魔物の集落
再度オーク達の集落へと戻って来たエイトは、自身で錬成したゴーレムカヴァリエへと視線を向け、必ず勝つという意思を込めた強い眼差しで指示を出す。
「ゴーレムカヴァリエよ、目につく魔物全てを殲滅せよ! 行け!!」
エイトの力強い指示に従い、ゴーレムカヴァリエ13体が一斉にオークの集落に襲撃を掛ける。
そして、そのゴーレムカヴァリエの姿を見付けた見張り役のオークが仲間に向けて警戒の唸り声を発した。
だが、エイトは一切気にした素振りを見せず、落ち着いた様子で呪文を唱える。
『我が意を汲み、我が想いを汲み、形となりて敵の目を潰せ』
エイトの言葉が進むにつれ魔力の奔流が生み出されていく。
そして、オークに対してゴーレムカヴァリエが剣の間合いに入った瞬間……
『砂塵嵐』
呪文が唱え終わると同時に、オークの集落を覆い尽くすように強烈な砂嵐が巻き起こる。
その砂嵐の様子は正に深い霧とまで言える程で、全てのオークの視界を潰す。
そうして、視界を塞がれたオーク達は何も抵抗出来ず次々にゴーレムカヴァリエの振るう剣の餌食になっていく。
一体、二体、三体、四体、五体……順調に、一方的にオーク達を蹂躙していく。
エイトからは砂塵嵐の影響で見る事は出来ないが、剣で斬り裂かれる音やオーク達の断末魔によって戦いが有利に運ばれていることを知る。
それによって、エイトがこのまま戦いが進めば必ず勝てると判断し、口元に薄い笑みを浮かべた瞬間……
「グルルルゥウアアアアアア!!!!」
エイトがこれまで生きてきた人生の中で、聞いた事も無い不吉な唸り声が周囲に轟く。
その不気味で恐怖を駆り立てる唸り声によって、エイトの体は今までに無い程に総毛立つ。
恐らくこの不気味な唸り声を上げている魔物は、オーク達の指導者だろう。それがオークジェネラルか、全てのオークの上に君臨するオークキングかは判断出来ないが、それらのどちらかだとは容易に判断出来た。
エイトも同じ結論に至ったのだろう。額には尋常ではない汗を浮かべ眉の間に深い皺を寄せつつ、震えた声で呟く。
「オークアーチャーやオークメイジ位の上位種は覚悟していたが………流石に……その更に上位種の存在が居るとは……考えていなかったな……」
恐怖に声を震わせつつ呟くエイトの体から光りが漏れ出す。レベルが上がったという事だろう。
しかし、今までのレベルアップの時とは違い、エイトの体が光っている時間が長い。
恐らく、数段階レベルアップしているのかもしれない。
今回の魔物との戦いにはレベルアップだけを目的に来ているのだ。そんなエイトにとって、レベルアップをした事は喜ぶべき事である。だが、現在のエイトは心の底から駆り立てられる恐怖を前に、レベルアップした事に気付けずにいた。
「糞っ……まだ砂塵嵐で姿を見れてもいないのに、こんなにビビるなんて……」
自分の手を強く握り締めて、渋面で呟く。
「グルゥウアアアアアア!!!!」
再度オークの上位種からの唸り声が上がる。
そして、その声が上がったと同時に、エイトが砂塵嵐の魔法の発動に込めていた魔力が切れる。
すると、砂粒の一つ一つが光りとなって魔素へと変換されていき、やがてオークの集落がエイトの目に見えた。
そのオーク集落には、無数のオーク達の死体の山が確認出来る。数は40以上にもなるだろう。
そんな死屍累々とした惨状に、通常のオークの3倍はあろうかという巨大な体を持つオークが、巨大な鋼鉄で出来た両手剣を持ち立っていた。
奴こそが、唸り声だけでエイトに恐怖を感じさせた魔物だろう。
それを見たエイトは、先程以上に恐怖を感じて身を固まらせる。
「デカ過ぎる……ゴーレムカヴァリエでは勝てない……いや、それだけじゃなく俺の魔法自体……効果が無いんじゃ……」
既に戦意を喪失し始めたエイトとは裏腹に、ゴーレムカヴァリエ13体はオーク達の王……オークキングへと銅の剣を構えて駆け寄る。
喜び、怒り、苦しみ、痛み、焦り、恐怖、そう言ったあらゆる感情や感覚を持ち合わせていないゴーレム故に、オークキングという強大な魔物へと猛然と立ち向かう事が出来る。
