出会い 自称貴族の男
「それで……? あんたは何で俺について来てるんだよ」
憮然とした表情で、エイトは自身を襲って来た人物にブリッツの街へと帰りながら尋ねる。
先程までは、多量に分泌されたアドレナリンと突然襲われたという状況のせいで冷静さを失っていたが、今は多少落ち着きを取り戻せたようだ。
しかし、それでも今の現状がいまいち理解出来ず、少々呆けたような口調ではある。
そんなエイトに、男は肩を竦めて答える。
「初対面のお前に、そんなに嫌われるような事をした覚えはねぇけどな」
「したよ! メチャクチャしたよ!! 普通は初対面の人に、いきなり襲い掛かる奴なんていねぇよ!!」
男の言葉を聞いた瞬間に、エイトは強い口調で反論する。
それも当然の反論だ。
だが、そんなエイトの反応が面白いのか、男は口元を歪ませ、肩を大きく上下に震わせながら笑う。
「クッククッ、そんなに怒るなよ。沸点の低いアルビノのガキだな」
「アルビノアルビノって、さっきからうるせぇよ! 俺の名前はエイトだ!!」
漸く少しは冷静さを取り戻せたエイトだったが、男との会話が進むうちに、再び怒りを表に出し始めた。
どうもエイトにとって、肩を並べて歩く男とは相性が良くないようだ……いや、と言うよりも、男があえてそういう雰囲気にもっていこうとしているようにも伺える。
要するに、エイトの思考を巧みに操っているのだろう。
男は、エイトが自身の名を口にすると、目深に被っていたフードをゆっくりとした動作で取る。
「エイトか……良い名だ。……俺の名は、アラン=ド=モーガン。……モーガン家の長男だ」
「あんた貴族か!? へぇ、それはそれは失礼しました。わたくしの様な平民が………って、嘘つけ!! 貴族がいきなり襲って来る訳ないだろ!!」
「クククッ、ハッハッハ! いい加減、機嫌を直せよ。あとで菓子でも買ってやるから」
「えっ、本当!? ヤッター! とでも言うと思ってんのか!!」
自身の名を口にして、言外に貴族であると述べるアランに、エイトは直ぐ様反論する。
つい先程まで真剣で切り結んでいたとは思えない様子で、他人から見ると、兄と口喧嘩する弟のように見えるのが不思議だ。
しかし、確かにアラン=ド=モーガンと名乗る男の顔立ちや立ち振舞いからは、おどけた様子はあるものの、一種独特の雰囲気があり、それが貴族なのではと思わせるものもあった。
その金髪に蒼眼、左耳にピアスを付けたアランは、少々可笑しな雰囲気のまま、エイトの歩幅に合わせ進んでいく。
そして、口喧嘩そのままにブリッツの街へと入り、宿屋の癒しの雫亭へと到着した。
アランは、その癒しの雫亭を見上げると、感嘆の声を漏らす。
「へぇ、良い宿屋に泊まってるんだな。ガキの冒険者にしては、たいしたもんだ。まぁ、あの剣の腕ならランクDって所だろうから……いや、ランクDでも厳しいだろ。お前、金は大丈夫なのか?」
まるで当然かの様にエイトと共に宿屋へと入ったアランは疑問を口にする。
そんなアランに向け、エイトは深く酸素を肺に取り込むと、睨み付けながら叫ぶ。
「なんでナチュラルに一緒に入ってんだよ!! あんた何がしてぇの!? 金は大丈夫か、とか、あんたは俺のお袋か!!」
「クククッ、ハァーッハッハッハ!! お、お前、宮廷の道化みたいな奴だな! クククッ、まったく、面白い奴だよ。ハッハッハ」
エイトは真剣な表情で叫んでいるのだが、アランにはそれが面白くて仕方がないようだ。
二人が罵り合ってると……いや、エイトが一方的にアランに向け罵っていると、その声を聞いた宿屋の女将がキョトンとした表情で姿を現した。
「あらあら、珍しいですね。エイトさんが大声出してしいるのを初めて見ましたよ。ははは、仲が良いんですねぇ」
宿屋の女将は、呆けたような表情から一変して笑顔を見せながら、エイトとアランに声を掛ける。
