乱心中
「……すげぇ雨だな」
まるでバケツを引っくり返したかのような雨が際限無く降り続く様子を見て、エイトは渋面で天を睨み付ける。昨日アランから告げられた驚愕の事実によって、少々不機嫌になっているからに他ならない。
その内容は、ウォーターリザードが浅瀬には姿を見せないということ。つまり、エイトがやっていた地引き網漁は無駄だったのだ。
ならばどうウォーターリザードを狩れば良いのか。それは、ウォーターリザードのエサを浅瀬に投げ込めば良いのだ。
実は、ウォーターリザードは雑食であり、水草も魚も、陸上の生物でもなんでも食べてしまう。だが、その中でも陸上の魔物は好んで食べる為、ウォーターリザードを狩る場合、冒険者達の間では陸上の低レベルの魔物を浅瀬に投げ込み、ウォーターリザードを誘き寄せる方法が好んで使用されている。
そのことをアランから聞いたエイトは、明日こそ倒してみせると意気込んでいたのだ。
しかし、生憎の土砂降りの雨の中では冒険者活動もする訳にもいかず、天を睨み付けた後は溜め息を吐くだけに終わる。
「温泉にでも入ろうかな………いや、折角だし新しいゴーレムを錬成できるように特訓しよう」
沈んだテンションを上げる為に、エイトは明るい声を意識して出して呟く。
そんなエイトの今現在の錬成できるゴーレムの種類は以下の通りだ。
〇ゴーレムサンド〇
防御力は砂のため皆無だが、敵を撹乱させたり動きを抑制させることはできる。寧ろ、それ以外には使い道は無いが………。
身長140cm。
最大制御数は、現在80体。
〇ゴーレムロック〇
砂のゴーレムサンドとは違い岩で出来ている為、ある程度の強度を持っている。そして、エイトの錬成できるゴーレムの中では最強のパワーを誇っている。
しかしパワーとは反対に、スピードは最も遅い。しかも、数回敵を殴ると自身のパワーに耐えられず破損してしまう。
身長2m。
最大制御数は、現在50体。
〇ゴーレムカヴァリエ〇
厚さ15mmで出来た青銅製の鎧のゴーレムであり、同じく青銅製のカイトシールドとロングソードを装備したゴーレム。
関節の稼働域は人間よりも若干広い。しかも、胴鎧の部分は複数の板が連結されている為、前屈も問題なく出来るので、エルドラドに現存する鎧より動きやすい。それ故、一部の高ランク冒険者に注目されている。
因みに、装備の盾や武器は自由に変更出来る。
身長170cm。
最大制御数は、現在40体。
〇ゴーレムシュツルム〇
厚さ3mmで出来た鋼鉄製の鎧のゴーレムであり、同じく鋼鉄製の日本刀を想像させる30cm程の長さの3本の鉤爪を、両手のガントレットから自由に出したり収納したり出来る。
ゴーレムシュツルムはスピード特化の為、薄い装甲であり、人間が装備する鎧とは明らかに異なる形状をしている。腕、足、胴体、それら全てが異常に細長く、ゴーレムカヴァリエが人間と大差ない形状をしているのと比べれば圧倒的に異常な外見をしている。
身長2m、腕は地面につくかと思う程長い。
最大制御数は、現在20体。
パワー特化やスピード特化、そして両方を兼ね備え、尚且つ汎用性に優れたゴーレム。
そんな複数のゴーレムを今までに錬成できるようになったものの、まだまだゴーレムの可能性は広い。事実、鋼鉄製でのパワー特化という手段もあれば、汎用性の高いゴーレムカヴァリエを鋼鉄製にするという手段もある。
だが、やはり今は一番必要なゴーレムを錬成できるようになるのが良いだろう。あれもこれもと手を広げるのは悪手だと言えるからだ。
エイトもそう結論を出したようで、脳内でイメージを固めつつ、紙にゴーレムの絵を描き始めた。
「やっぱり、防御力が高いのが良いなぁ。それに、間合いが広ければ尚良いし。……そうなると、槍を装備した厚い装甲の鋼鉄製のゴーレム……そのゴーレムに、これまた分厚くて巨大な盾を装備させるのが良いと思うんだけど………」
