出会い
林一帯にテリトリーを築いていたコボルトの魔物を全て一掃したエイトは、ゴーレムカヴァリエとゴーレムシュツルムに死体を一ヶ所に集めさせ、討伐証明部位の短い尻尾のみを切り取るだけに留め、死体と尻尾を全て空間倉庫に収納していく。
背丈の高い草むらの中では周囲に危険が迫っていても直ぐには気付けない為、魔物の解体をするのに危険だと判断したからこそだった。
実際、魔物を倒して直ぐに解体を終わらせれば問題ないだろうが、流石に三十体以上にもなるコボルトの死体全てを解体していれば嫌でも血の臭いが周囲に蔓延し、無数の魔物を誘き寄せていただろう。
それを考慮すれば、エイトの判断は間違っているとは言えない……いや、寧ろ正解だと言える。
「今回戦ったコボルトってのは、随分狡猾な奴だった……俺の魔力が平均程度の量だったら、間違いなく俺が殺されてただろうなぁ」
エイトは脳裏で、自身を無数の槍で貫かれた様子を想像してブルリと体を揺らす。
そして即座に、一度だけ大きく首を左右に振り想像してしまった映像と錬成したゴーレムを消し、道化の仮面を外して空間倉庫に納める。
「あのまま時間を掛けていれば良かったんだろうけど……もう少し冷静に戦うようにしないと駄目だな。でないと………」
一度想像してしまうとなかなか打ち消せない様で、またもや嫌な映像が脳裏に浮かび眉の間に深い皺を作るエイト。
だが、既にゴーレムは魔素に戻している為、血の臭いが漂う林に留まるのは危険だと判断し、足早に林の外へと出る。
そして、そのままの勢いでブリッツの街へ向けて歩き始めた。
少々速いペースで歩いている為、見た目には軽快な足取りに見える。しかし、やはりエイトの脳内ではコボルトとの戦闘で一杯だった。
攻撃はシュツルムに任せ時間を掛けてコボルトを倒すのが良かったのか、あるいはコボルト以外の不確定要素を考えた場合は今回は正しかったのか……等々と、色々な戦闘シュミレーションを脳内で繰り広げては自分で駄目出していくエイト。
場合によるが、今回は確かにシュツルムに任せるのが正しかったのだろう。何故なら、事前に戦う相手が分かっていたという事もあるし、今いる平原には強力な魔物は存在しないからだ。それ故、今回の場合はシュツルムに任せ長期戦に持ち込んでいれば、比較的少ない危険の中で勝利を納める事が出来ていたであろうと言わざるを得ない。
ともあれ、そんな風に今回の戦闘の反省をしつつ平原を歩いていたエイトの視界に、エイトと同じくたった一人で歩く人影が映った。
まだエイトが立っている場所からは遠い。その為、男か女か、はたまた異人種なのかどうか判断できないが此方に向かってゆっくりとしたペースで歩く人物を見て、エイトは訝しげに首を捻る。
(ブリッツの街から南に向かう道では、コボルトに襲われるという情報を知っている筈……なのに一人で移動するなんて余程の腕自慢なのか? あるいは、やむを得ない事情で急いでいるのかな?)
