ふと冷静になると…………
土砂降りの雨の中、エイトは新たに錬成出来るようになったゴーレムと、そのゴーレムの武器の強度を確かめる為に、ブラント村の外へとやって来ていた。
もっとも、強度を確かめる為とはいえ、魔物と戦闘を行う訳ではない。ゴーレムに武器を持たせ、木に向かって打ち込みをさせるのが目的だ。
その確認作業なのだが、それぞれの武器につき一撃で終了することになった。
何故なら、余りにも強力な一撃のため木が一撃で両断、あるいは粉砕されてしまい、判断のしようがなかったからだ。
何時ものエイトなら納得いかない事実だろうが、現在のエイトは乱心中のため、嬉しそうに叫ぶ。
「粉砕、玉砕、大喝采!!! はぁーはっはっ!」
エイトの高笑いに呼応するように、ゴーレムは巨大な日本刀を振り回す。
「凄いぞ! 美しいぞ!! 新たなるゴーレムよ!!! お前の名は、ゴーレムゴライアスに決定だ! はぁーはっはっはっ!!」
確かにエイトの言葉通り美しくもあるのだが、そんなゴーレムゴライアスを目の当たりにしたエイトの脳内には、既に強度の確認作業という言葉は消えてしまっているようだ。
この場に誰かが居れば、エイトの乱心も止まるかもしれないが、残念ながら誰も居ない。その為、暫くはそのまま高笑いが辺り一帯に響き渡ることになった。
高笑いをし続けた後、冷たい雨のお陰で多少冷静になったエイトは、少し恥ずかしそうに宿屋へと戻り温泉に浸かっている。
それも当然と言えば当然だろう。高笑いをしている最中のエイトは、まるで某カードゲームに登場する社長のようになっていたのだから。はっきり言って、エイトの新たな黒歴史だと断言していい。
「……………………………………恥ずかしっ! 誰にも見られてないよな?」
先程までの自分を脳裏に浮かべたエイトは、苦虫を口一杯にしたような表情で顔色を真っ赤にさせる。
土砂降りの雨が幸いして、乱心中のエイトの姿を見たものは一人だけで済んでいる。その一人は、宿屋の主人だ。
エイトの乱心を見た主人は、子供が嬉しそうに笑う姿を微笑ましそうに眺めていただけで、変な目で見てはいなかった。因みに、エイトは乱心していた為、その事実を知らない。
それ故、宿屋の主人とどんな顔をして会わせれば良いんだと内心で盛大に叫ぶ。
ともあれ、先程までの自分を自身の記憶から消すかのように髪を乱暴に洗い、エイトは温泉から上がる。
そして、この日初めての食事を食堂で摂ると早々に眠りについた。
一夜明けてまだ早い早朝に、エイトは既に目を覚ましていた。
昨日は早い時間に寝てしまったことも要因の一つなのだが、やはり新たな黒歴史の1ページを作ってしまったことが大きな理由となって早くに起きてしまったのだろう。
事実、エイトは起きて直ぐに頭を抱えるようにして、昨日の高笑いをしている自分を思い出してしまっている。
「忘れなくちゃ駄目だ、忘れなくちゃ駄目だ、忘れなくちゃ駄目だ」
誰にでも忘れたい過去というものは存在するものだが、流石に酒も飲んでいないというのに昨日のエイトのようになる人間は少ないだろう………と言うより、いないと言った方が正しいかもしれない。
そんな寝起きのエイトが一人悶えていると、まるでエイトが起きていることを事前に知っているかのようなタイミングで扉をノックする音が室内に響き渡った。
そして、ノックした人物は部屋の主の返事を待たず、当然のように扉を開け室内に入って来た。
勿論、そんな無礼な振る舞いをする者は、エイトの知人に一人しかおらず………………。
「よぉ、エイト。今日は早くにお目覚めのようだな」
「兄上、無礼ですよ! ノックした意味がないではないですか!」
「へいへい、すいませんね。まぁそんなことより、エイト、油が完成したぞ」
礼儀正しいジュードと、そんな弟とは正反対のアランのやり取りによって、頭を抱えていたエイトは 誤魔化すように手を天井に届かんばかりに伸ばし欠伸の真似をする。
アランやジュードは昨日のエイトの錯乱した姿を見てはいないので気にしすぎだと思うが、エイトはいたって真面目に起きたばかりだという演技を続け、次いで油が完成したことに素っ気なく返事を返す。
そして、その油を確認するために領主館へと移動した。
「これが昨日完成したばかりの油です! 従来の油よりも臭いが抑えられていて素晴らしい出来ですよ!」
ジュードが若干興奮しつつ、胸を張りならがらエイトに油の入った容器を差し出した。
確かにジュードの言葉通り、エルドラドに存在する従来の油とは一線を画す出来だと言える。とは言え、それは食用の油としては、という註釈は付くが。
本来椿油とは、食用にも美容のためにも使用出来る物である。だが、美容のため……つまり、髪や肌に使う場合には、もう少しろ過する必要があるだろう。
しかし、今回の目標は食用の油の製造だ。そうなると、今エイトが手に持っている油で充分だと言える。
「うん、確かに上等の出来ですね。あとは、この椿油を量産して市場に流すことが大事です。できれば早い内に」
「あぁ、それなら既に作業員に指示を出している。一週間でそれなりの量を確保できる筈だ」
「アランにしては仕事の要領が良いね。少し見直したよ」
「うるせぇよ! ホント憎たらしいガキだな、お前は…………しっかしよぉ、エイト、これで確かに隣の糞領主がちょっかい出してはくるだろうけどよ……本当に一ヶ月以内に襲って来ると思うか? 流石にエイトが言うように襲って来る時期をコントロール出来るとは思えねぇんだが………」