そのゴーレムカヴァリエ達の攻撃を、オークキングは軽く両手剣を横に薙ぎ払う事で易々と防ぐ。
それを見たエイトは、目を見開いて驚きを露にする。いや、自分の力では勝てないという事に確信を持ったと言った方が正しいだろうか。
だが、既にオークキングとの戦闘は始まっており、エイトの姿もオークキングに見られている今となっては逃げる事も難しいと判断したエイトは、自分の両頬を強く叩き喝を入れる。
「まだ……まだ俺は死んだ訳じゃない! 今の持てる力でもやれる事はある筈だ。……先ずはゴーレムカヴァリエの攻撃が有効かどうかを見極める!」
敗北……死……それらの負の色が浮かんでいた目に、再び強い火の光りが灯る。
それに答えるかの如く、ゴーレムカヴァリエ達はオークキングを囲んで一斉に突きを放つ。
流石に全面のゴーレムカヴァリエの攻撃は全て弾かれるが、背後の攻撃まではどうにも出来なかったようで、オークキングの背に銅の剣の先端が突き刺さる。
「ほんの少しだけしか刺さらないのか!? あのデカい体は……脂肪だけじゃ無いって事か」
冷静にオークキングの強みを分析するエイト。
恐らく、オークキングの体は厚く硬い皮膚に覆われているのだろう。しかもそれだけじゃなく、厚く硬い皮膚の下には同じく分厚い脂肪と筋肉が有るのだと判断出来る。故にゴーレムカヴァリエの放った突きは、先端しか刺さらなかったのだ。
そうと分かれば、エイトのロックランスでもオークキングを貫く事は出来ないだろうという事は容易に想像出来た。
「岩の槍で駄目なら……青銅の槍か? ゴーレムカヴァリエの剣速は、目測で200kmは出てる……そうなると、青銅の槍、コパーランスでも貫くのは無理だな」
オークキングの攻撃を、一定の距離をとって回避しつつ破壊されるのを避けて戦っているゴーレムカヴァリエを眺めながら分析を続けるエイト。
そんなエイトの呟き通り、ロックランスでは無理だろう。そして、青銅製で出来たコパーランスでも無理だ。尤も、ゴーレムカヴァリエの攻撃と同様に、少々のダメージなら与える事は出来るだろうが。
あるいは、射出速度を上げられるのならロックランスでもオークキングの体を貫く事が出来るかもしれない。だが、現在のエイトでは射出速度の最高が時速120kmなのだ。故に、コパーランスでも大きな効果は期待出来ない。
そうすると、ゴーレムではまだ出来ていないが、錬成した槍では成功している鉄製の槍、アイアンランスを用いるしかない。
エイトもそう結論を出したようで、人差し指と中指をオークキングに向けて呪文を紡ぐ。
『我が魔力によりて、我が想像によりて、形をなせ』
徐々にエイトの背後に艶のある黒色の槍が5本出現する。
そして、ゴーレムカヴァリエ達の隙間に指先と視線を向けて……
『これでも喰らってろ! アイアンランス!!』
放たれたアイアンランスによって、シュッという風を切る音が響く。
アイアンランスはゴーレムカヴァリエの隙間を縫うように進み、オークキングの体に槍の半ばまで突き刺さる。
しかし、確かに突き刺さっているのだが、オークキングは痛覚が無いかのように平然とアイアンランスを抜き取る。
そして、アイアンランスを放ったエイトへと視線を向け口元を歪ませる。それはまるで、この程度で勝てると思うなよ、と言外に言っているように見える。
その様子を見たエイトの心には、恐怖と言う感情ではなく、強烈な怒りが沸々と沸き上がってくる。
「テメェ……これでも笑っていられるかよ!? Set!」
オークキングに明らかに舐められているという事に気が付いたエイトの顔が怒りに染まる。
そして、その表情のまま指先を再度オークキングへと向ける。
「Shot! Shot!! Shot!!! Shot!!!! Shot!!!!!」
先程放ったアイアンランスを連続で放つ。その数は合計で25本にもなる。
流石にそれだけのアイアンランスを体に受けたオークキングは、痛みに悲鳴を上げる。その様はまるで針鼠のように見える。