ここは平和な日本ではなく、魔物という存在が跳梁跋扈する世界なのだからエイトの疑問ももっともだ。
通常であれば、街から出る際は周辺の情報は事前に仕入れて当然。
で、あれば、エイトの視界に映る人物は余程の腕自慢か、のっぴきならない事情があり街から街へと移動しているのだろうと判断できる。
ともあれ、そんな謎の人物の事情を考えていたエイトの30m程前方で、その人物は足を止めた。
(なんだろう……? 休憩するために立ち止まった様には見えないな)
エイトの疑問通り、謎の人物は立ち止まっただけで特に水分補給をする訳でもなく、腰を下ろす訳でもなく……目深に被ったフードのせいで明確には判断出来ないが、エイトへと視線を向けている様に見える。
事実として、エイトは謎の人物からの剣呑な雰囲気と鋭い視線を感じて思わず足を止め、ローブの下で右手を銅の剣へと乗せる。
そしてそのまま、謎の人物へと向けて警戒しながら声を張り上げる。
「何か俺に尋ねたい事でも!?」
エイトは、ただ此方を警戒しているからこそ剣呑な雰囲気を纏っているのではないかと内心で思案しつつ……否、そうであってほしいと願いつつ尋ねる。
やはり日本で学んだ道徳観では、人と争うという事に否定的なのだろう。
とは言え、勿論エイト自身、相手から向けられるプレッシャーの強さからするに、恐らくは自分を襲おうとしているのだろうとは予想出来ている。
だが、エルドラドへと来て多少は慣れたエイトとしても、完璧にエルドラドに暮らす者達と同様の思考には未だに至れてはいない様子だ。
その考えを、甘い、温い、緩い、とは簡単に否定する事は出来ない。何故ならそれほど人の考え、倫理観というのは変えづらいのだ。
そんなエイトの様子とは裏腹に、謎の人物はゆっくりと15m程近付き、再度足を止めると口を開いた。
「アルビノのガキか……まぁ、ガキにしても一応は試しておくべきかもしれんな」
「試す? すみませんが、俺は依頼の途中ですので何か聞きたい事でもあるのなら早くして下さい」
謎の人物が発した声と身長、ローブで隠れているが大きな体躯からして男と断定しつつ、エイトは自身のペースに持っていくために早口で捲し立てる。
しかし、対峙する男はエイトの言葉をまるで無視しているかの様に、ゆっくりしている口調だが剣呑な雰囲気を隠しもせずに呟く。
「依頼という事は冒険者か。ふむ……ならば普通のガキよりは確率が高いな」
確率が高いという言葉に、エイトは訝しげな視線を男へと向ける。
「誰かを探しているんですか? それなら……」
「殺す気はないが……一応は死なん様に気を付けるんだな!!」
確率が高い、そして冒険者ならばという言葉から、エイトは目の前の男が冒険者ないしは冒険者に通ずる者を探しているのではと予想して、男へと提案しようとする。
しかしその瞬間、 男は腰を少し落とし、ローブの隙間からレイピアと共に鍛えぬかれた腕を覗かせながら鋭い動きで間合いを詰めて来た。
そして間合いに入るやいなや、思考する暇を与えない素早い突きがエイトの胸元に放たれる。
「シッ!」
「っ!?」
その鋭い突きを、エイトは半身になる事でなんとか躱す事に成功する。
しかし、男の伸びた腕は既に自身の胸元に戻っており、直ぐに追撃の突きが半身になったエイトの肩を狙い放たれる。
だが、レイピアはエイトがしゃがんだ事で空を切ることになった。
「ほう……体捌きはなかなかだな。次は、お前のローブの裾からチラチラ姿を覗かせる剣の腕を俺に見せてみろ」
しゃがんだ状態から大きく後ろに跳び間合いを開けると、エイトは男の言葉に答える様に剣を抜く。
だが、やはり未だに対人戦になった事に動揺しており、何故目の前の男と戦わねばならないのかという問が、脳内で幾度も幾度も反芻される。
しかし、勿論その答えは出ない。いや、この状況では推論すら出来ないといったほうが正しいだろう。
何故ならば、対峙する男の剣の腕が明らかにエイトの腕を上回っており、何故男が自分を襲うのか考える余裕すら与えてくれないからだ。
故に、エイトは尋ねる。もはやエイトには、直接対峙する男に愚直に聞くしか方法がないからだ。
「待て! あんたは盗賊で、俺の所持金が目当てで襲って来た訳じゃないだろう!? 話しから察するに、誰かを探している様に感じるが!?」
エイトの言葉を聞いた男は、一度深い溜め息を吐く。
「……そんな事を尋ねて何になる? 今は戦いに集中する事だな。さもなければ、お前……死ぬぞ!!」
「ちっ!?」
