ブルータス、お前もか
「うっわ………凄い人だかりじゃん」
ギルドを後にしてから市場に来て、早々に嫌そうに口元を引き吊らせるエイト。独身三人組のホッヂンズ、パーカー、ザックの周囲に蟻のように人が群がっているからだ。
大学に通う為に都会で生活していた経験があるエイトだが、それでもやはり田舎育ちのエイトにとっては沢山の人の姿には辟易とするものがあるようだ。
(まぁ……でも、これは椿油に注目が集まってるっていう意味では大成功なんだけどな)
そう内心で呟き、満足そうに頷く。
確かにエイトの言う通り、人々の感心が椿油に集中する事は作戦上望むべきことである。
しかし、その無数の人に囲まれている独身三人組の様子はエイトとは反対に、どこか困惑しているように見える。
それは客が多過ぎて椿油を売るのが大変という訳ではなく…………否、それも充分にあるだろうが、それ以上に面倒な事が起こっているかのような印象を受ける。
その事に気が付いたエイトは首を傾げつつも、ただ遠くから眺めているだけでは理由が判断出来ない為、人波を掻き分けて三人の近くへと突き進む。
そして、三人との距離が縮まるにつれ、次第に困惑の表情を浮かべている理由が分かった。
「椿油? 植物から? 魔物の素材以外から油を作れる訳が無いだろ」
「おいおい、嘘をつくならもっと上手い嘘を言え! どこぞの商人から奪った物だろう! お前らは盗賊の手下だな!?」
「騙されると思ってんの!? 馬鹿にするんじゃないよ!!」
罵詈雑言とまでは言わないが、それに限りなく近い言葉が独身三人組に投げ掛けられている。
だが、そんな言葉に混じって…………。
「これは凄いですなぁ。この椿油とやらを一樽……いや、二樽貰えますかな?」
「私は五樽よ! 早く売ってちょうだい!」
「ふざけんな! お前らみたいな商人が、商人から油を買い占めてんじゃねぇよ!」
「そうだそうだ!! 俺達庶民の買う分が無くなるだろうが!!」
そんなやり取りを繰り広げる物達の言葉を聞き、エイトは納得したように頷く。
(まぁ、予想の範囲内だな。ちょっとビックリしたけど)
新しい油の製造法が突然判明したとなると、当然その事実を直ぐに受け入れられる者ばかりが居る訳ではない。無論、それを信じて受け入れる者も居るが。
しかし、商人が買い占めに走るのは独身三人組には想定外だったようだ。だからこその困惑した表情なのだろう。
だがエイトからしたら、それも当然の事だと判断しているようだ。
何故なら、商人とは利に聡い者でなければ食べていけない職業だと理解しているのだから。
それ故、買い占めに走るという行為には然程驚きはしない。
しかし、椿油を売るだけでなく、沢山の人達に宣伝したいエイトからすると、少々困った事だと言える。
新たな製造法で作られた油が正真正銘本物の油であると庶民に広く認知させなければならないし、その油が従来品の半分の値段であるという事も広めなければならない。
そうなると、実際に椿油を買って使用して貰い、その上で日常生活の話の種という噂話しをして貰わなければ椿油の信憑性は薄まるだろう。
でなければ、モーガン領の隣に位置するテイラー領の主、ピート=ブレイク=ド=テイラーの耳に入るかどうか心許ないものとなってしまう。
(それは困るんだよなぁ。しゃあない、取り敢えずパーカーさんにアドバイスしとくか)
エイトは更に人波を掻き分けて進み、漸く独身三人組の前まで出ると、直ぐにパーカーの下へと行きこっそりと耳打ちする。
「(お一人様、最大で一樽までです。そう言って販売して下さい。全部で十七樽もあるから、充分全員の手に渡るでしょうし)」
「(あいあい。分かったッス)」
小さくサムズアップして了承の合図を示したパーカーは、即座に人だかりに向かってエイトの言葉をそのまま伝える。
すると、先程の混乱が多少鎮まり、スムーズに販売が行われるようになった。
もっとも、新しい油である椿油を信じられないと叫んでいた者達は最後まで買わず、購入者達に買うなと口々に文句を述べていたが。
しかし、それでも椿油の売れ行きは落ちず、あっという間に全てが売れていった。やはり、生活必需品でもあり高級品でもある油が、従来品の半分の値段だったというのが大きな理由なのだろう。それともう一つ、新しい製造法で作られた植物性の油という謳い文句が良かったのは間違いない。
ともあれ、ある種の戦争のような一時を過ごした三人は、敗残兵のように疲れきった様子を見せながら、ジト目でエイトへと視線を向ける。
「なんで」
