魔物の集落
もう少しで日が昇るだろうと思われる頃、冒険者ギルドや癒しの雫亭で聞いた異常事態という話しに便乗してレベル上げしようと、エイトは道化師の仮面を被って森へとやって来ていた。
しかし暗い森の中までは月の光りも届かず、自由に行動出来ていない。とは言え、それはオークやゴブリンにも言えることではある。だが、それにしても暗すぎてエイトの目には魔物に限らず生物の全てが見えない。
そんな暗闇の中、エイトは一つの打開策をこうじる。
その打開策とは、実に簡単な方法で、ゴーレムを四方に散開させてゴーレム自身に魔物を探させ、見つけ次第倒すというものだった。
勿論、ゴーレムをエイト自身から遠く離させる事は出来ない。多く見積もっても80mという所だろう。それを過ぎると、ゴーレムは魔素へと戻ってしまうからだ。
エイトは、ゴーレムを制御出来る限界まで先行させながら移動する。
(魔物を探し始めて一時間は経ったかな……メアリーさんが言う様に、本当にオークやゴブリンが異常に増えてるのかなぁ? 全然見付からないんだけど……)
内心で愚痴を言いつつも、周囲の物音に細心の注意を払いながら進むエイト。
だが、そんなエイトの表情が鋭いものへと一変する。
錬成していたゴーレムの1体が攻撃され魔素へと変換したからだ。
それを感じ取ったエイトは、先行させていたゴーレムに指示を出す。
「ゴーレムロックよ! 4時の方向へ移動せよ、魔物を見つけ次第倒せ!」
指示を出すなり、岩で出来た全長2m程のゴーレムの全てが同じ進路に進み出す。目標は先程ゴーレムの1体が破壊された場所だ。その場所までは4時方向へ約50m程と言ったところだろうか。
暗闇の中でかろうじて見える足下に視線を向けつつ、周囲への注意も疎かにはしないエイト。
一歩一歩確りと進み、やがて暗闇の中で動く物体を見付けた。
「オークが3体か……糞っ! またゴーレムロックが破壊された!」
エイトの目前では、ゴーレムロック13体がオーク3体を囲んでいる。しかし、それは囲んでいるだけで、オークに容易く破壊され続けている。
やはりゴーレムロックでは勝つのは厳しいのだろう。青銅製のゴーレムカヴァリエと比べて、スピードや頑強さ、そして動作制に大きな違いがある。パワーという一点で言えばゴーレムロックが優れているが、それも当たらなければ無意味だ。
エイトもそう判断したのだろう。ゴーレムロックの約半分を魔素へと戻し、ゴーレムカヴァリエを無詠唱で錬成する。
因みに、エイトが今回無詠唱でゴーレムカヴァリエを錬成した理由は、余裕が無いからだ。無詠唱でゴーレムを錬成、あるいは魔法を発動した場合、通常以上に魔力を消費してしまう。しかも、性能が少し劣るというデメリットも存在する。
(3体のゴーレムカヴァリエならどうだ?)
ゴーレムロックを下がらせ、変わりに錬成したばかりのゴーレムカヴァリエをアタッカーとして突撃させる。
オークは無手の為、勢い良く拳をゴーレムカヴァリエにぶつけるが、それをものともしない。そして、その事に気付いたオークが恐れを抱いたようで、ゴーレムカヴァリエから離れようとする。
だが、そうはさせまいとゴーレムロックが退路を塞ぐ。
そこに、ゴーレムカヴァリエが突きを放つ。
「ウガァアア!!」
「ガァアア!!」
喉に鋭い突きを喰らった2体のオークは、大量の血を地面に撒き散らしながら倒れる。
そして、最後に残ったオークに3体のゴーレムカヴァリエが頭部、胴体、背部に同時に斬り込む。その同時攻撃により、内臓や脳髄を撒き散らし倒れるオーク。
その屍となったばかりのオークを見ながら、エイトは不快そうな表情を浮かべて呟く。
「ゴーレムロックでは駄目だな。最初からゴーレムカヴァリエを出しておくべきだった。………しっかし、オークってのは何でこんなに臭いんだよ」
ただ単に血の臭いだけでなく、オーク自体の体臭が臭いのだ。顔を顰めてしまう程に。
エイトは愚痴を言いつつも、空間倉庫から短剣を取り出して解体を始める。ただし、解体と言っても胸を切り裂いて魔石を取り除き、討伐証明部位の鼻を切り取るだけだ。