しかし、エイトは女将の言葉を聞いた途端に、眉間にこれでもかと深い皺を作り、嫌そうに反論する。
だがそれさえ女将には、照れ隠しにしか見えなかったようでクスクスと笑うと、アランに向け口を開く。
「お客様はお泊まりで? それともお食事だけですか?」
「そうだな……今日はここで泊まらせて貰う」
「はぁ!!?」
アランが自分と同じ宿に泊まるということがエイトには苦痛だったのか、目がこぼれ落ちる程に見開かれる。
「別にお前の店じゃねぇだろ」
「な……ま、マジでなんなの!? 正論だけど……あんた何がしたいの!?」
なんの目的があるのか尋ねるが、アランは飄々とした様子でエイトの質問を無視し、女将に代金を払う。
「腹が減ったな。エイト、飯を食うぞ」
「それなら食堂の方へどうぞ。今日はトリプルボアの肉がありますので、満足出来ますよ」
「トリプルボアか、珍しいな。それじゃあ、そのステーキを二枚くれ、楽しみだ。……何してんだよ、エイト。さっさと行くぞ」
アランが何を考えているのか、エイトには判断できないようで……と言うよりも、既に思考することを放棄したように呆然としている。
アランは、そんなエイトの襟首を掴み、食堂へと移動する。
そして暫し待つこと数分、テーブルの上に置かれた分厚いステーキを食べながら、アランは先程の飄々とした雰囲気とは違う真剣なもので、訝しげな視線を向けるエイトへと口を開く。
「旨いな、このステーキ。………ところでエイト、お前の剣術は異質な物だった。俺の放った突きを、横に反らすと同時に胴切りをする。別々の動きを同時に繰り出すなんてのは、他の流派にはない。俺の知る限り、という註釈は付くがな」
「なんなんだよ、急に」
「まぁ良いから俺の話を聞け。………体捌きも独特な物だったし、あの胴切り以外にも複数の技があるんだろう?」
真剣な表情のまま言葉を紡ぐアランに、エイトは自分の剣術が目的でついて来たのかと内心で判断する。
すると、先程まで浮かべていた訝しげな表情を一新し、それなら早く聞けよと内心で文句を言いながら、エイトは呆れた表情で口を開く。
「それが聞きたかったのかよ。はぁぁ……そうだよ。あの技以外にも沢山ある。因みに、あの技は切り返し技って呼ばれてるもので、切り返し胴ってヤツだな。って言うか、そんなの珍しくもないんじゃないか?」
「切り返し技………」
エイトからしたら珍しくもない技になるのだが、アランからすると異質な物に見えたようだ。
それもその筈、実は地球の西洋でも日本の剣術は異質な物なのだ。切り返し技、抜き技、かぶり技、等と様々な技が日本剣術には存在するのだが。西洋では、相手の剣を受け止め、確りと防御した後に反撃の一撃を放つのがセオリーであり、敵の一撃を剣先で反らすと同時に切り返したり、体を半歩後ろに後退させ敵の剣が通り過ぎた瞬間に斬るという抜き技は、西洋剣術には存在しない。
とは言え、勿論西洋の剣術にも日本剣術にある意味近く、異質な物も存在する。フェイシングがそうだ。
しかし、それは力に頼るのではなく、技という所、つまりテクニックという一点が似通っているだけではあるが。
ともあれ、このエルドラドでもそれは同様であり、それ故にエイトの扱う剣術は異質な物に見えるのも仕方がないのかもしれない。
「エイト……なんて説明したら良いのか……こう、左肩に剣を乗せるようにしてから、斬りかかる技は知らないか? 俺は、その技を使う流派を探してるんだが……如何せん、なかなか見付からなくてな。独特な剣術を扱うお前なら知ってるんじゃないかと思ったんだが」
「あぁ、それは剣道で言う所の、かぶり技だな」
アランが身振り手振りで見せる剣術を見て、エイトは何気なく答える。
