休日
「お客さん、起きてらっしゃいますか?」
エイトが休んでいる部屋の扉を、少々強めにノックしながら宿屋の店員が声を掛けている。
その声と音で、夢から覚めたエイトが気だるげに窓の外に視線を向けると、二つの太陽が丁度頂点へと自慢気にその姿を見せている時だった。
それを確認したエイトは、自分が昼まで眠っていた事を悟りつつ、扉の外に未だ居るであろう店員に向けて口を開きながらゆっくりと扉を開ける。
「どうかしましたか?」
「あ~良かった! 何時もなら起きてらっしゃるのに、部屋から出て来られないから……てっきり何かあったのかと、心配になって……」
ホッとした様子でエイトに答える店主の女性。
その表情を見てエイトは苦笑しつつ、凝り固まった首を回しながら心配を掛けた事を謝り、次いで今まで眠っていた事を伝える。
「今の今まで寝てたんですか? 昨夜は遅くまで起きてらっしゃんたんですねぇ」
「倒した魔物の解体に手間取ってしまって……街に戻って来たのが深夜だったんですよ。それからギルドに依頼の品や討伐した魔物の素材を買い取って貰ったりとしている内に、更に遅くなったので」
エイトの説明を聞いた店主は、何やら考える素振りを見せると、一度手を叩いて笑顔を浮かべる。
「それじゃあ、お腹が空いているでしょうね。食堂はお客さんで一杯なので、此方へ持ってきますから待っていて下さいね!」
エイトへと一方的に捲し立てて階段を降りていく店主。
そんな激しい勢いの店主を見送ったエイトは、呆然としつつも自分の腹が鳴っている事に気が付き苦笑する。
「そういえば、昨晩は何も食べなかったからなぁ」
昨晩のエイトは、宿屋へと帰ったのが遅かった事もあり、何も食べず寝ていた。食事よりも睡眠を優先する程疲れていたからだ。
だが今日は充分睡眠をとったと言える。ここ最近では一番寝たのではないだろうか。
長い睡眠で凝り固まった体を解しながら待つこと三十分。
再度強くノックする音が部屋の中に響く。
「お食事をお持ちしましたよぉ~!」
「ありがとうござ……い、ます。これ、多すぎませんか?」
エイトが扉を開けると、そこにはこれでもかと言わんばかりの大きなステーキ、同じく大きなパン、そして山盛りのサラダ。しかも、ワインがボトルで運ばれて来ていた。
それを見たエイトは、流石に呆れつつ店主の持つお盆の上の物に視線を向けながら突っ込む。
しかしそんなエイトの突っ込みも、店主には何処吹く風。カラカラと笑いながら部屋へと入り、テーブルに料理を置くと楽しそうに口を開く。
「私の兄が小さい頃は、親から沢山食べろと無理矢理に食べさせられたもんですよ! お客さんも冒険者なら沢山食べなきゃ駄目ですよ! 少なくとも、ウチの宿屋にずっと泊まれるだけのお金を稼げるのなら優秀な冒険者さんなんでしょうから尚更です! 沢山食べて沢山稼いで、そしてウチで沢山お金を使って下さいね! あっはっはっは!」
「は、ははは……ぜ、善処します」
「それじゃ、食べたら教えて下さい。出来るだけ食べるんですよ!」
まるで母親の様だと内心で呟き、店主が部屋から出ていくと山盛りのサラダに手を出すエイト。
そして山盛りのサラダを半分ほど減らすと、分厚く巨大なステーキをナイフとフォークを使い切り分け口に運ぶ。
「うん、旨い! しっかし大きいな……二人分はあるぞ」
大きなステーキを少し味わうと、ワインをグラスに注ぎ直ぐさま口に含む。
「重いワインだな。こりゃ結構値が張るんじゃないか? 一人で飲むのが勿体ないなぁ」
ワインに対して素直な感想を呟くエイト。
ワインが製造される際、ポリフェノール、アミノ酸、等々の成分が多いとコクや厚みを多分に感じ、これが強いほど重いワインと呼ばるのだが、そうなると自然と高額なワインとなる。重いワイン程、長い時が必要となるのだから当然と言える。
