久し振りのブリッツ
エイトが油を使用した料理を披露してから五日。
この五日間はポテトチップス、フライドポテト、天麩羅の三つに続いて、コロッケ、唐揚げ等の料理もコック達に教えていた。
ジュード達もコック達も、エイトの予想以上に新たな料理に食い付きが良かった。特にアランからは唐揚げを作れと毎日せがまられる程で、若干辟易とした様子で朝から領主の館でキッチンに立っていたエイトだった。
そんなある意味家政婦のような五日間を過ごしたエイトは、まだ太陽も姿を見せぬ時間だというのにモーガン家の陪臣である三人、パーカー、ザック、ホッヂンズを伴ってブラント村を発った。
何をする為にジュードの家臣を引き連れているのかというと、理由は単純明快なものだ。それはつまり、油の製造が計画していた量に達した故に、ブリッツの街に行き大々的に販売する為に他ならない。
その為、2tトラックの荷台と同等の大きさの荷馬車に限界まで椿油を載せ、二頭の馬に引かせながらのんびりとしたスピードで進んで行く。
夏真っ盛りの現在、しかし未だ日は上らぬ早朝にあっては実に過ごしよく、エイトはヒンヤリとした空気を頬に感じ、気持ち良さそうに笑みを溢す。
「エイト、どうかしたか?」
荷台に積まれている樽の上に座ったエイトを、御者台に座っていたホッヂンズが偶々振り返り、不思議そうに尋ねる。
ザックとパーカーはまだ眠たいのか、コクリコクリと小さく船を漕いでいる。
「ん? いや、ただ風が冷たくて気持ち良いなぁ、と思ってたんですよ」
「あぁ、確かに気持ち良いな。だけど………」
同感だとばかりに頷くホッヂンズだったが、だけど、と言葉を続けて嫌そうに顔を顰める。
「日が出て来たら………地獄だぞ」
「ははは、確かにそうですね。でも自分で歩くよりは楽だから良いじゃないですか。それに、昨日はブリッツの街に行ける事をあんなに喜んでたじゃないですか」
「まぁな……………グヘヘヘ」
エイトの返答を聞いたホッヂンズは、厭らしい笑みを浮かべて肯定する。
その様子を見て、首を傾げて不思議そうにするエイト。
ホッヂンズは………と言うより、パーカーとザックを含めた三人は未だに独身であり、ここ二年程彼女がいない。
そんな独身三人にとって、娼館の存在するブリッツの街は夢の都と言ってもいい。つまり、それ故の厭らしい笑みなのだ。
もっとも、それを考慮したからこそジュードは独身三人に今回の仕事を任せていたりする。
流石に既婚者を都会と言ってもいいブリッツには行かせられないと判断したのだ。まかり間違って新たな妻を家臣が迎え入れ陪臣家の騒動になると困ると考えたからだったりする。
「そんなにブリッツの街が楽しみなんですか? 何かありましたっけ?」
エイトは独身三人組の考えが分からない為、純粋に何が楽しみなのかと疑問を投げ掛ける。
しかし、その疑問に帰ってくる答えは…………。
「は、ははは。こ、子供は知らなくて良い事だ。大人の世界の話しだからな」
実に曖昧な返答。
流石に12歳かそこらにしか見えない、あるいはそれより下に見えるエイトに話せる話題ではないと考え、ホッヂンズは焦りながらしどろもどろに答える。
それに益々疑問符を脳裏に浮かべるエイトだが、自分の姿が子供になっているのを思い出し素直に諦めたようだ。
そんな風に取り留めの無い話しをしつつ移動すること二日。
漸く目的のブリッツに辿り着いた一行は、門番に貴族の陪臣である事を証明し、入場料を払わず中へと入っていく。
因みに、エイトは陪臣ではない為、確りと銀貨を支払っている。
「エイト、俺達は市場で椿油を売りに行くけどお前も来るか?」
「あー……いや、冒険者ギルドに用事があるから。それが終わったら顔を見せますよ」