だが、アランはエイトからの返答を聞くと、目を見開いて驚きを露にする。その様子は、エイトが初めてアランに襲い掛かられた当初のような驚きさまだった。
そんなアランの尋ねた技、かぶり技について簡単に説明するが。かぶり技とは、一度剣を自身の左肩まで振りかぶり、そこから放つ一撃のことをかぶり技と言う。
それのどこが技なんだと、聞いた者は疑問に思うだろう。しかし、このかぶり技、実に厄介な技なのだ。
一度振りかぶる事で、当然一撃の威力は上がる。しかも、上段に振りかぶる訳ではない為、左肩に振りかぶった状態から放たれる斬撃は、頭、肩、腕、腹、足、と多種多様な部位に渡る。尚且つ、切り結んでいる相手のリズムを崩す役割も持ち、更にフェイントにもなるのだ。
それ故に、かぶり技とは厄介な技なのだ。
そんな技の説明をエイトから受けるアランは、その技の厄介さを自覚し、渋面で唸る。
「ちっ……それならジュードには荷が重かったのも頷ける。………エイト、そのかぶり技を使う流派は知ってるか?」
「俺が知ってる訳ないじゃん。まだこの世界に来……あーじゃなくって……ともかく、俺は剣術については剣道以外には知らない」
何時もの丁寧な口調ではなく、友人と話す時と同じ口調だったためか、エイトはうっかり自身が渡り人であることを漏らしそうになり、誤魔化すように慌てて言い直す。
そのエイトの慌てぶりに、アランが気が付かなかったのは幸運だった。
それにホッと胸を撫で下ろし視線を下に向けると、エイトは自身の腰にある剣が目に入り、不思議そうに首を傾げる。
そんなエイトの様子を、アランは訝しげに思い尋ねる。
「なんだ? 何かあるのか?」
「いや………アランはかぶり技を自分の目で見たのか?」
「いや、見たのは……弟だ。その弟から聞いた。それがどうかしたか?」
エイトの質問の真意が分からず、突然表情を不思議そうに、喉に引っ掛かる物がなんなのか判断出来ず困惑したような表情を浮かべるエイトに視線を向けて、アランは答えが帰るのを静かに待つ。
すると、数分して、エイトが手を一度ポンと軽快に叩き、スッキリした表情で頷く。
「そうか、何か変だなと思ったんだよな、話を聞いて」
エイトの発言が理解出来ないアランは、何も言わず訝しげな視線を向けことで、先を促す。
「あー、実はな……さっき言ったかぶり技には欠点があって……簡単に説明すると、だ。剣道では、片刃の剣を使うのが普通でな。って言うか、両刃の剣を使うのを前提にした剣術じゃないんだ。まぁ、それでも両刃の剣で充分に剣道の技は使えるんだけど、かぶり技を扱うには両刃の剣は適してないんだよ」
「つまり?」
「両刃の剣でかぶり技を使用した場合、もし勢いよく振りかぶり過ぎて肩に剣が接触したら……」
エイトが意味ありげに言葉を止める。
アランは、そこまで説明されて漸く気が付いたようで、小さく数度頷く。
エイトの説明の意味。それはつまり、両刃の剣でかぶり技を使用した場合、誤って自身の肩を切りつけてしまうこともあるということだ。
それ故、日本刀のように片刃の物が適している筈であり、かぶり技を使用する流派を探すならば、片刃の剣を使っている者を中心に当たった方が見つけやすいということになる。あるいは、片方の刃だけを刃引きしてある剣を使用する者。
「成る程な。クククッ、漸く敵の尻尾が見えてきたって所か」
「敵?」
「ん? あぁ、こっちの話しだ。お前には関係ねぇよ。エイト、助かった、礼を言う。この借りは今度返す」
アランはエイトに真剣な表情で簡単に礼を述べると、目を鋭いものに変え、口元に不適な笑みを見せつつ一足先に宿屋の一室へと消えて行った。
エイトは、そんなアランが溢した敵という言葉に剣呑な雰囲気を感じるものの、漸くアランから解放された喜びを噛みしめるように、目の前のステーキにかぶりついた。




