組織的な狩り
平原に一筋の道が存在する。街と街を繋ぐたった一つの道だ。
だがたった一つの道とは言うものの、その道は立派な物とは到底言えず、ただ人が往来する事で踏み固められた様な姿をしている。
そんな道の上を、まだ日が上る前にもかかわらず一人の男が歩いている。
右手に鉄槍を持ち、腰に銅の剣を差し、革の胴鎧と革のグローブで身を固め、フードの付いたローブを着ている。
その男の名前はエイト。とても成人男性とは思えない姿の……いや、贔屓目に見ても12歳前後にしか見えない、平凡そうな男だ。
しかし、その平凡そうな男の人生は、通常の人間では経験する事も無い様な数奇な人生を現在進行形で経験している最中だ。
平和な日本から、魔法という不可思議な物が存在する異世界へと迷い混み、魔物という強大な生物と戦う事を生業にする冒険者として活動する。
そんなエイトの、今日の冒険者としての仕事は……
「初の討伐依頼だ! 気合いを入れて行かないとな!」
エイトは自分の頬を両手で張ると、自信に満ちた顔を正面に向けて進む。
今までエイトが請ける事が出来た依頼は採取系の物ばかりだった為、今回の討伐依頼への気合いの入れようは、初めて冒険者として依頼を請けた時と同等かそれ以上だ。
もっとも、討伐依頼とは言っても低ランクの物の為、高額とは言えない。だが、採取系の依頼とは違い、レベル上げが目的のエイトにとっては充分な物だった。
「さてと……依頼の魔物は、多分この辺りをナワバリにしてる筈だけど……見当たらないなぁ」
今エイトが立っている場所は、ブリッツの街から三時間程の場所で、低ランクの冒険者向けの森とは正反対の場所だ。
初めて訪れたせいか、いまいち明確に魔物のナワバリを確定出来ずに、周囲に視線をキョロキョロと向ける。
しかし、魔物の姿は一切見えず、エイトの目に入るのは平原の中にポツンと存在する背丈の高い林だけ。
「図鑑で確認した限りだと、コボルトは平原や林をナワバリにするって書いてあったし……と、すると、だ。あそこの林が怪しいな」
エイトが立っている場所から見える林は一ヶ所だけだ。
故にエイトは、目的の魔物のコボルトが目前の林の中にいると考え、周囲に人がいないのを確認すると、空間倉庫から道化師の仮面を取り出し被る。
そして、手に持つ鉄槍に力を込めつつ、体から魔力を漲せ呪文を紡ぐ。
『我が魔力を依り代に、姿を現せ! ゴーレムカヴァリエ、ゴーレムシュツルム!』
エイトの体から迸る魔力が消えると、エイトの周囲に10体の青銅製のゴーレムカヴァリエがカイトシールドを左手に持ち、右手にはロングソードを装備して現れ、次いで鋼鉄製のゴーレムシュツルムが3体、異様に長い手足をユラユラと左右に揺らしながら姿を現した。
その姿を見て仮面の下でうっすらと笑みを浮かべたエイトは、その表情を引き締めて口を開く。
「カヴァリエよ、俺の周囲を囲むように防御体勢を取れ! シュツルムは一緒に林を進みつつ、魔物を見付け次第殲滅せよ!」
エイトの指示に了解を示すように、カヴァリエは右足で地面を一度踏み鳴らす。
そしてシュツルムは静かに、長い両腕を一際大きく左右へと揺らす。
それを見たエイトは、林へとゆっくりした足取りで、いつ襲われても大丈夫なように集中しながら進み出した。
林の中は意外な事に、平原とは打って変わって獣臭とでもいうのか、明らかに何者かの存在がいる事を如実に示していた。
その獣臭を鋭く感じたエイトは、眉間の間に皺を寄せて、より一層の警戒をして奥へと背丈の高い草を掻き分け進む。
すると次第にエイトの周囲から、ゴーレム達が出す足音とは異なる複数の足音が聞こえ始めた。
「コボルトか!?」
エイトは一旦足を止め、草と草の隙間から一瞬だけ姿を見せ、素早く動き回り足音を経てている魔物がコボルトなのか確かめる様に睨み付ける。
しかしその魔物は、なかなか姿を見せはしない。まるでエイトを焦らすかの様に、エイトの恐怖を駆り立てる様に、一定の距離から一切近付こうとはしてこない。
「クソッ……俺の集中力を削ぐのが狙いか!?」
いつ草むらの中から飛び出してくるのか分からない為、エイトは周囲360度に視線を巡らせる。
コボルトとは140cm前後と小柄な体躯をしているが、素早い動きとチームプレイを駆使して狩りを行う魔物だと図鑑には記されている。勿論、事前にエイトもその情報を図鑑を見て記憶していた。
その事から、周囲を素早く動き回る魔物がコボルトだと断定しても良さそうだとエイトは判断する。
しかし、ここまで狡猾に考え動くとは思わなかった様で、目的の魔物を前にして苦虫でも噛んだ様な表情を仮面の下に浮かべる。
そして、内心でどう対処するべきか考え始めた瞬間、鋭い風切り音と共に木を尖らせただけの簡素な槍がゴーレムの間を通ってエイトへと放たれた。
「っ!? いよいよ攻撃開始か!?」
放たれた槍を、上半身を仰け反らせる事で避けたエイトが、魔物の攻撃の始まりだと判断するのだが……予想に反して、再びエイトとゴーレムの周囲をグルグルと素早い動きで回るだけだった。
そんなコボルトの動きに、次第に苛つき始めるエイト。
だが、それがコボルトの狙いなのだろう。獲物の体力、精神力を削ぎ、弱ったところを仕留める。ただそれだけを狙って、まるでおちょくるかの様な動きを見せているのだ。