エイトはそんなワインを楽しむと、次にパンを少し千切りステーキと一緒に口に運ぶ。そして二度、三度と口の中で噛むとワインで胃に流し込む。
「う~ん、旨いなぁ。日本に居た頃は、こんな贅沢は出来なかった。……冒険者稼業は贅沢な生活が出来るんだなぁ」
自分の今の境遇を恵まれていると感じ……いや、冒険者という仕事を多少の危険は伴うが、比較的に贅沢な暮らしが出来ると充足感を感じながら天井に視線を向けるエイト。
だが、それは半分正解で半分不正解だ。
普通の冒険者は、一日を無事に過ごせる金を稼ぐのに精一杯なのだ。魔法を扱えるエイトだから、そして誰よりも多い魔力を持っているからこそ冒険者として十二分に稼げているのだと言える。
その事には余り気が付いていないエイト。故に、デズモンドが人には気を付けろと言ったのだが、日本で平穏無事に暮らしていたエイトにとっては未だ危機感が足りない。
とは言えエイトほどの魔法使いならば、これからも冒険者として活動を続けていけば嫌というほど実感する事にはなるだろうが。
ともあれ、出された食事をなんとか全て胃に入れたエイトは、膨れたお腹を擦りながら一階へと降りていき、店主に外に出る事を告げる。勿論、料理が旨かった事も付け加えつつだ。
「それは良かったです! それで、お帰りは遅いんですか?」
「いやいや、流石に今から依頼等は請けませんし……少し街を見てくるだけですよ。夕方には帰ります」
「それでしたら、市場に行くと良いですよ! 今日から三日間、他所の街や村から沢山の商人が出店を出していますので。珍しい物も有るかもしれませんよ!」
店主の説明を聞いたエイトは、沢山の人でごった返す市場を想像し、少々嫌そうな表情を浮かべる。
だが、冒険者として活動する際に必要になるかもしれない物が有るかもと考え、何度か小さく頷くと店主に向け口を開く。
「そう、ですね。行ってみます」
「はい、いってらっしゃいませ!」
店主に送り出され宿屋を一歩外に出ると、昼間という事もあり沢山の人が行き交っているのが見える。
寧ろ、こんな時間に起きて朝食という名の昼飯を食べたエイトが少数派だろう。
そんなエイトには幾分か何時もよりも人が多く感じられる。恐らく、店主が言っていた市場での商人達が出す商品を目当てにしている者達がいるからだろう。
エイトもその事に気が付き、そんなに珍しい物でも有るのだろうかと疑問に思いつつ市場へと進む。
エイトとしては自由に隣の街へ行こうと思えば行けるが、一般人はそうはいかない。何故なら、壁の外に出れば魔物という脅威が存在するのだから当然だ。そうなると、隣街や村などの話しを実際に聞いたり見て来た商人から、直接話しを聞けるチャンスはそうそうない。故に一般人にとって、貴重な機会だと言える。
一言で簡単に言うならば、他所の街の流行り廃りが知りたい女性にとって絶好の機会、と言ったところか。
そんな女性達に人気の市場は、三ヶ月に一度だけ開かれる。
その市場にゆっくりとした足どりで辿り着いたエイトは、普段は市民の憩いの場である広場を視界に入れ感嘆の声を漏らす。
「ひゃ~、こりゃ凄い! 滅茶苦茶人が多いな!」
見渡す限りに人が溢れ、皆が皆笑顔を浮かべながら地面に広げられた商品を手に取っては連れ合いと話し込んでいる。
店主に話しを聞いた時には人混みの事を想像し嫌そうな表情を浮かべていたものの、流石にその場に立ち沢山の笑顔を目にすると、自然とエイトの表情も緩やかなものへと変貌し、嬉しそうに笑みを見せている。
そしてその笑みを浮かべたまま、一つ一つ出店を眺めていく。
衣服を扱う店、本を扱う店、食器を扱う店、様々な店を眺めては立ち止まる事はせず歩を進める。