その為、解体は早い時間で終わる。それが済むと、オークの死体はそのままにゴーレムロックを全て魔素に戻す。そして、ゴーレムカヴァリエを新たに錬成して全部で10体にする。
だが、そこまでしたところで、エイトはゴーレムの制御に余裕が有ることに気付く。
「何でだ? 制御に余裕が有るな……………レベルが5に上がったからか?」
エイトの想像通り、レベルアップの恩恵だろう。
その事に気付いたエイトは、笑みを浮かべて更にゴーレムカヴァリエを錬成する。数は3体だ。
すると、以前のゴーレムカヴァリエの最大制御10体の時の様に、脳が圧迫されるような感じを受け、やはり最大制御が上がっていると判断する。
「ははは、良いねぇ……この調子でレベルアップしていけば、レベル10になれば……そうだな、青銅製のゴーレムカヴァリエなら20体は同時に制御出来る様になるだろうな」
数は力なり。
……エイトの言葉通りに、レベル10に上がれば20体は制御出来るだろう。それに先程手子摺ったオークを、ゴーレムロックの最大制御数の数の暴力で倒す事も出来るようになるのも想像に難くない。
それどころか、レベルが上がればゴーレムの動作制も比例して上がるので、少ない数のゴーレムで標的を倒せるようにもなるかもしれない。
尤も、それはゴーレムの関節や、材質に不純物が少なくなるように改善していかねばならないが。少なくとも、今のゴーレムカヴァリエには改善する余地が多分に有る。材質然り、関節の稼働域然り。
ともあれ、レベルアップでのゴーレムの可能性を手に取るように感じたエイトは、笑みを浮かべたまま、次の標的を探す為に移動を始める。
「ゴーレムカヴァリエよ、1体は俺と共に移動しろ。残りは扇形の布陣で前方に進め!」
ゴーレムカヴァリエとは言え、念の為に1体で複数のオークと戦うのは避けるように陣形を整える。
そして、そのまま前方に進む。
だが、さっきまで魔物どころか生物の一匹も遭遇しなかったのに、既に前方には10体のゴブリンの姿が見える。
恐らくオークの死体から漂う血の臭いを嗅ぎ付けて来たのだろう。
そんなゴブリン達に、エイトは獰猛な笑みを浮かべる。初めて魔物と戦闘した頃とは大違いの表情だ。
「ゴブリンども、残念だったな。ゴーレムカヴァリエよ、殲滅せよ!」
エイトの錬成したゴーレムは、エルドラドの土属性魔術師が使うゴーレムとは大きく違う。通常のゴーレム使いのゴーレムは術者が意識してコントロールしているのに対して、エイトのゴーレムは半自動で動くのだ。
その為、同時に制御出来る数や動作制と言ったものが、エイトの方が断然優れている。
ともあれ、そのエイトが操るゴーレムは、エイトの簡単な指示でゴブリンへと攻撃を開始した。
「ギィィ、ギィイイ!」
ゴーレムカヴァリエが間合いに入るや否や、弓を持ったゴブリンの1体が叫ぶ。弓を持っている事から上位種のゴブリンアーチャーだと判断出来る。
そのゴブリンアーチャーは、恐らく下位のゴブリンに指示を出したのだろう。
しかし、幾ら上位種と言えども、エイトの錬成したゴーレムカヴァリエとは強さの度合いに大きな隔たりが有る。
そのせいか、下位のゴブリンの尽くがゴーレムカヴァリエの持つ青銅製の剣によって容易く斬り裂かれる。ゴブリンアーチャーの出した指示が何なのかは分からないが、無駄だったとしか言えない。
そして、最後に残ったゴブリン……そう、ゴブリンアーチャーに向け………
「Set!」
エイトが力強く言葉を紡ぐと、背後に5本の岩で出来た槍が出現する。
「喰らえ、Shot!」
シュッという音と共に、灰色の線が暗闇の中を駆け抜け、ゴブリンアーチャーの右目、左胸、腹部へと突き刺さる。否、突き刺さると同時に突き抜けていった。
明らかにグリーンウルフとの戦闘の時より、射出されるロックランスの威力と速度が上昇している。これもレベルアップの恩恵か。
そのロックランスを体に受けたゴブリンアーチャーは断末魔すら上げられずに屍となった。