エイトは現時点で、まんまとコボルトの術中に嵌まりつつあると言っていい。
「チッ! シュツルムよ、こっちから攻撃を仕掛けろ! カヴァリエは密集体勢を更に狭めろ!!」
とうとう焦れて我慢出来なくなったエイトが、シュツルムに攻撃の指示を出す。
その指示に忠実に従い、シュツルム3体は一斉に周囲を動き回る影を追い始める。
「さぁ次はどうする? 向かってくるか? それともこのままか?」
流石にシュツルムのスピードからは逃れられなかったのか、草むらの中から幾つかの悲鳴が聞こえる。
だが、コボルトの動きは未だ変わらず、先程と同様の簡素な槍が数本新たに放たれただけだ。
「何なんだ……いい加減、本格的に攻撃してきたらどうだ!」
エイトはそのままの状態で、戦闘はシュツルムに任せていれば問題ない。何体のコボルトが存在するのかは謎だが、いずれはシュツルムが殲滅するだろう。
しかし、敵の全容が分からない現状とコボルト達の動きが、エイトの冷静な判断を妨げる。
故に、エイトは声を荒げながらカヴァリエに、自身にとって致命的な指示を出す。
「カヴァリエも攻撃に行け! 敵を見付け次第攻撃せよ!」
カヴァリエは防御陣形を止め、一体一体が個別に草むらの中へと姿を消して行く。
それを見届けたエイトは、鉄槍を空間倉庫に入れ、腰に差している銅の剣を抜き下段に構える。
エイトが下段に構えた理由は恐らくは二つ。
一つは、防御の要だったカヴァリエを攻撃に回した事により、自身で防御に専念せざる得なくなったからこそ、防御に適した下段に構えたのだろう。
それともう一つは、コボルトに対する挑発のためだと考えられる。
下段は先程も説明した通り防御に適した構えなのだが……とは言うものの、防御のみに専念するなら中段から少し変化した霞の構えと呼ばれる構えが一番適している。だが、それは本当に防御に専念した構えで、後の先に特化したものだ。
だからこそエイトは、防御に重きを置きつつも、敵が攻撃して来た場合は瞬時に反撃出来るように下段に構えたのだと判断出来る。勿論、下段に構えた事で、一見すると無防備に見えるため敵の攻撃を促す役割も有している。
しかしそんなエイトの考えをコボルトはお見通しだと言わんばかりに、草むらの中から姿を一切見せずに槍を放ち続けるだけだ。
「これでも直接来ないのか!?」
エイトとしては、ここまで無防備な姿を見せれば流石に姿を見せて近接戦闘になるだろうと考えていたのだろう。
だが一向に姿を見せないコボルトに、エイトは益々苛立ちを募らせる。
そのまま暫くの間、変わらぬ戦闘が続くが、我慢の限界に達したエイトが、右手の人差し指と中指を立てて草むらに向け叫ぶ。
「Set! イライラさせんな、クソ野郎!」
いつ槍が自身に向けて放たれるか、いつコボルトが草むらから飛び出して襲って来るのか、それが分からない状況に、普段は冷静なエイトが歯を剥き出しにする。
「これでも喰らってろ! Shot! Shot!! Shot!!!」
エイトの背後に五本のアイアンランスが現れては放たれ、また現れては放たれる。
それはエイトが自身の前に突き出した指先が360度……つまりは一周するまで続けられた。
そして、コボルトにとってはそれこそが目的だったのだろう。
少なくとも低レベルの魔法使いならば、今エイトが放った魔法の魔力量からすると、既に残りの魔力は空になっているか、あるいは残り僅かになっているだろう。
故にコボルトはチャンスとばかりに草むらから飛び出し、エイトへと近接戦闘を仕掛けようと、とうとうその姿を見せた。
しかし、そんなコボルトの誤算は、エイトの魔力量がエルドラドでも類を見ない程の莫大なものだった事だろう。
『我が魔力よ、我を守る盾と成れ!』
コボルトが姿を見せた瞬間、エイトの口元には笑みが浮かんでいた。
それと同時に、エイトは呪文を紡ぐ。
そして、そのまま素早く呪文を唱え終わる。
『土流壁!』
雪で作られるかまくらの様な外見の物が、エイトを覆う様に瞬時にして錬成される。
そのかまくらに似た物を見たコボルト達は、攻撃を仕掛けるのを戸惑いつつも、自分達が手に持つ槍が通じるのか確かめる様に槍を振るう。
しかし、金属製の穂先が付いていない簡素な槍では、かまくらの外壁を少々傷付けるだけで、特に有効な攻撃を加える事が出来ないでいる。
そんな風にかまくらの外では慌ただしい動きを見せるコボルト達とは打って変わって、エイトは幾分か冷静さを取り戻した表情で、土流壁とは違う呪文を紡ぐ。
『我が意のままに、我が魔力を依り代に、狂い咲け!』
無数のオークを支配していた王を……分厚い筋肉と、同じく分厚い脂肪に守られた体を容赦なく貫いた魔法。
『無慈悲なる槍! 槍山葬送!!』
エイトが中に居るかまくらを中心に、半径15mに渡り、地面から無数に鉄槍が突き出る。
無論、かまくらを囲うコボルト達はそれを防ぐ術を持たず、体を切り裂かれ、貫かれ、血と内臓と脳漿を撒き散らし、悲鳴を上げる暇さえなく絶命する。
そして、当然として草むらの中で動き回るコボルト達の残党は、シュツルムとカヴァリエによって容赦なく斬り殺され、時間の経過と共に数を減らし全滅した。




