天啓
夕日が沈み始め、ほんの少しの間だけ世界を焼き尽くすかのように赤く染め上げる頃。エイトはブリッツの街へと戻って来ていた。
街はエイトが来た時と変わらず、まるでお祭りでもしているかの様に人々で溢れ、その人々を狙って沢山の店が出店されている。
その複数の店を眺めつつ、エイトは小難しい表情で冒険者ギルドを目指し歩を進めていた。
(俺が魔法を使っているのを、冒険者や一般人に見られても問題無い方法って……あるのかなぁ?)
そう内心で呟くエイトに、出店で買ったと思われる仮面を付けた少年がぶつかり倒れる。
その少年を抱き上げて怪我の有無を確かめた後、少年と一言二言話すエイト。
するとその瞬間、何か閃いた様にエイトの表情が明るくなる。
「ねぇ、君の仮面格好いいね」
「えへへへー! お父さんが買ってくれたんだよぉ!」
「何処のお店で買って貰ったの?」
「彼処の道を右に曲がった所で買って貰ったんだよ!」
エイトの問に、少年が前歯の抜けた状態で眩しい程の笑顔を浮かべて答える。
「教えてくれて有り難う。見に行ってくるよ」
「お姉ちゃんの気に入るのが有ると良いね! バイバーイ!」
「お、お姉ちゃん……お兄ちゃんだろ、そこは」
少年の最後の一言に、ガクッと首を落とすエイト。
エイトとしては、よく人に性別を間違われる事が有って慣れているが、流石に純粋な子供にまで間違われると精神的にくるものがあるようだ。
少々落ち込みつつ、エイトは少年の言う通りに道を進み、目的の店へと行く。
(……仮面専門店? さっきの少年が言っていた店は仮面専門店なのか。余り売れなさそうだけど、良く潰れないな)
内心で呟きながら呆れた様な表情を浮かべるエイト。
目だけが隠されている革製の仮面、狐のような顔の仮面、鬼のような顔の仮面、等々と沢山の仮面が並んでいる。
最初こそ良く潰れないな、等と考えていたエイトだが、仮面を一つ一つ眺めていると楽しい気分になったようで自然と笑みを浮かべている。
小さい頃、両親と共に行った祭りでも思い出しているのかもしれない。
そんな風に、ニコニコしつつ仮面を眺めているエイトを見た店主の女性が、優しく声を掛ける。
「お嬢ちゃんはどんな仮面が欲しいの?」
(お嬢ちゃん……日本にいた頃より間違われる確率が上がってるな。……あれか? 瞳の色が赤くなったからか? それとも、髪や眉毛が白くなったからか? 何にせよ、取り敢えず髪を短くしてみようかな……意味無さそうだけど……)
森の中で出会った冒険者、仮面を付けた少年、店主の女性、今日1日で三度も性別を間違われるという事に愕然としつつ、何とか改善出来ないものだろうかと口をきゅっと結んで考えるエイト。
そんなエイトの表情を見た店主は、不思議そうに首を傾げて再度声を掛ける。
「お嬢ちゃん、どうかしたの?」
女性店主からのお嬢ちゃんと呼ぶ声にビクッと反応し、熟考していたエイトが返答する。
「いえ……あの、俺は男ですよ」
「え!? 男の子なの!? 綺麗なお顔してるし、髪もサラサラだったから……てっきり……ごめんなさいね! あ~、えっと……ど、どんな仮面がお好みなのかな?」
エイトが男だと知って、口調がしどろもどろになる女性店主。
別に彼女だけが間違った訳では無いし、エイトも特に怒っている訳では無い。だが、エイトの達観したような……悟ったような表情を見ると、誰でも取り乱すだろう。エイトの表情はまるで悟った者と有名なシッダールタのようだ。
そんな表情のまま、エイトは自身の顔を隠せて尚且つ丈夫な仮面を探す。
そして、エイトが望む物を見付け手に取る。
(表面の材質は銅製で、内側にはスポンジみたいな物が貼られているな)
エイトが手に取って見ている仮面の形状はフルフェイスタイプの物で、全面真っ白に着色してある。そして、右の目元にだけ星のマークが付いていた。
因みに、内側に貼られているのは勿論スポンジでは無い。何せ、エルドラドには石油を自在に扱う技術など存在しないからだ。故に、エイトがスポンジみたいだと表現した物は、実はただの植物繊維だ。
「この道化師っぽいのは幾らですか?」
「それが好みなの? う~ん、それは正直言って人気が無くて処分に困っていたのよね。そうねぇ、仕入れた時は結構な金額がしたけど……少年の事を女の子だって間違っちゃったし、安くしとくわ! 銀貨5枚でいいわよ!」
「いいんですか?」
「ええ、いいわよ!」
「それじゃあ……はい、銀貨5枚。それと、あの鬼の仮面も下さい」
「これ? 人気が無いのばかり選ぶのねぇ。これは銀貨1枚よ」
安くしてくれると言う言葉を聞いて気分を良くしたエイトは続けて般若の仮面も買う。
般若の仮面の方もフルフェイスタイプになっていて、丈夫そうな点という事は変わらないが銅製では無いようだ。
エイトは、その2つとも人気が無いと言われる仮面を手に、店主に安くしてくれた礼を一言述べると、笑みを浮かべてその場を後にする。
そして、人の少ない場所に移動すると、空間倉庫に仮面を2つとも仕舞って、冒険者ギルドへと入って行く。
(随分慌ただしいな。何か問題でも有ったのかな?)