羽根ペンを淀み無く動かしていくが、完成間近になって、ゴーレムを描いた紙をくしゃくしゃに丸めて溜め息を吐くエイト。
どうやら今考えているゴーレムならば、ゴーレムカヴァリエを鋼鉄製に変更して武器を槍にした方が効率的なのではないかという結論に達したようだ。
しかし、ゴーレムカヴァリエは汎用性を重視したゴーレムなのだから、装甲を厚くしたりするとスピードも遅くなりゴーレムカヴァリエの上位互換とは言えなくなるだろう。そう考えると、先程描いたゴーレムは悪くない筈だ。
だが、エイトには今一つピンと来るものがないようだ。
「う~ん、何か足りないんだよなぁ。…………………そうか! 槍は槍でも、突くためだけの槍じゃなければ良いんじゃね!? テンション上がってきた!!」
渋面だった顔が一気に明るいものへと変貌する。
そしてその勢いそのままに、巨大なハルバートを手に持つ重厚なゴーレムを描いていく。その絵が完成すると、今度は代えの武器を二つ。一つは、これまた巨大なハンマー。最後の一つは異常な長さの日本刀で、実物にすると3mに届くのではという長さの物。
それら全ての絵を描き終わったエイトは、満足そうに息を吐くと、紅茶を淹れて一息つく。
「今構想段階のゴーレムがオークキングと戦った時に錬成出来ていたら、かなり楽な戦闘になってただろうなぁ。まぁ、今だからこそ錬成出来るだろうけど、以前なら絶対に不可能だっただろうし、愚痴っても仕方ないことだけど」
確かにエイトの言葉通り、今構想段階のゴーレムならば容易にオークキングを葬れたのは間違いない。
何故なら新しいゴーレムは、一撃必殺を胸としたゴーレムだからだ。汎用性、スピード、そんなものなど関係ないとばかりに設計されているのだ。流石のオークキングでも、一撃を喰らえば良くて瀕死、悪ければ即死間違いなしだろう。
しかしそのゴーレムにも、やはり決定的な欠点は存在する。それは、スピードだ。恐らく、現在のゴーレムロックよりも遅くなるのは免れない。
だが、それを補って余りあるほど、一撃の威力は驚異的になるだろうとは予想出来る。
要は使い方次第になるだろう。
「良し、休憩は終わりだ! 早速錬成してみよう!」
新しいゴーレムの制作は、エイトにとっては魔法の修練ではなく娯楽なのかもしれない。
実に生き生きとした表情で、魔力を体から漲せながら呪文を紡ぐ。
するとエイトの意思に答えるように、巨大な魔素の塊が一つ現れ、やがて天井に届かんばかりの鋼鉄製のゴーレムが出現した。
「うひゃ~、でっけぇな! はっはっはっ、見た目も上等だ!」
エイトは一頻り新たなゴーレムを眺めると、ゴーレム自身を軽く動かさせる。膝を曲げ屈ませたり、腕や手の動きを確かめ、時には上半身を捻らせてみたり。様々な態勢を取らせ、関節の調整を少しずつ修正させていく。
そして二時間程掛けて修正が終わると、エイトの目前にはまるで神話にでも登場していそうな立派な姿へと変貌したゴーレムが仁王立ちしていた。
全長3m、鎧兜の厚さは30mm、桜の花びらの形の装飾が全身に刻まれた鋼鉄製のゴーレム。もはやこの新たなゴーレムからは、ある種の神々しさすら感じさせられる。
そんなゴーレムを満足そうに見つめるエイトは、疲れた様子を微塵も見せず、ワクワクとした表情で口を開く。
「良いねぇ! 最高の出来だ! 今は調子が良いし、この勢いのまま武器の錬成もしとこう!」
朝から食事も摂っていないというのに、エイトは一切疲れた様子を見せない。それどころか時間が経過すればするほど、どんどん集中力が増しているようだ。
ランナーズハイならぬ、錬成ハイとでも言ったところだろうか。
ともあれ、エイトは錬成しているゴーレムを魔素に戻して消すと、今度は武器を錬成する。
先ず最初に錬成されたのは巨大なハルバート。次いで錬成されたのは、同じく巨大なハンマー。そして最後に、3mという異常な長さの日本刀。