「エイト君は」
「黙って眺めていただけなんだよぉ」
ホッヂンズ、パーカー、ザックの三人が順に恨みがましそうに文句を告げる。
しかしエイトはサッと目線を空へと逸らし…………。
「あっ!? もう夕方ですね! 宿屋の部屋が埋まる前に行かないと!」
三人の恨みが込められた視線を気にせず、芝居がかった仕草で颯爽とその場を後にした。
そして、その場に残された三人は、エイトの背中に穴が開く程の視線を注がせた後、諦めたようにガックリと項垂れる。
しかしそれも数秒間だけの事で、次の瞬間にはグフグフと気味の悪い笑い声を上げながら厭らしい笑みを浮かべる三人だった。
翌日、夏特有の雲形……つまり、雲の峰が空を誇らしげに漂う中、エイト達は空になった荷馬車に揺られつつブラント村へと出発していた。
昨日とは打って変わって清々しい表情を浮かべる独身三人組。
最初は何がそんなに独身三人組の心をブリッツの街が掴んでいるのか不思議に思っていたエイトだったが、流石に事ここに至っては理解出来ているらしく、スッキリとした顔をしている三人を見て苦笑している。
しかし、それも当然と言えば当然。健全な男であれば、出すものは定期的に出さねばならず、寧ろ健全であるくらいだと言える。
もっとも、女性からすると不潔、最低、等々の批判が殺到するだろうが。
だが、日本のように交通の利便性が優れていないこの世界では、女性と知り合う事は容易な事ではない。しかも、自分が暮らす村に独身女性が少ない者達にすれば死活問題だと言える。特に、独身三人組のような者達にとっては。
そんな彼らにとっては、娼館が存在するブリッツの街はドリームランドと同義だと言っても過言ではない。綺麗な女性を、一夜であれどもその手に抱く事が出来るのだから。
一言にすればSEXと短い単語であるが、その行為は様々な有用な効果をもたらす。
ホルモンの分泌を促しホルモンバランスを整え、一時的ではあっても多幸感をもたらせる事により鬱症状の緩和にも貢献し、治安維持の面でも効果を発揮する。
それ故、娼館とはある意味なくてはならない存在だと言える。
それに、なにも男性用の娼館ばかりが存在する訳ではない。ブリッツの街には女性が利用する為に、外見が優れた男性を雇っている店もあるのだから。
それは別段不思議な事ではなく、事実、地球の歴史上でも女性用の風俗というのは存在している。風俗を利用するのが恥ずかしいという女性の為に、医者が指や器具を使用して女性を満足させるという行為をする事も実際にあったのだから不自然な事ではない。
ともあれ、そんな事情を多少は理解しているエイトだけに、否定も肯定もせずスッキリとした表情を浮かべている三人に何も言わなかった。
ただし、娼婦が使っていたであろう香水の匂いが三人から強く感じられた為、それには文句を言いたいようではあったが。
「あ~、風が生温くて気持ち悪い」
日が昇る前ならいざしらず、今はこれでもかと2つの太陽が姿を見せている。
エイトはその二つの太陽を目を細めながら睨むが、そんなエイトとは反対に、独身三人組は気持ち良さそうに瞼を閉じ空に顔を向け口を開く。
「そうか?」
「気持ち良い日差しじゃないッスか」
「だな。最高じゃんかぁ」
清々しい程の笑みを浮かべてエイトの言葉に反論する三人。
その三人にエイトは苦笑して、昨日の晩にスッキリしたからだろ、と内心で愚痴る。
そんな風に幸せそうな雰囲気を漂わせる独身三人組と共に、魔物に襲われる事も一切なく無事にブラント村へと到着したエイトを出迎えたのは意外にもアランだった。
「よぉ、エイト。そいつらと同様に、お前も大人の運動を楽しんできたか?」
流石に暑い日中にも関わらず、今日も気持ち良い天気だ、と告げる三人のノリには着いていけなかったエイト。
そんなエイトに、到着早々人差し指と中指の間に親指を挟む仕草を見せつつニヤニヤとした笑みを浮かべて声を掛けるアラン。
しかし、ブリッツの街からの帰還中の二日間、ずっと幸福感満タン状態の三人の相手をしていたエイトにとっては、まるで裏切り者に見えたようで………。
「アラン、お前もか。………もうそのノリは勘弁してくれ………」
嫌そうに顔を顰め天を仰ぐエイトだった。
彼女、あるいは結婚されている人は、風俗の利用は止めましょう。
因みに、私は利用した事がありません。女性読者に嫌われたくないので言っている訳ではなく、本当にありません。
大事なことなのでもう一度言いますが、私は利用した事は一度もありません。
う、嘘じゃないよ! ホントだよ!