仮面を安く手に入れて気分を良くしたエイトだったが、冒険者ギルド内の職員が慌ただしく動き回っているのを見て首を傾げて不思議そうにする。
実際エイトが不思議に思う程、ギルド内の様子は何時もとは違って異常だった。恐らく、冒険者にとって好ましく無い事……あるいは、一般人にとって好ましく無い事が有ったのだろう。
それを察したエイトは、メアリーが冒険者の対応を終わらせたのを見て静かにカウンターに行き声を掛ける。
「こんばんは。バタバタしてますけど、どうかしました?」
「あ、エイト君。……森の中でオークに遭遇しなかった?」
エイトの問に、酷く疲れた表情で逆に質問を返すメアリー。
その様子からすると、余程の異常事態なのだろう。そして、その異常事態の対応に追われているのだろうと察せられる。
だが、エイトは何がどうしたのか分からず眉を顰めながら、倒したオークの討伐証明部位と魔石、そして依頼の薬草をカウンターに置く。
「ええ、遭遇して倒しましたけど……全部で5体ですね。魔石と討伐証明部位の鼻、あと、依頼の薬草です。確認を御願いします。あ、それとギルドカードの更新も」
「倒したの!? しかも5体も!? えぇと、ちょっと待ってて……直ぐに確認するから!」
やはり何か良からぬ事が有ったのだろう。メアリーはエイトから渡された物を手に取り、素早く確認している。
そして、確認が終わると捲し立てる様にギルドの現状を話し始めた。
「今厄介な事になってて……別にオークの1体や2体は珍しくないんだけど、通常の何倍ものオークが目撃されているのが問題なのよ。それに、オークだけじゃなくてゴブリンもなの。……それで、恐らくブリッツの近くにゴブリンやオークの集落が出来てるんじゃないかって話しが出てて……暫く、エイト君みたいに低ランクの冒険者は活動を自粛した方が無難よ。はい、ギルドカードの更新は終わったわ。それに、報酬と魔石の代金よ。……気を付けてね」
メアリーの真剣な表情で話す様子に、エイトは一切口を挟まずに聞く。
エイトはエイトなりに、メアリーやパメラ、それに他の職員が慌ただしくしている様子を見て、今起こっている事がどれだけ異常な事かを感じ取る。
とは言え、職員だけじゃなく冒険者達も仲間内で騒々しく話し合っているのを見ると、誰でも異常事態だと判断出来るだろうが。
ともあれ、これ以上ここに留まっているのは迷惑になると考えたエイトは、更新されたギルドカードに目を通すとメアリーに礼を述べて宿屋へと移動する。
そして、一階の食堂で料理を楽しみつつ明日の冒険者としての活動をどうするか考える。
(オークにはそこまで脅威を感じなかったけど……実際、グリーンウルフの方が恐かったしなぁ。でも、ギルド内があんなに慌ただしく成る程の事だし……明日はのんびりしておくのが良いかな)
内心で安全に行動した方が良いと呟くエイトだが、その表情は真逆なものだった。何処から見ても、レベルアップに丁度良いので狩りにでも行くかといった雰囲気だ。
そんなエイトの近くに座っていた商人と思われる者達の話し声が耳に入る。
「明日どころか今週は移動するのは不味いな」
「あぁ、かなりオークやゴブリンの数が多いらしいからな。死にたくないなら街を出るのは辞めておいた方が良いだろう」
「そうだな。でもよぉ、冒険者パーティーを何組か雇えば行けるんじゃねぇか?」
「お前は馬鹿か? ……ゴブリンやオークが多いって事は、其々の魔物の上位種が存在するって事だぞ」
「お前こそ馬鹿だろ。ゴブリンアーチャーやオークアーチャー、それにメイジが出てきても高ランク冒険者なら対処出来るだろうが」
「そんな魔物を倒せる冒険者を雇うなら、ランクC以上だぞ。今回の儲けもパァになっちまうだろ」
商人達の話しから上位種と言う言葉が聞こえる。 上位種とは……例えばゴブリンで言うと、ゴブリンの上にゴブリンアーチャーと呼ばれる弓を扱う技術を持つゴブリンが存在し、またその上にはゴブリンメイジが、その上にはゴブリンジェネラルが、そして、最上位にはゴブリンキングが存在する。早い話し、上位種とは普通の個体より知能が高く、少数だが魔法を扱う事も出来る個体を上位種と呼ばれる。
エイトは、その商人達の話しを聞いて先程内心で考えていた事を吹き飛ばし、笑みを浮かべて部屋へと行く。
(やっぱり予定変更しよう、レベル上げに丁度良いしな。今日戦った限りで言うと、オークの動きはグリーンウルフよりも遥かに遅かった。それを考えると、危なくなれば逃げれば良い。……それに、低ランクの冒険者が活動を自粛するなら見られる心配も少なくなる。まぁ、念の為に今日買った仮面は被るけどな)
これで明日は魔法をフル活用してレベル上げが出来ると喜ぶエイト。
槍と剣、それに革鎧を空間倉庫に収め、笑みを浮かべながらベッドに横たわる。
そして、明日の魔物との戦闘を脳内でシュミレーションしつつ、深い眠りへとついた。




