なんだかんだ言いつつも、仲の良い二人
長湯でリラックスし過ぎた影響か、エイトは昼過ぎまで爆睡してしまった為、慌てた様子で領主館へと移動していた。
ジュード達は既に椿の種から油を作っている最中だろう。
そんな風に考えながら、館に到着したエイトは門の前に立っていた警備兵に声を掛ける。
「こんにちは。ジュードさんと会う約束をしていたエイトです。ジュードさんはいらっしゃいますか?」
「あぁ、君が………。お館様は目の前の建物の中にいらっしゃる。急いで行ってくれ」
ジュードから説明されていたのか、エイトが名乗ると直ぐにジュード達が居る場所を教えてくれる警備兵。
しかし、エイトのことを疑っているようで、訝しげな視線を向けている。警備兵としての練度が高いからこそ、簡単に人を信じる事はないのだろう。地方領主の抱える兵士にしては、中々に訓練されているのが伺える。
その警備兵の訝しげな視線を感じたエイトは、その視線を向けてきていた兵士を感心しながら、教えられた場所へと移動する。通常の人間ならば苛立つものだと思うが、エイト本人は気にしないようだ。レベルが上がった事により、心に余裕が出来ていたからかもしれない。あるいは、他人にどう思われても構わないと考えているのか。
ともあれ、警備兵に教えられた場所へと辿り着いたエイトは、窓が一つも存在しない建物の入り口を塞ぐように立つ兵士二人に声を掛ける。
そして、先程の警備兵と同様に、訝しげな視線をエイトへと向けるものの、やはりジュードから説明されていたらしく、直ぐに中へと通された。
すると、エイトの姿を薄暗い室内で目敏く見付けたジュードが、笑みを浮かべて歓迎した。その笑みから、どうやら油の製造は上手く進んでいるようだと分かる。
「エイトさん、昨日は余程疲れていたようですね」
「すいません、温泉でリラックスし過ぎました。どうも気持ち良すぎて、長湯してしまいましたね」
「ははは。そう言って貰えるのは、領主としては嬉しいかぎりですよ。……それはそうと、油の方ですが……椿の種をペースト状にした物を、今から圧搾する所です。……皆さん、お願いしますね」
ジュードはエイトへと軽く説明した後、作業員の者達に指示を出す。
それを受けて、屈強な体格をした男の三人が、直径60cm程の木製の筒の中に、ペースト状にした椿の種を入れていく。
そして、全てを入れ終わると、筒にスッポリと納まる大きさの岩を入れて圧搾する。その岩は、緩やかに筒の奥深くへと沈んでいき、暫くして、姿を完全に筒の中に消した。
「もう良いでしょうか? いや、もう少し加圧しますか?」
ソワソワと落ち着かない様子でエイトへと尋ねるジュード。早く確かめたくて仕方がないと言った様子だ。
そんなジュードを見たエイトは、苦笑しつつ、筒の下に開けられた穴に付けられているコルクを抜く。
すると、黄金色をした美しい椿油が溢れだしてきた。
それを見たジュードは、更に興奮した様子で、鼻息荒く、搾り出した椿油を手で触れて、テイスティングし、じっくりと確かめるようにしている。その様子は、まるで子供。
傍に居る、見た目が子供のエイトが落ち着いているのを見ると、余りに不思議な光景だ。
「おぉ、凄いですよ!! まさしく油です!! 素晴らしい!!」
興奮が限界突破したかのような様子のジュードは、身振り手振りで製造されたばかりの油を絶賛する。
しかし、まだ完成した訳ではない。この次の工程……つまり、ろ過し終わった後、軽く熟成させ、仕上げにもう一度ろ過をする。
それら全てが終了して、椿油の完成だと初めて言えるのだから。
勿論、エイトからその事を説明されていたジュードではあったが、油を製造出来たという実感が強すぎた為に、今のような状態になっているのだろう。
それは仕方がないのではあるが、エイトは苦笑しつつ、冷静にその事を指摘する。
「そ、そうでしたね、少し興奮してしまいた。……ゴホンッ……では、皆さんは油のろ過をお願いします」
「「「はい!」」」
領主を余程信頼しているのか、作業員達は一様に力強く返事を返す。
隣の領主がもたらした惨劇、それによって沢山の悲劇が生まれたのだが、住民は領主のジュード達と共に逞しく乗り越えようとしている。
それを改めて実感したエイトは、眩しそうに目を細めて眺める。
「明日の夕方頃には完成するでしょう。では、俺は狩りに行って来ます」
「兄上は館に居ると思いますので、村の入り口に向かわせますね。エイトさんは、そこで待っていて下さい」
ジュードの言葉に、エイトは軽く頷いて了承した事を示すと、薄暗い室内から出て村の入り口へと足を進める。その際、すれ違う住民達が全員項垂れているのを見て、あれが演技なのだから凄い、等と感心しつつ。
そして、到着してから然程しない内に、アランが気だるげな様子で欠伸を隠しもせずやって来た。
「あぁ~……眠っ! よぉ、お前遅いぞ」
「温泉が気持ち良すぎるのが悪い。なので、俺は悪くない」
自分を正当化する手段にしては雑な説明。
それに対して、アランはもう一度欠伸をして呆れたような視線を向ける。言い訳をするにしても、他にもっとあるだろう、と言いたげな様子だ。
だが、エイトはそんな視線を無視して、ラウール湖へと進み出す。
