第四章
唐須が次に目を覚ました時、そこには不思議な世界が広がっていた。
まず、遠くが良く見えた。そして視野がひどく広い。
目が悪い方ではなかったが、ここまで見えるのはおかしいと思った。
色がいつもより多く見える。そんなはずがないのに、本当に色が多く見えるのだ。
そして、身体が思うように動かない。腕に痛みを感じるが、自分で起き上がることができない。
すると、誰かが立ち止まったのか、視界が暗くなった。その人物を見て、思わず目を見開く。狭野くんだ。
「……●※、△×@$」
狭野がこちらに向かって話しかけているのに、唐須は何を言っているのかわからなかった。
……夢でも見ているのだろうか。唐須がそんなことを考えていると、布に包まれて身体を抱えられている感覚がした。
おかしい、と唐須は思った。いくら自分が軽い方だといっても、こんなに簡単に抱えられるはずがない。
不思議に思いながら狭野の方を再度見ると、電話をかけていた。話し声は聞こえるが、意味はわからない。
そして目線を下に落とすと、水溜りができている場所があった。そこに映った自分の姿を見て、唐須は驚愕した。
自分が烏の姿をしていることに。どうしてなのかと、疑問ばかりが浮かぶ。
頭の中がうまく整理できず、どうしていいかわからないまま、狭野と目が合った。
嬉しそうな顔でこちらを見ていると思えば、悲しそうな顔に変わった。その表情に、唐須は少し胸が締め付けられた。
車で来た女性に連れられて、気が付いたら病院で手当てをされていた。
しばらくは様子を見られていたが、問題無いと判断されると、すぐに元にいた場所へと帰された。
その後は、烏として狭野を見守りながら、再会した場所で彼の話を聞くのが、唐須にとって欠かせない時間となっていた。
相変わらず狭野の言葉の意味はわからないが、それでも一緒にいられるなら唐須はそれで良かった。
*
暑かった季節が過ぎ、寒さが身に沁みる季節が訪れた。
高校三年生の狭野は、大学への進学を決めていた。
そして無事に推薦合格が決まった日は、いつものように烏にも報告した。
あの日から、狭野と烏の奇妙な関係が続いている。
学校の帰り道。まるで、狭野の帰りを待っているかのように、烏はいつもの時間と場所にいるのだ。
相変わらず一人話を聞かせては、稀に「カァ」と返事をしてくれる烏に、狭野は静かに感動したこともあった。
その時間はいつしか、狭野にとってもかけがえのない時間となっていった。
雪が溶けて春になる頃。狭野は烏の姿を見なくなった。
それでも狭野は、今日もいつもの場所に座った。今日は、高校の卒業式だった。
「最後、だな……」
春から遠方の大学へ進学する狭野にとって、ここに来るのは今日で最後だった。
狭野は過ぎていった日々を次々に思い出している。そこには唐須と過ごした日も入っていた。
今となっては思い出として、これからも狭野の中で生き続けるのだろう。
「……——」
狭野は夕暮れの空を見上げて、その言葉を口にする。
ずっと後悔していたこと。ずっと言えなかったことを、伝えられた気がした。
「……帰るか」
ガードパイプから腰を上げ、夕日の残る空へ向かって、狭野は歩き出す。
ふと、どこからか烏の鳴き声が聞こえた。




