第三章
唐須は動物の声が聞こえる少年だった。
ただ、声が聞こえるわけじゃない。助けを呼ぶ声が聞こえるのだ。
「……なんだよ、それ」
公園のベンチに座りながら、狭野は不思議そうに聞いた。
夏の暑さを少しでも紛らわすために、近くのコンビニで買ったアイスを頬張っている。
「……おかしいよね。変なこと言ってごめんね、狭野くん。忘れてもらっていいから……」
唐須がこのことを誰かに話すのは初めてだった。
「確かに変わってるけど、否定してるわけじゃない。なんていうか……唐須っぽくていいんじゃない」
「…………本当に?」
「本当に。それっていつも聞こえてるのか?」
狭野が最後の一口を食べ終えると、ゴミをくしゃりと潰して袋に入れた。
「詳しくは僕にもわからないんだけど、動物が近くにいると聞こえるみたい」
「へえ、なんていうか……凄いな、お前」
変人だと思われてもおかしくないと思っていた唐須にとって、狭野に褒められるとは思ってもみなかった。
「ってか、まだアイス食べてんのか。いい加減溶けただろ」
「え、あ……うん。飲むタイプだから大丈夫」
そういって、唐須はアイスを飲み干した。その姿に、狭野は呆れながらも、ふっと笑った。
こんな日常が、唐須にとってかけがえのないものだった。
唐須が狭野に自分のことを話した数日後、その日は雨だった。
目の前で一羽の烏が倒れていた。黒い羽が雨に濡れて光っている。
「……君が、呼んでいたんだ。ちょっと待ってね」
鞄からビニール手袋を取り出すと、烏を屋根のあるベンチまで手早く移動させる。いつもこうしている唐須にとって、ビニール手袋は必需品だ。
「大した怪我じゃないみたいだね。羽に水分が含まれ過ぎてうまく飛べなかったみたい」
屋根のあるベンチでしばらく見守っていると、羽が乾いてきたのか、立ち上がって毛繕いをしたり、うろうろと歩き回った。
「思ったより元気そうでよかった!」
烏の様子を見守りながら安堵する。バチッと目が合う。
「……怖がらせちゃったかな?ごめんね」
唐須は謝罪の言葉を口にしながら目を逸らした。
烏は何も言わない。静かに見ている。
「……うん、大丈夫そうだね。そろそろ行くから、次は気をつけるんだよ」
烏に優しく言葉をかけ、傘を差してそのまま家へと帰る。
「カァ」
唐須が去った後、寂しそうに烏が鳴いた。
*
唐須が動物と話せるという噂は、あっという間に学校中へ広まった。
たまたま、唐須が烏に話しかけている姿を、クラスメイトが見ていたらしい。
それをきっかけに、唐須は周囲から距離を置かれていく。ただ、狭野だけは変わらずに唐須と接していた。
「……お前は気にするな」
その言葉に、唐須は何度救われただろう。しかし、日が経つにつれて、味方でいてくれることに罪悪感を抱くようになった。
狭野は学年一の秀才だ。そんな彼まで、同じような目で見られてほしくないと思った。
二人はある日、いつもと同じように一緒に帰っていた。この日は雨が降っていた。
「……狭野くん」
「どうした、唐須」
「狭野くんは僕と一緒に居ない方がいいよ」
「まだそんなこと言ってるのか。俺のことは気にするなって……」
「気にするよ!」
狭野の言葉を遮るように、唐須は叫ぶ。
「……僕が無視されるのは、もういいんだ。けど、狭野くんがそんな扱いを受けるのは嫌だ……。君は本当に優しい人だから、傷付いてほしくないんだ……」
泣きそうになるのを必死に堪えながら、唐須は自分の気持ちを吐き出していく。
「唐須……」
「僕のことは気にしなくていいから。だから、明日からは一人で帰るよ……じゃあね、狭野くん」
唐須は狭野の返事を聞かず、そのまま走って帰った。
唐須が一人で帰り始めて、一週間が経った。いつものように帰っていると、一羽の烏がこちらを見ていた。
「あれ?君って、あの時の烏だよね?」
気付いた唐須は、声を掛けながら道路を渡ろうとしていた。
その時、横から来ている車に気づくのが遅れた。大きな衝撃が走り、唐須の身体が宙に浮いた。
「…………っ、あ」
唐須は全身の痛みに耐えながら、意識が遠のいていくのを感じていた。ふと烏の方を見ると、こちらをじっと見ていた。
よかった、轢かれていなかったと頭の片隅で考えながら、唐須は安堵した。
「……ご…………めん……ね」
このまま死んでしまうことを悟りながら、謝罪の言葉を残し、唐須の意識はそこで途切れた。




