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フランソワとワタル新世界 第二部 ~なせばなる、の旗のもとに~  作者: リレイ飛鳥


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第11章 意外な隠れ家

 パトカーが何台も、サイレンを引きずりながらすれ違っていく。

 赤色灯の光が、夜の街を切り裂くように明滅し、スカイラインの車内を赤と青に染めた。

 俺はフードを深くかぶり、助手席に身を沈め、過ぎゆくパトカーを横目で追う。


 大事になっている――いや、当然だ。

 5人もの男が血を流して倒れているのだから。

 あの場に残された血の量、倒れた男たちの呻き声、そして俺とスグルさんがその場を離れた瞬間の、あの静寂。

 すべてが今、サイレンの音とともに蘇る。


 居合の会の連中は、どう言い訳するつもりだろう。

「自分たちの仕業だ」とでも言うのか。

 だが、そんな嘘はすぐに剥がれる。

 あの場にいた者の証言、監視カメラ、そして何より、俺たちの動きは素人のそれではなかった。


 モーゼパークの件と合わせて、俺とスグルさんはすぐに指名手配されるだろう。

 ニュースに俺――フランソワの顔が画像付きで流れる日も近い。


 俺・ワタルとフランソワを結びつけるのは不可能だとしても、スグルはすぐに特定される。

 それが心配だった。

 彼は一般人だ。俺のように“存在の曖昧さ”で逃げ切れるわけではない。


 フランソワの姿が写真付きで報道される――考えるだけで奇妙だ。

 妄想から生まれた幻のような存在が、マスコミによって“実在”として扱われる。

 ある意味、フランソワが現実に証明されるようなものだ。

 その皮肉に、俺は苦笑すら浮かべた。


 旧式の箱型スカイラインは、下町の細い路地へと滑り込んだ。

 排気音が住宅街に響き、夜気を震わせる。

 歩行者が少ないのが救いだが、音だけがやけに目立つ。

 入り組んだ道を、時に切り返しながら進む。

 下町のわりに新しいデザイン住宅が並び、街灯が多く、夜でも妙に明るい。

 防犯のためだろうが、今の俺たちにはその明るさが逆に落ち着かない。


 その明かりの中に、築50年は経っていそうな木造の家が浮かび上がった。

 広い庭を持ち、周囲の住宅からぽつんと離れて建つ大きな家だ。

 古いが、どこか威厳がある。

 昭和の終わり頃に建てられた、典型的な“昔の大きな家”という(たたず)まい。


 スカイラインはその前で停まり、すぐにバックで庭へと入った。

 荒れ放題の庭のおかげで、夜の闇と相まって外からは車が見えない。

 タイヤが草に触れる音が、妙に耳に残る。


 スグルは運転席で携帯を取り出し、短く電話をかけた。


「今着いた。鍵を開けてくれ」

 どうやら、この家には人が住んでいるらしい。


 俺――いや、フランソワは後部座席から杖だけを持ち出し、いつでも戦えるように構えて車を降りた。

 その動作は自然で、呼吸のように滑らかだった。

 スグルはそれを見て苦笑する。


 庭に面した勝手口が開き、スグルが中へ入る。

「入ってくれ」と言われ、俺も続いた。


 勝手口の先は食卓で、一人の男がノートパソコンに向かって何かを打ち込んでいた。

 蛍光灯の白い光が、男の顔色をさらに青白く見せている。

 スグルと同年代、中肉中背、いかにもオタク然とした風貌。

 部屋にはインスタント食品の匂いと、電子機器の熱が混ざった空気が漂っていた。


――俺、ワタルが年を取ると、こうなるのか。

 そう思うと、少し気分が沈んだ。


「食べるものはあるか?」

 スグルが訊くと、男は顔も上げずに「冷蔵庫」とだけ答えた。


「タクロウ」

 スグルが俺に男の名を紹介する。


「こんにちは」

 俺が声をかけると、タクロウはわずかに顔を上げた。

 女の声に反応したのだろう。


 だが、俺の顔を見た瞬間、タクロウは凍りついた。

 目が見開かれ、口がわずかに開く。

 その反応は、これまで何度も見てきたものだ。

 もっとも、相手からすると、フランソワのような女性に会うのは稀だろうが……


――またか。

 フランソワが内側でため息をつく。

 いい加減、違う反応をする男はいないのか、と。