いつブラント村が襲われるか分からない状況で警戒を続けるよりは、エイトの言うように襲撃の時期をコントロールできた方が楽ではある。短期間の内だけ集中して警戒する方が、警備している者達の集中力が増すからだ。それに、襲って来るのが事前に分かっていれば、いくらでも対応策を練られるというものである。
しかし、それはアランの言う通り、コントロール出来ればということに他ならない。アランの疑問ももっともだと言える。
エイトはそんなアランの疑問に、不適な笑みを浮かべると勿体ぶったようにゆっくりと口を開く。
「重要なのは二つ。……先ず初めの一つは、モーガン領の近くで一番大きい市場を有するブリッツの街で大々的に販売すること。魔物の素材からではなく、別の物から作り出したと声高に宣伝しつつ、従来の油よりも半分の値段でね。ここで大事なのは、モーガン領で製造された事を曖昧にすることだ。………そして二つめは、椿油が庶民に広く認知されてから、モーガン領の周辺の貴族を招待して、椿油を使用した新しい調理法で誰も知らない料理を食べさせるというパーティーを開くこと。勿論、招待状にそのことを書くことが大事だよ。それからここでも大事なことがあるんだけど、招待状を出した後、ブラント村の中で噂話を住人にさせることだ。貴族を招待するパーティーで、市場に流れ出した新しい油がブラント村で製造されていることを発表するってね♪」
エイトはここまで説明した所で一度区切り、ジュードとアランがついてこれているかどうかを確かめる。
そして、二人が真剣な表情で小さく何度も頷いている様子を見て、理解出来ていることを確認すると再度続きを話し出した。
「ここまでやれば、まず間違いなく隣の領主は襲撃を掛けて来る筈だ。………パーティーが開かれる前にね。それこそ、死に物狂いで襲って来るだろうと思うよ」
「そうか! それなら襲撃される日が数日まで予測できますね!」
「……………………………………………何でだよ………パーティーの後かもしれねぇだろ?」
ジュードは、エイトの作戦を理解したようだが、ジュードとは反対にアランは納得できていない様子だ。
そんなアランに、エイトとジュードの冷たい視線が注がれる。
「な、何だよ! だってそうだろ!? 別にパーティーの後でも良いし……って言うか、パーティーで本当にモーガン領で油を作っているのか確認してから襲えば良いだろう! その方が確実だろうが!」
顔を引きつらせながら、アランは捲し立てるように一気に疑問を投げ掛ける。
だが、アランの言うようにパーティーの後に襲うのなら、隣の領主の立場から考えると手遅れだと言える。何故なら、油の新しい製造法をモーガン領の領主が発見したのだと沢山の貴族に認知させることになるからだ。
そうなるとアランが述べたように、パーティーで本当に油をモーガン領で製造しているかを確認した後に襲撃したら、明らかに隣の領主が人を雇い襲わせたのだとパーティーに参加した者全員に報せるようなものだ。もっとも、襲撃して油の製造法を知った後、隣の領主が直ぐに声高に自分も予め知っていた等と言わなければ良いだけなのだが。
しかし、金のなる木である温泉を力ずくで奪い、安易に自身の物にしようと企む者が、製造法を力ずくで奪った後、騒ぎがおさまるまでの長期間待てるのだろうか。いや、まず間違いなく我慢出来ないだろう。直ぐに油の製造に着手したい筈だ。
ならば隣の領主やの立場ならどうするのが一番良い手になるのか。それは、パーティーが開かれる前に襲撃し、製造法を知ったうえでブラント村の住人と領主であるジュードを皆殺しにするのが最善手になるだろう。
そうすれば多少の不自然さは残るものの、金にものを言わせ、商人や貴族を買収して最初から流通し始めた油は自分の物だと宣伝させれば良い。それで隣の領主は万々歳だ。
エイトとジュードは、噛み砕いてそれらの説明を呆れた表情を浮かべつつアランにする。
「あぁ………なるほどな。なら、最初からそう言えよな」
「「はぁぁぁぁぁ」」
「何なんだよ、その失礼な反応は!!」
ジュードとエイトがお互いに視線を合わせて深い溜め息を吐くのを見たアランは、顔を真っ赤にして文句を言う。
だが、エイトの説明だけで普通の人間なら理解出来そうなものだ。しかも、アランは世間一般の者よりも高い教育を受けた貴族なのだから尚更だ。
「ジュードさん、こんな奴が兄で大変でしょう?」
「分かってくれますか……エイトさんの仰る通り、物凄く大変なんですよ。……物凄く……」
アランの文句を無視しながら、エイトはジュードを労うように優しい声音で尋ね、その問いに心底疲れた様子で答えるジュード。
そして、そのやり取りを聞いたアランは更に顔を真っ赤にし、強く握り締めた拳をプルプルと小刻みに震わせる。
そんな即興のコントが暫く繰り広げられた後、アランが勢いよくソファーから立ち上がる。
「まったく、頭だけ鍛えた奴は嫌味でいけねぇな! エイト、さっさと狩りに行くぞ! オレが体の方を鍛えてやる!!」
アランはエイトに宣言すると、いち早く室内から出て行く。
そんなアランの背中を眺めつつ、エイトは少々いじり過ぎたかなと苦笑しながら後を追った。