じゃん拳で負け続け御者台にずっと座っていたホッヂンズが尋ねるが、エイトは手を左右に振ってそれに答えた。
そんなエイトに向けて、パーカーとザックが順に口を開く。
「あいあい。そんじゃエイト君、また後でなぁ!」
「可愛い女の子が居たら教えろよぉ! 絶対だぞぉ!」
口ではエイトに向かって喋っているが、視線は大通りを歩く女性に泳いでいる二人。無論、それはホッヂンズも同様だ。
女日照りの長い独身三人組にとっては目の毒……もとい、我慢が出来ないと言った様子で目が血走っている。
そんな三人の様子を見ながら、エイトは苦笑しつつ別れ、約二週間振りのブリッツの街の様相を眺め、あまり変化してないなと内心で呟く。
それも当然だろう。魔法という不思議なものが存在する世界であっても、機械はないのだから簡単に街の様相が変化する筈もない。
もっとも、それを可能にする魔法があれば話しは違ってくるが。
(まぁ、俺が知らないってだけで、実は建築用の魔法が存在するのかもしれないけど。……いや、流石にそんな便利な魔法はないかな)
そう内心で呟きつつ、いつの間にかギルドの目の前まで来ていた事に気付いたエイトは、カウンターに居るであろう二人の受付嬢を想像しつつゆっくりと中へ入る。
するとエイトが中に入るやいなや、予想通りに二人の受付嬢がエイトへと声を掛ける。
「あっ!? エイト君、久し振り~! 全然来ないから心配してたんだよ!」
「お久し振りです、エイトさん。メアリー、少し声のトーンを抑えなさい!」
「うっ、煩いわねぇ」
メアリーとパメラの毎度のやり取りを視界に入れたエイトは、相変わらずの姿を見て楽しそうに笑みを浮かべる。
自分自身でも気付いていないが、エイトにとってはメアリーとパメラのやり取りはギルドに無事に帰って来た証明のようになっており、知らず知らず自分の心を安心させるものへとなっていたようだ。
「元気そうで何よりです。ランクアップの為のウォーターリザードを討伐して来ました。確認をお願いします」
空間倉庫からではなく、右手に持つ袋からウォーターリザードの皮と魔石、次いで錬金術で使用するらしい眼球を瓶に入れた物をカウンターに乗せるエイト。
ジュード達にはギフトや魔法の事を教えたが、いつかバレるだろうとは言えやはり誰にでも知られるのは不味いと考えたのだろう。それ故に、空間倉庫からではなく、予め用意しておいた袋から取り出したようだ。
勿論、それはギルドに併設されてある酒場に居る冒険者達を警戒しての策であり、メアリーやパメラを警戒してのことではない。
事実、受付嬢の二人はエイトが冒険者登録時に既にギフトの事を知られているのだから。
ともあれ、カウンターに乗せられた物を見た二人は、自分の事のように嬉しそうに明るい笑みを浮かべる。
「さっすがエイト君ね、これでランクアップよ。ギルドカードを更新するから貸してちょうだい」
「おめでとう御座います。ランクD、一人前の冒険者ですね」
そう告げられ、エイトも嬉しそうに笑みを浮かべ、懐からギルドカードを取り出しメアリーに手渡す。
「はい、お願いします」
「ちょっとだけ待ってね」
メアリーはエイトからギルドカードを受け取ると、直ぐに更新する為の作業に取り掛かる。
その手際を見ていたエイトは、流石は受付嬢だと内心で感嘆の声を漏らす。しかし、それは受付嬢のメアリーに失礼だと言わざるを得ない。
毎日何十人と冒険者を相手にしているのだ。しかも、荒くれ者の冒険者達を。
そうなると当然、のんびりとした対応をとっていると、気が短い冒険者達ならば怒り出す者も現れる。それ故、必然的に迅速な対応が受付嬢には求められ、その結果、受付嬢達の手際は驚く程正確で素早いものとなるのだ。