そんなエイトの足を止めたのは、珍しい物を扱う出店ではなく、商人と客の会話だった。
「最近は盗賊が出るらしいからねぇ」
客の言葉に、出店の店主が眉間の間に深い皺を寄せながら何度か頷く。
「そうなんだよ。なんつったっけ……あぁ、宵の明星とかって呼ばれてる盗賊だったな。たった一人の盗賊らしいが、メチャクチャ強いって事は確からしい」
「でも、襲われた人間から何かを奪ったりしたりはしてないんだろ?」
「そう、その通りなんだよ。それで何で盗賊って呼ばれているのかは知らないんだが、どっちにしろ俺達商人や貴族、それと街を行き来する者にとっちゃ迷惑なのには変わりないんだよねぇ」
「あんたらにとっちゃ死活問題だろうな」
「馬鹿言っちゃいけねぇよ。俺達が街を出られなきゃ、市民にも問題だろ? 物価がアホみたいに上がる事になるんだぜ?」
「確かにそりゃ困るな。まぁ、直ぐに騎士様達に討たれるだろうから大丈夫さ!」
盗賊とは、人が所有する財産を武力で徴発する輩をそう呼ぶのだが……何も盗らないのであれば、盗賊と呼ばれる理由が謎だ。
しかし、理由は不明であるが襲いはしても何も盗らない盗賊が一人存在するのは確かな事らしい。
商人と客の会話から、そんな情報を入手したエイトは訝しげな表情を浮かべる。
(何も盗らない盗賊? なんじゃそりゃ。意味不明だな……何が目的なんだろ?)
内心で当然の疑問を呟き、また歩を進め出す。
暫く市場に出された店を眺め続けたエイトだが、冒険者として活動する上で役に立ちそうもない物ばかりだった為、幾つかの香辛料と鍋やフライパンを買っただけに留め、一応冒険者ギルドにも顔を出しておこうと移動を始めた。
そして、無数の人の波を潜り抜けギルドに辿り着いたエイトは、 依頼ボードの前に立ち残っている依頼用紙を見ていく。
(良いのは何も残ってないな。全部採取系ばかりか)
やはり金になる依頼は残っておらず、少々落胆するエイト。
しかし、予想出来うる事だっただけに、直ぐに気を取り直してカウンターに居るメアリーの前に移動し頭を下げる。
「こんにちは」
「こんにちは! 今日は随分遅いのね、エイト君」
エイトの姿を見付けたメアリーは嬉しそうに返事を返す。
そんなメアリーに、市場で聞いた何も盗らない盗賊とやらの事を尋ねるエイト。
「あぁ、あれねぇ。一応冒険者ギルドにも情報は上がってきてるんだけど………分かってるのは、冒険者や騎士だけを襲うって事だけね。でも、襲われた人で死んだ人はいないのよ。だから、腕試しをしてるんじゃないかって判断してるみたいよ、上の人達は」
「腕試し、ですか」
「そう、腕試し。一応エイト君も気を付けてね! 今のところは死んだ人はいないけど、これからもそうだとは言えないからね!」
「確かにそうですね。街の外に出る時は充分に注意します」
エイトの返答を聞いたメアリーは、満足そうに頷くとカウンターから身を乗り出し、エイトの頭を撫でる。
そして暫く撫でると、満足したのか頭から手を離して元の体勢に戻る。
「素直でよろしい! それじゃ、お姉さんはお仕事があるから、用事が出来たらまた来てね!」
撫でられクシャクシャになった髪を整えつつ、メアリーに頭を下げ、次いで隣のパメラにも目礼してギルドを後にする。
その後は特にする事も無い為、日が落ち始め赤い日差しを降り注ぐ夕陽を眺めつつ真っ直ぐに宿屋へと戻った。
そして、昼間と変わらぬ勢いの店主に促され、昼間ほどには多くないが、それでも普通の一人分よりは多い食事を食堂で摂り、自室のベッドに体を預ける。
「今日はのんびりした一日だったなぁ。ま、たまには良いかな。こんな一日も」
夕食でもワインを出され、それを飲んだせいか直ぐに夢の世界へと思考を沈めたエイト。
そんな風にして、エイトの比較的のんびりとした一日が過ぎていった。