 俺は、他人の家なのに、自然な動きで冷蔵庫を開けた。

 引きこもりだった頃、リビングに降りたらまず冷蔵庫を開けていた、一種の儀式だ。その癖が出たのだ。


 中にはスイーツ類が多く、野菜が無造作に放り込まれ、豚肉と卵もある。

 この男、調理はできないな、と判断する。


 タクロウはじっと俺を見ていた。

 いや、見惚れていると言った方が正しい。

 その視線は、まるで画面越しのアイドルを見ているかのようだった。


 俺は振り返り、ニコッと笑ってみせた。

 タクロウは顔を真っ赤にして俯いた。


――マジか。いったい幾つなんだよ……。


 スグルはぼうっとその様子を眺めていたが、

「そうだ、しばらく一緒に住むことになる」

 と言い残して食卓から出ていった。


 タクロウは「そう」とだけ言い、さらに赤くなった。


 二階には廊下続きで三部屋あり、そのうち道路に面していない八畳の和室を与えられた。

 窓が一つ、押し入れがあり、俺はすぐにカーテンを引いた。

 畳の匂いが、どこか懐かしい。


 落ち着いたと思ったら、フランソワは杖を構え、振り回し始める。

 準備運動のようなものだろう。

 空気を切る音が、部屋の静けさに鋭く響く。

 ある程度振ると、杖を脇に抱えて、片手を前に突き出し、ポーズを決めた。


 ー抱影掌(ほうえいしょう)


 廊下側の襖が開いていて、そこにスグルが立っていた。

 ポーズを決めた俺と目が合う。


「結構なことだ」

 呆れているのか、感心しているのか、微妙な声だった。


「食事にする。この家のことや、これからのこと……それと同居人について説明する。食卓まで来てくれ」


 三人で食卓についた。

 豚肉と野菜の炒め物、味噌汁、そして大盛りのご飯。

 スグルが作ったらしい。

 味は素朴だが、温かい。


 フランソワは満足そうに食べていた。

 長い戦場生活のあと、落ち着いて食べられるだけで嬉しいのだろう。


 タクロウは俺を前にして落ち着かない。

 箸を持つ手が震えている。


 食事が一段落すると、スグルが話し始めた。


「先ほども言ったが、この男はタクロウ。僕のまた従弟だ。祖父の……」

 そこで少し黙る。

 祖父――狂人となったあの人物のことだ。


「祖父の弟が大昔に東京に出てきて、その孫だということだ。だから、君……いや、ワタル君とは親戚関係になるな」


 タクロウは「ワタルとは誰だ?」と訊くこともなく、ただ俺を見ている。

 とてつもなく美しい女性であるフランソワが気になって、話が耳に入っていないのだ。


 俺とタクロウが血続きだと聞いて、

――だから最初に会ったとき、俺は“将来の自分”を見たような気がしたのか。

 と納得した。残念な気持ちも込みで。


「タクロウは、いろいろあって、この家を継いで一人で暮らしているんだ」

 結婚していたのかと気になったが、映像は浮かばない。


「タクロウのお母さんが十年前かな、施設に入られて、そのあと僕が同居させてもらっていた。食事は僕が作るという条件で」


 説明されても、タクロウはうなずきもしない。

 不機嫌ではなく、ただそういう人なのだと理解した。


「さて、これからだ……何かニュースが載っていないか?」

 スグルが訊く。


「なにが?」

「新しい……そうだな、傷害事件のような……」


 タクロウが自分のノートパソコンで調べたが、羽咋の事件も文化祭の事件も報道されていなかった。


「そうか……」

 スグルは呟き、俺を見る。


 報道されていたら厄介だが、されていないのも不自然だ。

 なぜなのか、スグルも俺も首をかしげた。


 シャワーを浴びる。

 フランソワにとっては久しぶりで、こういう形で浴びるのは初めてだろう。

 湯が肌を滑り落ちる感覚を、彼女はまるで新しい玩具を手にした子供のように楽しんでいる。

 こんな時間、戦場では無いもので、その喜びが、俺にも伝わってくる。


 俺はこっそりと鏡を見る。

 映っているのはフランソワの身体だ。

 その姿を眺めるだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。

 奇妙だが、確かな幸福だった。



    第12章 煙と炎に炙られて に続く

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