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フランソワとワタル新世界 第二部 ~なせばなる、の旗のもとに~  作者: リレイ飛鳥


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第八章 居合

 車は高速を降り、都内へ滑り込んでいった。片側二車線の道を、スグルの運転する箱形スカイラインがゆっくりと進む。


 俺の中に眠るフランソワ――いや、今の俺の身体そのものが彼女なのだが――その意識は沈黙したままだ。何も語りかけてこない。

 その静けさをいいことに、俺はスグルへ質問を投げた。


「東京って……どこに向かってるんです?」

「早稲田だよ」

 前を見据えたまま、スグルは淡々と答える。


「もしかして、大学って早稲田だったんですか?」

「そう」

 あまりにあっさりした返事に、俺は思わず感服した。

 優秀なんだな……俺なんて二流私大を受けて落ちたのに。


 ふと、頭の中にストーリーが浮かんだ。


「文学部ですか?」

「……ああ。よく分かったね」

「演劇学科」

 スグルが驚いたようにこちらを見た。


「見えるのか?」

「いえ。ただ、なんとなく……。高校のとき演劇部に頼まれて出たら、ハマっちゃったとか」

 その容姿なら、演劇部が放っておくはずがない。


「見えてないんだな?」

「もちろん。想像しただけです」


 スグルは少し考え、ぽつりと言った。


「ストーリーを作る感性もあるってことか……。俺の人生、君と姉さんに作られてるのかもしれないな」

 呆れたような、羨ましいような、不思議な響きだった。


 その瞬間、俺の中のフランソワがビクリと反応した。

 視線が勝手に窓の外へ向く。ビルの谷間に広がる芝生の公園。そこに人だかりができている。

 何かがきらりと光った――俺には見えなかったが、フランソワは確かに反応した。


「停めて!」

 鋭い声が勝手に飛び出した。


「な、なに?」

 スグルは驚きながらも車を路肩に寄せる。


 俺――いやフランソワは、ドアを開けるや否や飛び出し、公園へ向かって駆け出した。


「おい、待てって!」

 背後でスグルが叫ぶが、振り返る余裕はない。

 通行人が驚いた顔でこちらを見る。魔女のような紫色のローブをまとった白人女性が血相を変えて走っているのだから当然だ。


 胸がざわつく。事件か? 事故か?