またもや鋭い突きがエイトの胸元へと放たれる。しかも先程よりも素早い突きだ。
しかし、エイトは男の放つ突きを、中段に構えた剣先を左へと倒すことで反らし、相手の胴を目掛けて剣の腹で胴切りを放つ。
エイトからしたら、絶対に避けられないタイミングだと内心で自負する程の胴切りだった。
だが、男の腹部に吸い込まれていった剣からは、エイトの予想に反して骨を砕く音ではなく、金属同士によってなる甲高い音が響き渡った。
その事に驚きながら間合いの外へと出たエイトは、確かめる様に視線を向ける。
そして驚愕する。
金属同士がぶつかる様な音からエイトは咄嗟に、男が金属製の胴鎧を着込んでいるのかと考えたのだが、視界に映る男はローブの下に革鎧すら着ていなかった。
ならば先程の音は何なのか。
それは、男の左手に握られていた刃渡り30cm程のナイフによって、エイトの渾身の胴切りを防いだ音だったのだ。
しかし、エイトの渾身の胴切りを片手に持ったナイフ一本で防ぐというのは異常としか言えない。
成人男性が長さ80cmの剣をフルスイングした場合、先端に掛かる力は1tを容易に超える。ましてや、剣の達人が振るったならば先端に掛かる力は倍の2t、そして3tを超えるだろう。
一方、エイトは精神は成人でも、体は子供そのもの。とは言え、それでも剣の素人ではない。そうなると、少なくとも先端に掛かる力は1t以上にはなる筈。
なのにもかかわらず、男は30cm程のナイフで……しかも片手で止めたのだ。
その事実を前にした場合、エイトの様に目を見開いて驚くのも仕方がないと言える。
それほど、男のした行為が異常なのだから。
そんなエイトの驚きを、男は然程気にした素振りを見せず、どこか納得がいかない様子で首を捻りつつエイトへと声を掛ける。
「ふむ……剣の腕は、ガキにしては異常な程高いな、ガキにしては、な。だが、一切殺気が感じられない。俺がこんなにも殺気を込めているのに……実際、今の胴切りは剣の腹で叩くのが目的だった様だしな……お前、人を殺したことが無いだろ?」
ほんの一度だけの剣を交えた応酬で、エイトのことを既に理解している男。
やはり、エイトが懸念した通り、男の剣の腕は遥か上に位置するのだろう。
「当たり前だ! いったい何のつもりだ!? 突然襲って来て、何がしたいんだ!?」
突然襲われ、人と刃引きされていない真剣で切り結ぶという状況と、渾身の胴切りを容易く防がれたという状況に、未だ困惑するエイトは声を荒げて答える。
そのエイトの言葉を聞いた男は、一度頷き、再度エイトへと向けて口を開く。
「やはりな。お前の剣の師匠は誰だ? 体捌きや剣の技からして、俺が探している流派じゃないのは間違いないだろうが……ま、念のために答えて貰おうか」
「は!? 流派!? だったら最初に聞けよ! 何で先に聞かずに襲って来るんだよ!?」
アドレナリンが多分に分泌されているせいなのか、エイトは何時もの冷静さを消して、これでもかと歯を剥き出しにして吠える。
そんなエイトとは裏腹に、男はからかう様に肩を竦める。
「クククッ、そう怒るなよ。今まで何人も剣士を相手にしたが、お前は上位に位置する剣士だったぞ。まぁ、それでも並みの剣士って程度でしかないがな。それで、お前の流派は?」
先程までの剣呑な雰囲気は何処へやら。和やかな口調で、エイトの反応を楽しむかの様に尋ねる男。
そんな男の豹変ぶりに流石に直ぐに順応出来ず、しかも多量に分泌されたアドレナリンも相まって、エイトは攻撃的な口調を崩さず答える。
はたから見ていると、冷静な大人に難癖付けるキレた子供の様だ。
「剣道だよ! 確か、北辰一刀流と直心影流……それに神道無念流の三つが合わさった流派が剣道だ。だった筈……俺も詳しくは知らん!」
「ホクシンにシンカゲ? それにシンドウ? どれも知らんし、剣道も知らんな」
剣道とは、あらゆる流派の垣根を越え一つに集約される際、 北辰一刀流、直心影流、神道無念流の三つを主に創造されたと言われている。
それをそのまま男へと告げるが、勿論その流派を男が聞いたことが無いのは当然だ。寧ろ知っているほうが可笑しい。
それはともかく、実はこの男との出会いによって、エイトのエルドラドでの生活が激変していく事になる。
無論、エイトの心、倫理観、道徳観、と言った様々なものも同様に。
しかし、その変化は悪いものではなく、エイトがエイトとして、一人の冒険者として、確固たる雄としての変化であり、様々な人種の者達を時には救い、時には断罪するものになる。




