ半分程残っていたワインボトルを、勢い良く商人に向かって投げつけ怒りを露にするピート。
確かに突然そんな事を聞かされても容易に信じる事は出来ないだろう。
だが、勿論商人の男が嘘を言っている訳ではない。
それ故、商人はブリッツで実際に椿油を販売していた者が、声高に宣伝していた謳い文句を必死に思い出しながら口を開く。
「ほ、本当でございます! なんでも魔物の素材からではなく、植物から油を製造出来る事を発見したとか! 従来の油を製造する為に魔物の素材が必要ではない為、私が持ってきた椿油と呼ばれる油は安全に製造出来、尚且つ安価になっていると申しておりました!」
「貴様ぁあ!! まだ嘘を言うか!!」
商人の必死の弁解も虚しく、ピートの怒りを更に助長する結果になった。
ピートはテーブルを豪快に拳で一度叩くと、背後に立つ男達の一人に視線を向ける。
無言の視線。それだけでピートが何を言いたいのかを察した男は、ゆっくりと商人に近寄りながら装備した剣を抜く。
それを見た商人は身体の全てを震わせつつ、先程よりも必死な様子で叫び出した。
「嘘は申しておりません!! 本当でございます!! ブリッツの街に行けば証人も沢山いる筈です!! 何せ大量の油を一度に販売していましたし、私以外にもその三人組から椿油を買った商人は複数いましたから!!」
「待て。……………………それは本当か? 本当に貴様の言葉を裏付ける証人が沢山存在すると?」
椿油の存在はブリッツでは既に有名なのだと言外に告げる商人に、ピートは剣を抜いた男を止めて再度商人に訝しげな視線を向けて問う。
その問いに、商人は何度も何度も大きく首を縦に振って答えた。
それは極度の緊張………いや、極度の恐怖からとうとう声も出せなくなったようで、必死にピートの問いに答えようとした結果の動作だ。
事ここに至って、そんな商人の言葉が事実の可能性があると漸く判断したピートは、暫し俯きながら思案する。
そしてそれが一分か二分かした頃、嬉しそうに下卑た笑みを浮かべ、ピートは未だ剣を抜いたままの男に視線を向けて口を開く。
「何人でも使って構わん。とにかくその商人が述べた事が真実か調べろ。……そして真実だったならば、椿油とやらの製造法を発見した奴が誰か探し出せ。…………あぁ、それからその商人は始末しておけよ。今回の我が家での出来事を噂されると面倒だからな」
「了解しました 」
殺せと命令された男は眉一つ動かす事もなく、了承の意を示すと体を震わせ続ける商人に向かって剣を振り上げ…………………。
「ひぃぃぃいいいい!! やめ、やめ」
「………死ね」
「ギャ………グッ……ギィィ」
無慈悲に剣を振り下ろした。
そしてそれでも何とか未だ心臓の鼓動を止めぬ商人に、男は楽しそうに口元を歪め、剣先を商人の胸元に突き付けゆっくりと沈めていく。
楽しそうに、実に楽しそうに……幼い子供が玩具をぞんざいに扱うかのように……………。
「ヒャハハハ…………ん? なんだ、もう死んだのか。つまらない奴だな」
「おぉい、エイト。そろそろ帰ろうぜ、腹が減ってきた」
「いや俺もそうしたいんだけど………この数の魔物に囲まれたら簡単に突破するのは無理だろう」
エイトとアランを無数の蟻の魔物が囲むようにして陣取っている。
そんな蟻………ソルジャーアントと呼ばれる魔物と、二人はただ睨み合っている訳ではない。
事実、エイトが錬成したゴーレムカヴァリエ四十体が縦横無尽に行動し、ソルジャーアントを殲滅している。
だがしかし、ソルジャーアントの数は次々に増えていっている。倒しても倒してもキリがないと思わせる程だ。
そんな中であっても二人は焦る事もなく、飄々としているのだが、それはソルジャーアントと二人のレベル差が大きいからなのだろう。
それを証明するかのように、剣士としてはアランに遠く及ばないエイトですら銅製のロングソードで軽々とソルジャーアントを倒せているのだから。
「って言っても、何時までも相手にするのは疲れるな。………ゴーレムカヴァリエよ、魔物を蹴散らし道を作れ!!」
レベル差が大きいとは言え、夜の闇が訪れれば形勢は逆転してしまうかもしれない。
そう考えたエイトは、ゴーレムカヴァリエに指示を飛ばし、自分達がこの状況から脱出する為の道を作らせる。
出来ればソルジャーアントの死体も回収しておきたいと内心で思うものの、流石に空間倉庫に収納する暇はなく、ゴーレムカヴァリエが作り出した僅かな突破口から走り抜け、実りの森から出る事に成功した。
それに対して然程何も感じずまるで当然の事のように、平然とした様子でアランはエイトへと視線を向けて口を開く。
図太いと言うべきか、はたまた豪快な男だと判断するべきか。
ともかく、それこそアランがランクBという高ランク冒険者だと証明しているかのようだ。
「晩飯は唐揚げが良いな。なぁ、エイト……」
「嫌だ。絶対に、嫌だ。断固拒否する」
エイトはアランの言葉を途中で遮り、顔を顰めて大きく手でバッテンを作りながら首を横に振る。
「ちっ、まぁ良い。うちのコック達も結構慣れてきたようだしな」
エイトの返答に、アランは渋面で舌打ちする。
エイトの拒絶の反応を見れば分かるだろうが、唐揚げを紹介してからというもの、エイトはさんざん唐揚げをアランに作らされたのだ。それはもう山のように。
最初こそ自分の料理を誉められ喜んで食べる姿を見れば、作ってやるかと思うのは別段不思議な事ではなかった。
しかしそれも限度というものがある。
実際エイトは暑い日中に、大量の唐揚げを五日間毎日作ったのだ。流石にエイトの我慢の限界を突破し、それ以降は一度もアランに唐揚げを作ってはいない。
エイトじゃなくても、誰でも拒否するだろう。
そんなエイトに、アランはいかに唐揚げが楽しみなのかを様々な単語を用いて説明し、それに対してエイトは唐揚げという言葉がゲシュタルト崩壊し始め米神を押さえつつブラント村に帰る二人だった。
そしてブラント村へと到着した二人に丁寧な口調の声が掛かる。
「お帰りなさいませ、お仕事お疲れ様でございます。エイト様、アラン様、お館様がお呼びでございます」
そう告げるのは、ジュードの指示でエイトを待っていたメイドのミーナだった。