そんなエイトの背中を見つめながら、アランは昨日の三人での会話を思い出し、先程とは打って変わって真剣な表情を見せる。
やはり、剣士であるアランからすると、未知の剣術を用いるエイトの戦闘を見るのが楽しみなのだろう。もっとも、エイトとしては魔法を使用するつもりであり、剣術に関しては別に秘密ではないため、聞かれれば素直に答えるのだが。
そんな少々の思い違いをそのままに、二人は歩き続け、ほどなくしてラウール湖へと到着した。
そして到着するやいなや、エイトは休憩を取る事もせず、当然のように空間倉庫から網を取り出す。
今までは空間倉庫というギフトを秘密にしていたが、アラン達とは肩を並べて共に戦うことになるのだから秘匿する必要はないということだろう。
「おいおい、お前はギフト持ちかよ!? しかも、レアな空間倉庫!」
「ジュードさんには話しても良いけど、それ以外には秘密だぞ」
突然姿を現した巨大な網に、アランは目を丸くして驚いている。
それもその筈、ギフト持ちは多くはないが少なくない人数は存在している。しかし、空間倉庫というギフトはレア中のレアであり、エイトと同じギフトを持つ者は右手で数える程しか存在していない。
そうなると、アランの驚きも仕方がないものだった。
『岩石の巨人よ、我が魔力を依り代に姿を現せ! ゴーレムロック!』
エイトは驚いたアランをそのままに、呪文を紡ぎつつ魔力を生み出す。
今回のゴーレムロックは、昨日と同様に二体だ。
その二体のゴーレムロックが姿を現すと、エイトが手に持つ網を受け取り、当たり前のように自動で地引き網漁を開始した。
半自立行動ができるエイトのゴーレムにとっては通常通りのことなのだが、初めて見た者からすると不自然極まりない。しかも、剣士だと思っていた人間が魔法を使用したのだから、アランにとっては混乱の極地と言った心境か。
事実、アランはゴーレムロックとエイトの両方に、視線を行ったり来たりさせながらパニックに陥っている。
「なっ!? お、お前、魔術師か!? 魔法が使えたのかよ!? ならなんで剣道とかって名の剣術を身につけてんだ!?」
アランは当然の疑問を矢継ぎ早にエイトに掛ける。
アランの言葉通り、通常の魔術師は剣術を身につけたりすることはない。何故なら、一つの魔法を会得するのに長い時間が必要になるからだ。それなのに、剣術や弓術、はては槍術等と、手を出す者がいる筈が無い。
しかし、それはエルドラドの世界で生まれ育った魔術師なら、だ。
エイトはエルドラドへと来る前は、魔法の存在しない地球にいた。しかも、どが付く田舎に。
そんな田舎では、都会のように遊ぶ施設など存在せず、必然的に遊ぶ内容は限られてしまう。その結果、剣道を身に付けただけだ。もっとも、剣道以外にも、素人よりマシと言った程度ではあるが、弓術も槍術も格闘技も身に付けている。
はっきり言って、エイトはエルドラドの魔術師と比べると異端な存在だろう。生い立ちが違うのだから当然だ。
だが、それをアランに説明するのは躊躇してしまうエイト。
今まで隠していたギフトや魔法は構わないが、流石に自分が渡り人であると簡単に教えるのは憚られる。
それ故、エイトはなんと説明しようかと悩みつつ、地引き網漁をしているゴーレムロックを視界に入れながら内心で考える。
(どう答えるのが良いんだろう………まぁ、別に深く考える必要は無いかな? 人それぞれだし。探せば俺みたいな魔術師も沢山いるんじゃね?)
自分がどれだけ異端かを知らないエイトは、安易に答えを出し、アランに視線を向けると口を開く。
「俺は体を動かすのが好きなんだよ。だから剣道を学んだんだ。アランも頭を使うより体を動かしている方が好きなんじゃない?」
「確かに……って、うるせぇよ!! オレは算術とか一応できるんだぞ!」
「300+200×5÷2は?」
「……………………………………………………………………………400?」
「答えは800だよ。……はぁぁぁ、ジュードさん苦労してるんだろうなぁ」
ぐぬぬ、と唸りながら顔を真っ赤にするアラン。
エイトは知らないが、実は何気なく出した問題は、エルドラドでは高いレベルの問題なのだ。それ故、アランが暗算で簡単に答えられなくとも不思議ではない。
しかし知らないが故に、エイトは遠い目をして湖面を眺める。
そんなエイトに、アランは顔を真っ赤にしたまま、地引き網漁をしているゴーレムロックを見て口元を歪ませながら勝ち誇ったように声を掛ける。
「クククッ、エイトこそ何も知らないんだな。ウォーターリザードは、水深の深い場所にしか居らず、浅い場所に姿を見せることは無い。………その地引き網漁は無駄な行動だな。ハァーハッハッハッ!」
「っ!?」
「どうした? そんなに驚いた顔をして。ん? やっぱり知らなかったのか? ん? これは傑作だ! ハッハッハッ、ハァーハッハッハッ!!」
外見上は子供にしか見えないエイトに、アランは嬉しそうに高笑いをして煽る。
傍から見ていると、どちらが子供なのか疑問に思う程大人げない。
そんなアランの高笑いは何時までも続き、エイトがゴーレムロックをけしかけるまで止まらなかった。