「グゥゥウウウ……グルルゥウアアアアアア!!」
だが、まだまだ負けない、そう言っているかのように叫びながら突き刺さったアイアンランスを、体をブルブルと震わせる事によって抜き取る。
そして、ゴーレムカヴァリエを無視して猛然とエイトへと駆け寄る。
そのオークキングの動きを見て、先程とは逆にエイトが笑みを浮かべ呪文を唱える。
『我が意のままに、我が魔力を依り代に、狂い咲け!』
エイトとオークキングの距離は15m程まで縮まっている。
だが、エイトは一切焦らずその場に留まりながら笑みを浮かべ続ける。
そんなエイトの表情を見たオークキングは更に怒りをつのらせつつ、口元から伸びている大きな牙を剥き出しにして唸る。
「グルゥアアアアア!!!!」
『無慈悲なる槍! 槍山葬送!!』
エイトが呪文を唱え終わると、オークキングとエイトの間に長さ2m程の鉄槍が無数に生える。
その槍に驚くオークキングだが全力でエイトへと駆け寄っていた為に急停止する事も出来ず、勢いそのままに槍に体を貫かれる。
「グギャアアアアア!!!!!」
先程までの低く唸っていた声とは違い、槍山葬送によって貫かれたオークキングはソプラノ歌手のような高い声で悲鳴を上げた。それは戦いの終わりが近い事を示しているかのような印象を受ける。
事実として、オークキングは地面から生える槍に貫かれたまま動きを止めている。
その様は、威厳に満ち溢れた姿ではなく、まるで寿命間近の老人のように弱々しいものに感じられた。
「グ……ハァハァ……ググ……」
「お前が最初から俺を狙っていれば………お前の勝ちだっただろうな」
エイトは仮面の下で何の感情も込めていない無表情のまま、指先をオークキングの開いた口へと向ける。
「Set………じゃあな、Shot」
放たれたアイアンランスは、オークキングの口に吸い込まれるように進み脳を貫く。
すると、弱々しくも確かに動いていたオークキングの体がピタリと止まる。どうやら完全に生命活動を止めたようだ。
そして、オークキングが死ぬと同時にエイトの体が光る。
それを認識すると、エイトは深い深い安堵の息を吐く。
「ふぅぅぅぅぅぅ、レベルアップかぁ…………しっかし、エルドラドに来てから2回目だな、死ぬと思わされたのは」
グリーンウルフに続いて2回目、そう呟き再度息を吐く。
だが、今回は自力で生き抜いたのだ。それが前回の時とは違う。
しかし、エイトがオークキングに言ったように、オークキングが最初から本気でエイトを殺そうと思っていたら、今頃確実に死んでいただろう。
オークキングがエイトを侮らなかったら、今頃オークキングの食料となっていただろう。
それを考えると運が良かったという結論になる。だが、運が良かっただけでは生き残る事が出来なかったのも事実。
エイトがエルドラドへ来てから、魔法の技術を研鑽していたからこそ生き残れたのだ。勿論、エイトが膨大な魔力量を持っていたのも関係するが。
ともあれ、運も実力の内という諺もあるのだ。オークキングを倒した事を誇ってもいいだろう。
「………魔力量はまだまだ大丈夫だな。だけど……精神的に疲れた……体力的にも……癒しの雫亭に戻って休みたい」
普通の魔術師なら魔力が枯渇する程に魔法を使ったエイトだが、膨大な魔力量のお陰でまだまだ余裕がある。
そんなエイトだが肉体的には一般人よりもマシだと言える程度の為、流石に疲れが見える。
とは言え、倒したオークの解体が残っているのを思い出し、仮面の下で嫌そうな表情を浮かべオークの集落だった場所に視線を向けると小さく声を漏らす。
「帰りたいけど……解体しなきゃなぁ。空間倉庫に入れて後日にってのは……後々面倒だし」
宿屋のベッドを想像しながら愚痴を呟き、空間倉庫から短剣を取り出し解体を始めたエイト。
オークの死体は40以上だ。グリーンウルフの解体と違って早く終わると言っても数が尋常じゃない。そうなると、疲れたエイトにとって長い作業になるのは当然で、解体が終わるのは日が沈み始める頃になってだった。




