糞豚領主
ジュード達にポテトチップスを出した後は、野菜やラウール湖で取れた魚の天麩羅、そして再度ジャガイモを使用したフライドポテトを順に振る舞う。
それらの料理を、ジュード達は様々な感想を口々に述べつつ堪能していた。
もっとも、天麩羅につけるつゆが無かった為、味つけは塩のみであったが。
だがそれでも、やはり今まで食した事のない食感と味には全員が驚いていたのは間違いなく、この料理を貴族を招待したパーティーで出せば、いい宣伝になるとエイトは確信した。
勿論、それはジュードも同様だったようで、先程まで幸福そうな笑みを浮かべていた顔を真剣なものに変えて、エイトに視線を向けて口を開く。
「エイトさん、ありがとうございます。汚名返上をする機会を与えてくれただけではなく、客が来なくなった村の為に、このような新たな料理まで教えて貰って………感謝の言葉だけでは足りない程の恩を授かりました」
貴族であるジュードが、自身の雇った者……つまり、コック達の目の前で、平民のエイトへと向かって深く頭を下げる。
その事にコック達三人は、目を見開いて驚きを露にする。
貴族が平民に頭を下げるなどという事は、通常………否、絶対にあり得ない事態だからだ。それを目の当たりにすれば、驚くのも無理からぬ事だと言える。
貴族が格下の者に易々と頭を下げていたら、自身を軽んじられ、領地を蹂躙する者が出現するかもしれない。それ故、貴族は貴族然とした口調、仕草、平民に対する態度、等々を常に注意しているものだ。
しかし、そんな事は関係ないとばかりに頭を下げるジュードは、やはりそれがジュードの性格を表しているのは間違いなかった。無論、そんなジュードを甘いと断じる者も存在するだろうが。
(とはいえ、だからこそ俺はこの人達に力を貸そうと思えるんだよな)
そう内心で考えつつ、エイトはジュードに向かって首を左右に振り、言外に気にするなと告げる。
そんな二人を眺めていたアランは、先のジュードの言葉の意味を尋ねる。
「客が来なくなった村の為に、ってのはどういう意味だ? この料理は貴族を招待するパーティーの為の物だろ?」
「「……………………………………………………………………」」
「「「…………………………………………………………………」」」
心底不思議そうに尋ねるアランだったが、その言葉を聞いたジュードとエイトの呆れた視線が自身に注がれると、また失言だったかと焦ったように右手で口を押さえる。
ちなみに、コック達も同様に呆れていた。今のジュードの発言で、何故理解出来ていないのかと。
「………兄上………頼みますよ……もう少しでいいのです。ほんの少しだけ物事を深く考えるようにして欲しいのですが……」
「いや…………は、ははは、確認の為に聞いたんだよ。本当は理解してるさ……いや、マジで」
「「「……………………アラン様…………………」」」
アランの弁解、それに対して米神を一斉に押さえて俯くコック達。
そんな光景を、エイトはどこか微笑ましそうに眺めつつ、恐らく、モーガン家では日常の光景なのだろうと内心で苦笑する。
ともあれ、アランの疑問に答えるべく、多少立ち直ったジュードが口を開く。
「兄上、モーガン家が今どのように世間で思われているかご存知ですか?」
「あー……あれだろ? 自分の統治する村を蹂躙された弱者の貴族、だろ?」
アランの言葉通り、庶民や貴族の間ではそのように噂されている。
しかも、蹂躙されておいて何故モーガン家がお家断絶されないのかと疑問に思われ、ごますりが上手いのだろうと嘲笑されているのがモーガン家の現在だ。
その事をよく理解しているジュードは、苦々しい表情で頷く。
「はい、それだけではないですが……まぁ、概ね間違いないではないです」
モーガン家の現状が許せないのだろう。
それを表すかのように、ジュードは自身に残された左手を強く握り締めると、言葉を続ける。
「その結果、モーガン領内で活動する冒険者や商人が激減しました。しかも、ブラント村に来る者は皆無です。………例外として、噂を知らなかったエイトさんが来ましたが………まぁ、それは私達にとっては幸いでしたね。ですが、自身の領土を満足に守れない貴族が治める場所には、普通は誰も立ち入ろうとはしません。……盗賊に襲われたい者など居ませんからね」
「まぁ、確かにそうだわな。普通は危険を避けるものだからしょうがない」
本当は悔しくて仕方がないのだろうが、事実は受け止めなければならないし、そうしないとこれからの未来を冷静に判断出来ないと考え、アランは渋々頷いて溜め息を吐く。