そして、全てのゴブリンの心臓が止まると、エイトは空間倉庫から魔物解体全書と短剣を取り出す。
先程まで暗かったのだが、今は少しだけ木々の間から光りが漏れている。どうやら漸く日が昇ったようだ。
「有り難い。これで本が読めるし、魔物を探すのにも楽になるだろうな」
木漏れ日の下まで移動して、本を開きながら呟く。
エイトは開いた本に目を通した後、ゴブリンの解体を始める。とは言え、ゴブリンの解体はオーク同様に早い時間で終わる。何故なら、ゴブリンの体で使える素材が少ないからだ。
額から生える一本の角は討伐証明部位として、右耳は錬金術の素材に、そして、最後は魔石だ。
それらを予め用意しておいた別々の袋に入れて空間倉庫に収める。
そして、全てが終わる頃には流石に疲れたのだろう。深く息を吐いて額に浮かぶ汗を拭うエイト。
「少し疲れたな。……魔力は全然減った感じはしないけど……体力がなぁ……」
膨大な魔力量を持つエイトだが、体力は普通だ。だが、田舎育ちの事や農業をやっていたお陰で少なくない体力は有している。とは言うものの、冒険者としては下から数えた方が早い位の体力量だが。
「少し休むか。……この場所以外で、だな」
周囲に漂う臓物の臭い、それに不快そうな表情を浮かべて呟くエイト。
確かに、この場所で休むのは論外だろう。強烈な臭いもそうだが、その臭いを嗅ぎ付けて沢山の魔物がやって来る可能性も有るのだから。
「さて、このまま真っ直ぐ行って……休むのに丁度良い場所があったら休憩するか」
そう呟くと、再度扇形の陣形をゴーレムカヴァリエに取らせ、移動を開始する。
そして、休むのに最適な場所を吟味しつつ移動していると、前方に簡素な家が複数存在していることに気が付く。いや、簡素な家と言うよりも掘っ建て小屋と言った方が正しいだろう。
その掘っ建て小屋を目にしたエイトは、目を丸くして口を開く。
「何で魔物が居る森に? こんな所に人が暮らしているのか? 有り得ないだろ……普通……」
呆然と掘っ建て小屋を眺めながら呟くエイトだが、その掘っ建て小屋から姿を表したものを見て、更に驚愕する。
(おいおい……まさかオークが建てたのか?)
そう、オークが掘っ建て小屋から出てきたのだ。
しかも、オークはその1体だけではなく、よくよく見れば何体もいる。合計で30体はいるだろう。
それを見て、流石に一人では対処出来ないと判断したエイトは急いでその場を後退する。
そして、少し離れた場所まで移動して荒れた息を整える。
「はぁ、はぁ、はぁ。………あの数はヤバい! 多分だけど、複数ある建物の中にも更にいるだろうな。……となると、40から50と言ったところか……それに上位種もいるんだから厄介だな」
少々……いや、大分エイトの手に余ると言って良いだろう。
事実、先程オーク達を目にしたエイトは、自分だけじゃ無理だと判断したのだから。
だが、現在のエイトの表情は、どうしたら今の自分で全てのオークを殲滅出来るかを考えているようだ。
正直に言って無謀だと言わざるおえない。
しかし、エイトからしたらこの程度で無理だと判断していたらデズモンドのような魔術師には追い付けないと思っているのだろう。
それを裏付けるかのように、エイトが小さな声で呟く。
「ゴーレムカヴァリエに突撃させ、離れた場所からロックランスを放てば………いや、それだけじゃ駄目だろうな。ゴーレムカヴァリエの最大制御数は13体、対してオークの数は多くて50体……しかも上位種もいる。どう考えても、じり貧だな」
どうすれば良い? そんな風に、いつになく真剣な表情で考え込むエイト。
その表情のまま、静かな森の中で暫くじっとしていたエイトの表情が一変して明るいものへと変わる。
何かしらの打開策を見付けられたのだろう。
「ははは……これならイケるかもな。いや、必ず成功させてみせる!」
地面に落ちていた小枝をギュッと握り締めながらそう呟くと、エイトはオーク達の集落まで力強い足取りで戻る。
必ず自分が勝つと信じて。