 不安が膨らむ中、公園の入口に飛び込むと――


 拍手が起きていた。


 (なご)やかな空気。人だかりは何かを見物しているようだ。

 公園入口に立てかけてある看板を見てみる。


「中野区かえで通り文化祭」と看板にある。どうやら地域の文化祭らしい。


 拍子抜けしつつも、人だかりの奥へ進む。

 見物客は、退かされて、なんだ、というふうに俺を見るが、見て、みんな目が点になってしまう。

 魔女の格好をした美女が人込みをかき分けて進んでいるのだから。

 中には、出演者なのか、と思い、道を自ら開けてくれる人もいる。

 フランソワは立って見物している人たちの最前列に出た。


 舞台があり、そこで剣技が披露されていた。

 フランソワが車内から見た、きらめく光は、抜き身をさらした日本刀が秋の日を受けて反射した光だったのだ。

 しかも真剣であったため、その冷たい(きら)めきにフランソワは反応したということだ。


 舞台では、抜刀術が披露されている。

 日本刀を差した初老の男が目の前に置かれている竹の的に向かって、気合とともに刀を抜き、一刀のもとに切り割いた。


 その手裁(てさば)きのすごさに、一斉に拍手がわく。

 見物の端の方に、外国の観光客の団体がいて、指笛を鳴らしたり、フォー! と大きな声を出して喜んでいる。

 その一段の中には、中国からの観光客と思われる団体もあって、一斉に写真を撮っていた。


 そのとき、肩を叩かれた。

 反射的に手首をひねり上げる。


「いたたたっ!」

 スグルだった。


「ご、ごめんなさい!」

 慌てて手を離す。フランソワが興奮していたせいだ。


「もう……俺だからいいけど、一般人にやったらダメだよ」

 スグルは苦笑しつつ手首を振った。


 背の高いスグルが最前列に立つので、後ろの客が文句を言い始める。


「すいません、すぐ行きます」


 スグルは俺に小声で言った。

「じゃあ入口で待ってる。早めに来てくれよ」


 だが、フランソワは動かない。

 俺は困り果てて言う。


「すいません……体が言うことを聞きません」


 スグルは諦めて下がっていった。

 舞台にMCが現れた。


「種倉流居合術の会、師範のタネクラマコト様でした。もう一度熱い拍手をお願いします」

という。


「それでは次に披露しますのは、私たちの会の若きホープです」

 と、紹介されたら、舞台の上手から、剣道着に身を包んだ少女が腰に刀を差して登場してきた。


「種倉流居合術の若きホープ――」


 俺は思わず息を呑む。凛とした佇まい、髪を後ろに束ねた、うりざね顔の整った美少女。

 観客の一団が一斉に拍手を送る。どうやら地元のアイドルらしい。


 少女は深く礼をし、顔を上げた瞬間――俺と目が合った。

 彼女は頬を赤らめた。

 そりゃそうだ。最前列に、魔女のような格好の白人美女が真剣に見つめているのだから。


「タネクラハズキさん、師範のお孫さんでいらっしゃいますが、中学二年生の剣士です」と、MCから紹介される。


 俺も、というか、フランソワでない俺は、真剣に舞台上の彼女を見つめている。

 完全にオタク青年に戻ってしまっている。萌えているのだ。スマホを持っていないことが恨めしい。


 俺の中のフランソワは黙っている。というか、たぶん、興味深そうに見ていると思う。


「それでは、目にも止まらぬ速さで剣を抜く、居合を披露してもらいましょう」

 とMCが盛り上げる。


 ハズキ剣士は舞台上から見物客に向かって深く一礼した。その礼儀良さにも感心してしまう。


 姿勢を正したハズキ剣士は、左足を引き、構えの姿勢に入った。

 間を取ったのち、ハッという気合とともに剣を抜いて、横に払った。

 そこで姿勢を極めて、剣を鞘に納めた。


 美しい動きに、観客がどっと沸く。俺も夢中で拍手した。

 外国の一団も気勢を上げて盛り上がっている。中国人の団体など、最前列に出て、座ってだが、一斉にシャッターを切った。


 続いて、ハズキ剣士は横を向き、一礼する。次の演武に入るのだ。


 構えに入った。間を取っている。その間がまた良い。

 俺の中のフランソワが感心したように喜んでいるのがわかる。たぶん、自分と重ね合わせているのだ。

 カンフーの師匠であるソンエイから習っていたときのことと重ねて。どちらも筋がいい、ということのようだ。


 気合とともに一閃、剣を抜いて横に払ったら、その剣を頭上に挙げて、発声ともに振り下ろした。

 上段から振り下ろされた真剣が空気を割いた。そのまま姿勢が極まっている。


 会場からまた拍手万雷だ。


 立ち上がったハズキ剣士は、今度は舞台の下手に移動した。そして横に向く。

 一礼した。

 構えに入った。間を取っている。会場は静まりかえっている。

 気合一閃、剣を抜いて、横に払う。そこから頭上に剣を上げて振り下ろす。


 その時、俺の身体がふわりと動いた。


「えっ……ちょ、ちょっと待て!」

 気づけば、舞台の上にいた。


「なんで~」


 観客がどよめく。


 ハズキは演武に集中していて気づかない。そこはまだ未熟と言える。


 彼女の剣が振り下ろされ、突き出される――

 その刃先の先に、俺がいた。


 間に合わない。

 恐怖が胸を掴む。


 だが、フランソワはしゃがみ込み、両手で真剣を挟み込んだ。


 ー真剣白刃取りー。


 刃先は俺の胸の寸前で止まっている。


 会場が静まり返り――

 次の瞬間、爆発するような拍手が巻き起こった。


 中には、ブラボーと叫びだす者までいる。見物客の全員が大喜びで拍手をしている。

 その拍手の音で、固まっていたミズキ剣士は緊張を解いた。

 ただ呆気にとられた顔をして、こちらを見ている。


 俺はこの状況に戸惑い何をしたらいいのかと、全く呆けた状態になっているのだが、フランソワは立ち上がり、ハズキ剣士に近づいた。

 ハズキ剣士は強張った表情をしている。どうしたらいいのかわからないのだ。


 フランソワは彼女の手をそっと取り、観客へ向けて並んで礼をした。


 歓声が渦巻く。

 英雄のように道が開き、俺は舞台を降りる。


 去りつつ振り返ると、ハズキが驚いた顔で、しかし小さく手を振っていた。

 その仕草が、胸に刺さるほど可愛らしかった。



    第九章に チョコアラモード 続く

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