(いつもはマイペースな振る舞いをするメアリーさんだけど、やっぱりこうやって見ていると凄いよなぁ。……ただ、願わくば俺を子供扱いするのは止めて欲しいけど………)
そう内心で呟き、苦笑するエイト。
正確に言えば、メアリーはエイトを子供扱いしているのではなく、弟扱いしているのだが。
ともあれ、素早い手際でギルドカードの更新を終わらせたメアリーが、エイトへと向かってカードを手渡しながら口を開く。
「凄いわね、もうレベル25になってるわ。普通のランクDの冒険者の中でも、高い方よ」
「へぇ~、そうなんですか。やっぱり一人で活動してるからですかね?」
「そうね。それが一番の理由でしょうね。でも、これからはパーティーを組んで活動した方が良いわよ」
エイトのレベルに感心したように告げるが、それも次の瞬間には真剣な表情に変え、忠告するメアリー。
そんなメアリーの言葉に続けて、パメラも同様に真剣な顔と声音で口を開く。
「ランクD冒険者は、ランクCの依頼までなら請ける事が出来ます。ですが、ランクCからは依頼の難度が飛躍的に上昇するんです。それなのに、ランクDに上がったばかりの冒険者が、当たり前のようにランクCの依頼を請け、その結果、死んでしまう者が後をたちません。………なので、出来るだけパーティーを組んで活動する事をギルドとしては推奨しています」
死ぬ者が多いと聞かされたエイトは、流石にその剣呑な言葉に口元を引き吊らせる。
実際パメラの言葉通りで、ランクDの冒険者の死亡率が最も高い。それは一人前と判断されるランクになり、油断してしまったりするのが主な原因だ。
そしてランクCの依頼を請ける際に、今までのランクアップ時と同様に考え、一つ上のランクを安易に請けてしまうからに他ならない。
それ故、本当に一人前として判断されるのは、そのランクDにランクアップした日からある程度経過した者こそ正真正銘の一人前として認識される。
つまり、エイトはランクDになりはしたが、それでもまだ一人前にあと一歩と言ったところだ。
そしてエイトは知らないが、実はソロで活動する冒険者は、ランクDから極端に減少する。
それはパメラの説明通り、ランクCから上の依頼は飛躍的に難易度が上昇するからだ。
単純にパーティーの人数が多ければ多い程、依頼を達成する事が容易になるのは間違いないし、安全であるのは間違いない。
もっとも、パーティーの人数が多過ぎれば依頼を達成しても、一人あたりの報酬が激減してしまうのだが。
要は安全と報酬を考え、バランスの良いパーティーを組めば問題ないという事だ。
特にランクC以上の依頼を請けるのならば。
(でもなぁ………魔術師ってバレるのは困るし。……でも、俺の場合はゴーレムがあるから大丈夫なんじゃないかな?)
パメラの説明を聞き、多少自信なさげに内心で呟くエイト。
確かにエイトにはゴーレム魔法がある。しかも一体や二体じゃなく、数十体規模でだ。
となると、通常の冒険者達の枠にエイトを入れて考えるのはナンセンスかもしれない。
それはそうと、険しい表情で考え込んでいるエイトを見て、少し言い方がきつかったかもと焦ったパメラが、先程の真剣な声音とは違う明るいもので声を掛ける。
「ま、まぁ、焦らずにゆっくり仲間を探すのが良いと思いますよ。暫くはランクDの依頼を中心に請けて」
「そうね、それが良いわよ。無理、無茶、無謀ってのは冒険者が一番やっちゃ駄目な事だから尚更ね」
「ん~………そうですね。それじゃあ暫くはランクDで様子見でもしときます。今日は有り難う御座いました」
先程までとは打って変わって、朗らかな雰囲気で別れの挨拶を告げると、エイトはギルドを後にして市場で椿油を売っているであろう独身三人組の下へと歩を進めた。




