第九章 チョコアラモード
観客が自然とつくってくれた“花道”を、俺は勝者のような気分で歩いた。戸惑いがあったが、やり切った、という思いにもなっている。さぞや、フランソワは満足しただろう。
だが、公園の入口に差しかった瞬間、空気が一変した。
腕を組み、眉間にしわを刻んだスグルが立っていた。
大事なのは“目立たないこと”。それなのに、俺は全力で目立ってしまった。スマホを向けられた数なんて、もう数えたくもない。
「満足したか」
スグルは表情ひとつ変えずに言った。
返す言葉もなく、俺はただ後ろをついていこうとした――その時。
「スイマセン!」
背後から片言の日本語が飛んできた。
振り返ると、カメラを構えた若い中国人観光客らしき男が立っている。
シャッター音。構える間もなく写真を撮られた。
「きみ!」
スグルが前に出て、文句を言おうとしたら、男は慌てて言葉を重ねた。
「スイマセン! とてもカッコよかったです。みんなに見せたいです!」
悪気はなさそうだ。俺自身は「まあ、外国人だし別にいいか」と思った。
だが――俺の中のフランソワが、なぜか静かに警戒している。
だから俺は、男の前に立ち、黙って観察した。
男はジャーナリスト風の格好をしていた。黒いサングラスのせいで目が読めない。
……それでも、俺には“見えた”。
柔らかい笑顔の奥に、鋭い眼光。 そして、隙のない立ち姿。
フランソワが一歩踏み出そうとした、その瞬間。
「さあ、行こうか」
スグルが俺の前に割って入り、男との間を断ち切った。
若い中国人は、何事もなかったように背を向けて去っていく。
入れ替わるように、穏やかな声が近づいてきた。
「少し、よろしいですか」
振り向くと、さきほど演武をしていた初老の男――“師範”と呼ばれていた人物が、剣道着のまま立っていた。
柔らかい口調なのに、どこか逆らえない威厳がある。
「お話を伺いたいのですが……」
スグルがすぐに口を挟む。
「申し訳ありませんが、急いでいますので」
当然の反応だ。
だが師範は微笑みを崩さず、静かに言った。
「そうですか。舞台の上では、ずいぶん余裕がおありのようでしたが」
痛いところを突かれ、俺は思わず頭を下げた。
「勝手なことをして、申し訳ありませんでした」
「いえ、とんでもない。すばらしい手さばきでした。外国の方とお見受けしますが、どちらで修業を?」
答えに詰まる俺を見て、師範はさらに一歩踏み込んだ。
「よろしければ、公園の隣の喫茶店で、お茶でも飲みながらお話しできれば」
フランソワが、俺の中で小さくうなずいた。 ――興味があるのだろう。むしろ当然だ。
スグルも観念したように息をつく。
「……車、どこかに置いてくるよ」
そう言って歩き去った。
……
連れてこられたのは、公園の隣にある小さなビルの一階――時代に取り残された感がある喫茶店だった。
「ここは娘がやっている店でして。どうぞ遠慮なく、甘いものでも頼んでください」
居合術の師範・タネクラマコトは、柔らかい笑みを浮かべながら言った。
フランソワは、すでにメニューを凝視していた。 ページをめくる指先が妙に真剣で、目はキラキラしている。
……まあ、元は高級貴族の令嬢だ。甘味に弱いのは当然か。
結局、彼女は迷いなくチョコアラモードを選んだ。
軽く挨拶と自己紹介を済ませると、師範は静かに語り始めた。
「孫のミズキは、まだ十四の子どもですが、会の中でも一、二を争う速さでしてね。その速さで突きを放ったのです。正直、私でも受け止めるのは難しい。払うのが精いっぱいでしょう。しかし、あなたは――素手で止めた」
師範の視線が俺を射抜く。
「どの流派で、どのような修行を? 参考までに伺いたいのですが」
……困った。 説明したところで理解されるはずがない。
どう答えようかと考えていると、タイミングよく店のドアが開いた。
「お、うまそうだな……」
スグルが入ってきて、俺の前のチョコアラモードを見て座った。
師範に「なんでも頼んでください」と言われ、恐縮しながらも同じものを注文する。コーヒー付きで。
ちなみに俺――ワタルは抹茶を飲んでいる。高級貴族でも飲んだことのないものを頼んだのだ。
俺の中のフランソワは、ただ、『苦い』、と反応したようだが……
俺はスグルに小声で言った。
「流派と修行を聞かれたんだけど……」
スグルは一瞬で状況を理解し、軽くうなずいた。
「では、フランソワの付き人兼マネージャーの私から説明させていただきます」
そう前置きして、堂々と話し始める。
「フランソワは母国フランス・パリで、幼少のころからカンフーの師匠に武術を習っておりました」
「カンフー……なるほど。半身の構えが剣術とは違って見えたのは、それでしたか」
師範は納得したようにうなずく。
「ですが、真剣白刃取りの技は?」
師範の目が鋭くなる。
スグルは、まるで舞台のセリフを読むように滑らかに続けた。
「フランソワは武術を学んだ後、傭兵部隊に入り、戦地を巡っていたのです」
「……ということは」
師範の表情がわずかに強張る。
「はい。フランソワは外見に似合わず、戦場で鍛えられた戦士なのですよ」
「なるほど……実戦で磨かれた技、というわけですか」
師範は深く感慨にふけるようにうなずいた。
俺は感心した。 (さすが早稲田の演劇学科……話の作りが上手い)
「では、今は……なぜ日本に?」
師範がさらに踏み込む。
スグルはニコッと笑い、軽く肩をすくめた。
「それは、秘密の指令がありまして」
「……そうですか」
師範は、どう反応していいのかわからない顔をした。
スグルはそこで畳みかける。
「ですので、フランソワのことも、今日の出来事も、どうか誰にもお話しにならないように」
「それは……肝に銘じます」
師範は緊張した面持ちで答えた。
俺はというと―― あれほど目立つことをしたのに、なにが秘密の指令だと呆れたが……。
第10話 トリプルアタック に続く




