第一話 万能職の俺、追放されて秘境でカフェはじめます
「アルト、お前は本日をもって我が『閃光の剣』パーティーを追放とする!」
豪奢なギルドの個室に、リーダーである勇者ガイの怒声が響き渡った。
卓を挟んで向かい立つアルトは、怒るでも悲しむでもなく、ただ静かに「・・・理由を伺っても?」と問いかけた。
「決まっているだろう! お前は剣の腕も魔法の威力も中途半端な『万能職』だ! うちのようなトップを目指すパーティーに、そんな器用貧乏な足引っ張りは要らんのだよ!」
ガイは鼻で笑い、他の仲間たちも嘲笑を浮かべている。
だが、彼らは何一つ理解していなかった。
ダンジョン攻略中の野営で、寒さに震えずに済んだのは誰の生活魔法のおかげか。固くて不味い干し肉が、まるで高級レストランのような料理に化けていたのは誰の腕だったのか。苛烈な戦闘の後、装備の傷が一瞬で修復されていた理由を。
(・・・ふぅ、まぁ・・・いいか)
アルトは心の中で小さく息を吐いた。
仲間のためにと陰でパーティーの生活基盤を支え続けてきたが、彼らがそれを「当たり前の雑用」としか思っていないのなら、引き留まる理由などどこにもない。
「分かりました。今までお世話になりました」
深々と一礼し、アルトは未練もなくギルドの部屋を後にした。
背後から「今さら泣きついても遅いぞ!」という怒声が聞こえたが、アルトの足取りは驚くほど軽かった。
(さて・・・これでやっと、ずっとやりたかった『自分の店』が持てるぞ)
アルトの真の力――それは単なる器用貧乏などではない。
あらゆる生活系魔法やクラフト技術を極限まで引き上げる【万能適性】。それこそが彼の持つ能力の正体だった。
♢
王都を離れること数百キロ。
アルトがやってきたのは、人跡未踏とされる【深緑の秘境森】だった。強大な魔物や神獣が住まうと言われ、一般の冒険者が決して足を踏み入れない禁域である。
「うーん、空気も綺麗だし、水も澄んでいて最高だなあ」
アルトは伸びをして、澄み切った森の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「よし、この辺りにお店を建てよう!」
アルトは腕まくりをすると、さっそく万能スキルを発揮し始めた。
「【空間把握】、【素材抽出】・・・そして【万能クラフト】」
アルトが地面に手を突くと、やわらかな緑の光が周囲を包み込んだ。
倒れていた巨木が綺麗な木材へと加工され、魔法の光とともに次々と組み上げられていく。土台が固まり、壁が立ち上がり、温もりあふれる木造の建物が形作られていった。
大きなガラス窓、店内を柔らかく照らすランタン、木の香りが心地よいカウンターと丸テーブル。
ものの小一時間で、森の緑に優しく溶け込む、最高におしゃれなカフェが完成してしまった。
「うん、我ながら完璧な出来映えだ!」
アルトは満足そうに頷き、完成したばかりの厨房に立った。
ピカピカの調理器具を並べ、空間魔法の倉庫から大切に保管していた新鮮なミルクと小麦粉、そして甘い香りの果実を取り出す。
「さて、開店前の腹ごしらえ兼、試作といきますか」
アルトが腕を振るい始めると、厨房から香ばしくも甘い匂いが漂い始めた。
オーブンからはサクサクふわふわの「特製マフィン」が焼き上がり、ミルクパンでは新鮮な濃厚ミルクが極上の泡となってふわふわに泡立っていく。
深煎りの豆から抽出した芳芳なエスプレッソに、その泡立てミルクを静かに注ぎ込めば――贅沢な「特製カフェラテ」の完成だ。
「ふぅ・・・我ながらいい香り・・・ん?」
アルトがカップを手に取ろうとしたその時。
カサリ、とお店の入り口の扉がかすかな音を立てた。
見ると、少し開いたドアの隙間から、何かが「ふにゃ〜ん・・・」と情けない声を漏らしながら覗き込んでいる。
「・・・お客さん・・・? いや、猫?」
そこにいたのは、一匹のぽっちゃりとした猫だった。
カフェラテのような優しいブラウンの毛並み。そして驚いたことに、その小さな前脚には猫の顔が彫られた可愛らしい木製スプーンがしっかりと抱えられていた。
「・・・ふにゃぁ・・・あ、甘くて最高にいい匂いに誘われて来てみれば・・・な、何ニャこの美味しそうなものは・・・?」
頭の中に、幼くも気品を装おうとする声が直接響いてくる。
念話を使って話しかけてきているようだ。どうやらただの野良猫ではないらしい。
「お腹が空いているのかな? よかったら、これ食べてみる?」
アルトが笑顔でカフェオレボウルに注いだ温かいラテと、焼き立てのマフィンをカウンター越しに差し出すと、猫は目を丸くした。
「む、無礼者め! 妾・・・いや、僕を誰だと思っているニャ! この秘境の森を統べる神獣・・・」
――ぐぅぅぅ〜っ。
威厳を保とうとした瞬間、猫のお腹が盛大に鳴り響いた。
猫は耳を赤くしてシュンと丸くなると、おずおずと差し出されたカフェオレボウルへと顔を近づけた。
抱えていた猫型スプーンでラテを一口すくい、パクリと口に含む。
――次の瞬間。
「〜〜〜〜〜〜っ!??!」
猫の体が、電気でも走ったかのようにピクンと震えた。
まあるい瞳が糸のように細くなり、まさに幸せの絶頂と言わんばかりのとろけるような笑顔へと変わる。
さらに驚いたことに、猫の頭の上から「ぽわんっ」とハート型の湯気が立ち上ったのだ。
「な、ななな、何ニャこれはーーーッ!? 舌の上でミルクがふわふわ溶けて、苦味と甘みが絶妙に混ざり合って・・・! マフィンも外はサクサク、中はしっとり・・・! 僕の長い歴史の中で、こんなに美味しい食べ物は味わったことがないニャ!!」
あまりの感動に、猫は目からボロボロと大粒の涙を流しながら、夢中でラテとマフィンを平らげてしまった。
「はは、そんなに喜んでもらえると作ってよかったよ。僕の名前はアルト。この森でカフェを開こうと思ってね」
アルトが優しく撫でてあげると、猫は「ふにゃううぅ・・・」と心地よさそうに喉をゴロゴロと鳴らした。
「アルトと言うのかニャ・・・! うむ、決めたニャ!」
綺麗に平らげた猫は、鼻息も荒く愛用の猫型スプーンをビシッと掲げた。
「この素晴らしい味と居心地を守るため、僕が特別にこのお店の「看板猫」になってあげるニャ! 感謝するがいいニャ!」
「ふふ、頼もしいな。じゃぁ、君の名前は・・・そうだね。ラテみたいなブラウンの毛並みと、その丸くて可愛い形から『ラテ丸』なんてどうかな?」
「ラ、ラテ丸・・・! ふん、悪くない名前ニャ! 今日から僕がラテ丸ニャ!」
ラテ丸は誇らしげに胸を張ると、アルトの膝の上へと跳び乗り、くるりと丸くなった。
「よろしくね、ラテ丸。これから一緒に、素敵なお店にしていこう」
窓から差し込む温かな木漏れ日の中、アルトは膝の上の柔らかい毛並みを撫でながら、静かに微笑んだ。
追放された万能職と、甘いものに目がない神獣ラテ丸。
秘境の森の小さなカフェで、最高に温かくてモフモフなスローライフが、今ひっそりと幕を開けたのだった。