「重っ!? はははっ、全部持てねぇ! これじゃあ、強度が大丈夫かどうか確かめるのは無理だな!」
普通に考えて当たり前のことなのだが、エイトは錬成した武器を持ち上げることが出来ないでいる。
しかし何が面白いのか、実に楽しそうに笑いながら、武器を手で優しく撫でる。傍から見ると異常者にしか見えないが、錬成ハイになっているエイトは全然気付かない。宿屋の室内なのだから大丈夫だが、室外であれば警備兵を呼ばれること必須だろう。
そんなエイトは、異常なハイテンションそのままに、錬成していた武器を消して土砂降りの雨の中屋外へと出る。
そして、ニヤニヤとした笑みを浮かべたまま高笑いをしつつ、ブラント村の外へと姿を消して行った。
一方エイトが錯乱状態になって村を飛び出した頃、領主であるジュード=ブラント=ド=モーガンは、薄暗い油の製作所内に居た。
そのジュードは、どこか落ち着かない様子で、ろ過している最中の油の前を、右に左にと行ったり来たりしている。
「まだですかね………油のろ過とは時間が掛かるものですねぇ」
落ち着かない様子でブツブツと愚痴を言うものの、実はろ過し始めて五分も経っていないのだから当然だ。
普通に考えて、そんなに早く終わる筈がない。ジュードの周囲に居る家臣達は一様に小さくそう呟く。勿論、主人であるジュードに聞こえない小さな声で。もっとも、今のジュードには通常の声量でも聞こえはしないだろうが。
それはそうと、温泉という金のなる木があるブラント村に、新たに富を運ぶであろう存在が誕生するのだから、ジュードのソワソワとした領主らしからぬ様子も仕方がないのかもしれない。
「………おぉぉぉぉおおおおおおお!? 不純物が一切ない、黄金色の油が出てきましたよ!! 素晴らしい!! 正真正銘、本物の油です!!」
ろ過されて垂れて来た黄金色の油を見た瞬間、ジュードは歓喜の咆哮を上げる。とても領主とは思えない姿だ。
そんなジュードに触発されたように、今まで落ち着いていた家臣達も、流石に油を目の当たりにしたら同じように騒ぎだした。
ジュードが異常に落ち着かない様子を見せていたからこそ、家臣達は落ち着いて居られたのかもしれない。所謂、パニックになるような状況で、実際にパニックに陥っている者を見て自身の心を落ち着かせるというものと同様だったのだろう。
しかし、油を目の当たりにすると、興奮せざるを得なかったらしい。
「お館様、やりましたね!」
「おめでとう御座います!」
「隣の糞豚領主にヤられてから、この村には誰も近付く者がいなくなっていました。ですが、エイトさんの知識によって、モーガン領に新たな特産が誕生しました。………これによって、また糞豚領主がちょっかいを出してくるでしょう。………だが、今回は返り討ちにして、前回の件を吐かせ、陛下からの信頼を取り戻す!! 皆さん、遠慮は無用です!! 徹底的にヤりますよ!!!」
「「「「おおおおおおおおおお!!!!」」」」
怒り、悲しみ、喜び、様々な感情を爆発させるジュードと家臣達。 一種独特の雰囲気が、油の製作所内に充満する。
彼等の復讐の時は近い。
しかし、急いてしまうのは悪手であるのは間違いない。
その為、この場に居合わせたアランが、諭すように静かに、だけれども力強い印象を与えつつ忠告する。
「あー、お前ら全員落ち着け……熱くなるのも分かるけどな。先ずは油の量産だ。そして、その油を市場に出す。…………それから、油の製造方法を強攻手段で聞き出そうとしてくるだろう父上の仇を……確実に討つ!!!」
エイトと会話している時とは違う憤怒に染まる表情で言葉の最後を締めくくると、アランは作業員達に量産の指示を出してジュード達より一足早く製作所を後にした。
そして残ったジュード達は表情を引き締めると、お互いに視線を交わらせ一度深く頷く。
「兄上の言う通りですね。急いては事を仕損じるともいいますし、冷静に心に火を灯して頑張りましょう」
「「「「はい!!」」」」




