第二話 看板猫ラテ丸と、森のモフモフなお客さま
秘境の森に朝の光が差し込み、木漏れ日がカフェの窓辺を優しく照らしていた。
「ふにゃぁ・・・アルト、今日の朝ごはんは何ニャ?」
看板猫のラテ丸が、カウンターの特等席でパチリと目を覚ます。
愛用の猫型スプーンを大切そうに抱えながら、すりすりとアルトの腕に頭を擦り寄せてきた。
「おはよう、ラテ丸。今日は焼きたての香ばしいトーストと、とろとろのスクランブルエッグだよ」
「うにゃあ! 最高ニャ!」
アルトが手際よく朝食を準備し、ラテ丸専用のカフェオレボウルに温かい泡立てミルクを注ぐ。
ラテ丸がチョンとスプーンで魔法をかけると、ミルキーで優しい甘みが一気に引き立ち、二人は笑顔で賑やかな朝の時間を楽しんだ。
開店の準備を整え、焼き立てパンの香りが店内に満ち始めた頃――。
カランコロン、と入り口のドアベルが静かに鳴った。
「いらっしゃいませ・・・っと」
アルトが笑顔で迎えようとして、思わず言葉を呑み込んだ。
ドアをくぐって入ってきたのは、普通の客ではなかった。
大人の背丈を軽く超えるほどの巨体を持つ、美しい銀色の毛並みをした巨大な狼――【銀狼】の神獣だった。
しかし、その威風堂々とした立ち姿とは裏腹に、身体のあちこちには擦り傷があり、毛並みもボサボサでひどく疲れ切っている様子だった。
「・・・ぬぅ・・・甘く香ばしい匂いに誘われて来てみれば、人間の店か・・・」
腹の底に響くような低い念話が店内に響く。
銀狼は警戒するように身を低くし、鋭い瞳でアルトを見つめた。
そんな重苦しい空気を一瞬で吹き飛ばしたのは、カウンターから飛び降りたラテ丸だった。
「何を怯えているのニャ、大きなワンちゃん! ここはアルトの絶品料理が食べられる、森で一番幸せなカフェニャ!」
ラテ丸はトコトコと銀狼の足元まで歩み寄ると、自慢の猫型スプーンを胸に当てて胸を張った。
「なっ・・・貴様、古の神獣【カフェラテ・キャット】ではないか!? なぜそのような姿で人間に懐いているのだ・・・!?」
「懐いているのではないニャ、僕はこの店の優秀な看板猫ニャ! それよりお前、お腹が減っているんだろう? アルトのご飯を食べれば、悩みなんて吹き飛ぶニャ!」
銀狼はお腹をギュルルと鳴らし、気まずそうに目を逸らした。
長年の縄張り争いと旅の疲れで、ここ数日はまともな食事にありつけていなかったのだ。
アルトは優しく微笑むと、銀狼の巨体に合わせて厨房へと戻った。
「よし・・・それなら、とっておきのお肉料理を作ろうか」
アルトは万能スキルの【万能クラフト】と【生活魔法極化】を発揮し、極上の肉塊を取り出した。
表面を強火で香ばしく焼き上げ、秘伝のハーブとスパイス、ジューシーな肉汁を閉じ込めた極上の「特製ローストビーフ」を切り分ける。
焼き立ての自家製バゲットに、たっぷりの新鮮な野菜と厚切りローストビーフ、自家製の特製グレービーソースを挟み込んだ「特製ローストビーフサンドプレート」の完成だ。
「お待たせしました。特製ローストビーフサンドです。お肉のスープも添えてありますよ」
大きな木製プレートに山盛りに盛られた肉料理が、銀狼の目の前に運ばれる。
香ばしいお肉の脂とハーブの香りが鼻腔をくすぐり、銀狼は思わず唾を飲み込んだ。
「・・・いただくぞ」
銀狼が大きな口を開け、ローストビーフサンドを一気に噛み締めた。
――次の瞬間。
「〜〜〜〜〜〜っ!??!」
銀狼の全身がカッと熱くなった。
外はカリッと、中はフワフワのバゲット。噛みしめるたびに溢れ出す、旨味の詰まったジューシーなお肉の肉汁。そして何より、アルトの万能魔法が施された料理からは、身体の傷と疲れを癒やす温かなエネルギーが溢れ出していた。
「う、美味い・・・! 何だこの肉の柔らかさは・・・! 身体の奥から元気が湧き上がってくる・・・!!」
銀狼は我を忘れて夢中でプレートを平らげ、スープを一滴残らず飲み干した。
すると不思議なことに、ボサボサだった銀狼の毛並みが、まるで最高級のシルクのように光り輝き、ツヤツヤのモフモフへと一瞬で復活していったのだ。
身体の擦り傷も綺麗に消え去り、毛艶は見違えるほど美しくなった。
「おぉ・・・我が力が、傷が完璧に癒えている・・・!」
「ふふ、お気に召したようでよかったです」
アルトが優しく微笑むと、先ほどまで威厳を保っていた銀狼は、耳をペタンと寝かせて「くぅ~ん」と喉を鳴らした。
そして、大きな頭をアルトの腰あたりにすりすりと擦り付け、甘え始めたのだ。
「うわっ、すごいモフモフだ・・・気持ちいいな」
「むぅー! アルトを独り占めするのはズルいニャ! 僕も混ぜるニャ!」
ラテ丸も銀狼の頭の上にぴょんと飛び乗り、二匹で仲良くアルトに甘え始める。
カフェの中は、最高に癒やされるモフモフパラダイスと化していた。
♢
一方その頃。
王都の高級ギルドの一室では、酷い惨状が広がっていた。
「くそっ! なんだこのカチカチの干し肉は! 歯が折れるわ!」
「リーダー、魔法の具足が壊れたんだけど、誰も修理できないの!? 街の鍛冶屋に見せたら万単位のお金を請求されたわよ!」
「野営のテントが寒すぎて誰も眠れてないんだぞ! どうにかしろよガイ!」
アルトを追放した『閃光の剣』のメンバーたちが、互いに怒鳴り散らしていた。
彼らは今まで、アルトが陰でどれほど完璧にパーティーの生活基盤と装備メンテナンスを支えていたかに、追放してから初めて気づいたのだ。
「くそぅ・・・! アルトの奴、どこに行きやがった・・・!」
勇者ガイは頭を抱えて唸っていたが、彼らがどれほど後悔しようとも、もう遅かった。
♢
「ふぅ、今日もいいお天気だなあ」
そんな元パーティーの混乱など知る由もないアルトは、カフェのテラス席で穏やかな風を感じていた。
足元では、すっかりツヤツヤの毛並みを取り戻した銀狼が気持ちよさそうにお昼寝をし、膝の上ではラテ丸が「ふにゃぁ・・・」と幸せそうに丸くなっている。
「アルト、明日はどんな美味しいものを食べるニャ?」
「そうだね、明日もみんなが笑顔になるものを作ろうか」
アルトは優しくラテ丸と銀狼の頭を撫でながら、心からの温かな笑顔を浮かべた。
追放された万能職が開いた秘境のカフェは、今日もたくさんの美味しさと、たくさんのモフモフな幸せに包まれていたのだった。