しかし、そんなアランの様子とは反対に、先程までの暗い表情を一変させたジュードが、まだ少しだけ残ったフライドポテトを指差して断言するように声を明るいものにする。
「その誰も来なくなった現状を打破するのが、エイトさんの料理です。確かに兄上の言う通り、貴族を招待するパーティーに出す為の物に違いありません。………ですが、もう一つの理由があるんです。それは、パーティーでこの料理を食した貴族達が、自慢しない筈がないではないですか。新しい物が大好きな人種が多いのが貴族ですよ。絶対に、エイトさんの料理は噂になる筈です。………そうすれば、自分も食べたいと思う者達が沢山ブラント村に来るでしょうね。襲撃を受ける以前のように沢山の人達が」
そう、実はエイトの作戦には、表向きの理由として復讐の為というものがあった。しかしもう一つ、村を復興させるというものも含まれていたのだ。
勿論ジュードの言うように、絶対上手くいくとは断言出来ない。だが、それでも何もしないよりは現在の状況を好転させる事が出来るのではないかと、エイトは密かに考えていた。だからこその策。だからこその椿油。だからこその新たな料理なのだ。
それを理解したアランは、エイトの策の深さに驚き、目を見開く。
そして、うっすらと涙を流し、嗚咽を抑えながら、喉から絞り出すようにしてエイトへと声を掛ける。
「エイト、感謝する。……この度の恩、必ずや………必ずや………モーガン家の長男として、返させて頂く。………すまん……ありがとう……」
アランからの純粋な感謝の言葉。
それに驚くエイトだが、大の男が涙を流しながら頭を下げているのだからと、何時ものようにからかいはせず、紳士に受け止める。
「魔物の解体の指導や、良い狩場の案内をして貰ったんだ。それだけで充分だよ。それに、なんの飾りっ気もない純粋な感謝の言葉だけで、お釣りがくる程さ。俺達は友達だろ? なら、尚更恩なんて返さなくても良いよ。当然の事だから」
エイトの言葉を聞いたアランは、何とか堪えようとしていた涙を止められなくなり、溢れさせるように流す。
「馬鹿野郎………オレは貴族だぞ、受けた恩は絶対に返すからな…………分かったか、馬鹿野郎………ありがとな、馬鹿野郎…………」
アランに馬鹿野郎と言われても、エイトは何時ものように言い返したりはせず、ただただ優しい声音で、分かったよ、と告げると頷いた。
時を少々遡り、エイトが料理をし始めた頃。
モーガン領の隣の領地を治める貴族は、稀少な魔物の肉を使った料理を口一杯に頬張りつつ、目の前に立つ男の報告に耳を傾けていた。
ジュードとアランが豚だと揶揄していた通り……いや、それ以上の体格をしている。恐らく、150kgを余裕で超えるだろう。
「遠目から確認したところ、ブラント村には外部からの人間は全く見受けられませんでした。恐らく、盗賊にいいように蹂躙させた貴族が治める村では、安心して過ごせない為、誰も立ち入ろうとはしていないようですね」
「そうか、そうか。そろそろ蓄えも尽きるだろう。………陛下がさっさとモーガン家を取り潰しにしていれば、既に我が物になっていただろうに。無能がトップに立つと、こうも下の者が苦労するはめになる。実に嘆かわしい事だ」
自身が仕える国のトップである国王を無能呼ばわりする男の名は、ピート。ピート=ブレイク=ド=テイラーというテイラー領に住む住民にとっては最悪の領主の男だ。
事実として、ピートは領民から多額の税を取っており、少しでも逆らう者は不敬罪として処罰し、気に入った女を見れば無理矢理手込めにしている。
無論、裏で反抗を企てる者は無数に居たのだが、自身の配下を使い表に出ないように内密に暗殺していた。
はっきり言って、最低最悪の貴族だと断言していい。
そんなピートの前に立つ男の名は、セオドア。誰あろうジュードの右腕を斬り落とした人物だ。
そのセオドアに向かって、ピートがニヤニヤとした笑みを浮かべて口を開く。
「温泉が………モーガン領が我が物となったあかつきには、約束通りお前をテイラー家の剣術指南として迎えよう。無論、それ以外にも褒美を用意しておく。楽しみにしているがいい」
「ありがとうございます。では、これにて失礼します」
ピートと同様に下卑た笑みを浮かべ、セオドアは室内を後にした。
「もう少し、もう少しだ。漸く金のなる木が、我が物になる。そうすれば、組織での我の立場も今以上のものになるだろう。……実に待ち遠しいものだな」
自分以外には誰も存在しない室内で、ピートはそう遠くない自分の未来を思い浮かべ、嬉しそうに笑う。
道化の魔術師が罠を張り巡らし、地獄へと手招きしているとは知らず。




