坂道が
「……坂道が……多い。坂、キツイ……」
私は担いでいた米10キロが入ったトートバッグを道に下ろす。
(ちょ、ちょっと、休憩!)
ペットボトルの蓋を開け、口に運ぶ。
(……! もうぬるく感じる! 購入した時は結構冷えていたはずなのに……!)
港の近くにある地域密着型スーパーを出発して、10分ぐらいしか経っていなかったが。9月の上旬は、まだ夏も同然。もうすぐ十五時ではあるが、お昼と変わらないぐらいの強い陽射しが降り注ぎ――。
(歩いている人なんていない。せめて友坂夫人の自転車を借りればよかった……)
目の前に続く坂道を見て、私は「やっちまったなぁ……」と芸人のように呟いた。
◇
私の歓迎会は日付をまたぐギリギリで終了となった。
友坂さんの家までスクーターで来ていた波野さんは、徒歩で帰る……ことはしない。歩いて帰れない距離ではないという。もしもっと大勢で飲んでいたなら、みんなで歩いて帰るのも選択肢だった。だが波野さんは一人。時間も遅い。リビングにはソファ以外にカウチもあり、それはかなりゆったり大き目だった。つまり男性でも横になれるサイズ。波野さんはそのカウチで休み、私は用意してもらった部屋で就寝となった。
枕が変わると眠れないことも多いのだけど、お酒も結構飲んでいた。それに初めての土地に一人で来たのだ。道中、昼寝をしたり、ウトウトしている時間もあったが、ぐっすり休んだわけではない。あえてののんびり旅で7時間かけて移動した疲れもあり、私は深い眠りに落ちていた。
目覚めるとお昼過ぎ。
チャンポンせず、ひたすらレモンサワーと地酒しか飲んでいない。おかげで二日酔いにはなっていない。その代わり(?)なのか。あれだけ沢山食べたのに、お腹は……。
「ぐる~きゅるるる~」
ハッキリと鳴いて「お腹空きました!」と合図を送って来たのだ!
そこで私はTシャツにスパッツという装いから、ロングワンピースへと着替え、部屋を出る。友坂夫妻と波野さんはどうしているのかと、まずはキッチン、ダイニングルーム、リビングルームを確認する。
しかしそこに夫妻の姿はない。カウチに波野さんもいなかった。ただ、リビングルームのテーブルには置手紙がある。
『友坂さん、理恵子さん
昨晩はご馳走様でした。
理恵子さんの手料理は
やはりとても美味しかったです。
愛する奥さんの手料理。
羨ましくなりました……!
また飲みましょう。
PS:白石さん
長師海岸に行きたければ案内しますよ。
波野』
敷地には夫妻の軽自動車と軽トラック、自転車しかなかった。波野さんのスクーターはないので、家に帰ったことが確定する。
(となると友坂夫妻は……)
トイレやバスルームの様子を探るも、気配なし。それぞれの仕事部屋、さらに庭や物置、陶芸で使う窯が置いている場所まで確認するが、夫妻の姿は見当たらない。ただ飼い犬のロキくんが元気に私を迎え、「ご飯!」という感じで鳴かれてしまう。そこでドッグフードを見つけたので、お水と餌を与えた。
(……寝ている。多分、まだお二人は寝室で寝ているんだ)
庭から見上げると、夫婦の寝室のカーテンは閉じたまま。
(うん。寝ている。あれだけ飲んだのだし、友坂夫人は酔って爆睡だった。無理に起こさない方がいいだろう)
しかしロキくん同様、私は腹ペコ。
そこで冷蔵庫を確認し、昨晩の残り物でひとまず胃袋を満たしたが……。
(ご飯がない。やっぱり炭水化物を食べないと、物足りないな)
そこでお米を炊くことを思いつく。
炊飯器はすぐ目に付く場所にあったが、お米が見つからない!
シンクの下の収納、冷蔵庫、棚など、ありそうな場所を探すが、見つからなかった。
(昨晩、鯛飯も沢山作っていたし、お米は使い切っちゃたのかもしれないわ!)
ならばとスーパーへ買いに行くことを思いつき、ソファに座り、スマホでお店を検索する。
(そうか。スーパーと呼べるお店はここだけなのね。あとは小さな商店が点在している)
地図アプリを開き、スーパーまでの距離と時間を計測すると、徒歩で40分ぐらいで行けるようだ。
(……結構歩くな。自転車使えたらいいけど鍵は……。無理に二人を起こしたくないし、いい散歩になるはず。昔は位置情報ゲームで距離を稼ぐために、都内をよく歩き回っていた。40分なんてすぐのはず。行こう!)
友坂夫人から、既に家の鍵は預かっていた。
(では行ってきます!)
スニーカーを履き、帽子を被り、地図アプリを起動したスマホを手に、家を出発した。
◇
歩き出してすぐに空気が美味しく感じられる。東京では家を出ると埃っぽいというか、深呼吸したい気持ちにはならない。でもここでは何と言うか太陽の陽射しも心地よく、日焼けを気にするより、その光をもっと浴びたい気持ちになるのが不思議だった。
「あ!」
民家は密集しているわけではない。古い家と移住者向けの新しい家がほどよい距離感で点在している。そしてその家と家の隙間から、ちらっと瀬戸内の海が目に入るのだ。
しかもあちこちで目に付くのは、みかんやレモンの木。どちらも青い実を実らせている。
歩き出してすぐ、自分の行動が正解に思えてきた。
(友坂夫人は『観光するような場所なんてないけど、行きたいところがあれば、すぐに車を出すわよ~。私も旦那も、出社時間が決まっている会社員とは違い、自由だから!』と言ってくれている。でも創作活動をしているのだし、邪魔をするわけにはいかない。一人でも徒歩でこうやって歩くだけで、楽しい気持ちになれる。何気ない景色を見ても、満足できる!)
最初は、目に飛び込んで来る景色に満足していた。ところが午後のこの時間、車の往来は少ない。そうなると聞こえてくるのだ。セミと鳥の鳴き声が。
(東京で一人暮らしをしているマンションの部屋は11階。街路樹もひょろっとしたものばかり。セミの鳴き声がこんなに聞こえるのは……)
都会とは違う、島の世界。心が和む。
さらにちょっと開けた場所に出ると、海がはっきり見えるのだ!
(海は青いものと思ったけど、元気な陽射しを受け、白銀にきらめている。波が立つと光が砕け、キラキラと煌めく。そして時折、青が深くなる)
さらに胸が躍るのは、遠くに見える島影。ここが瀬戸内海の島であることを実感できる。
フェリーの汽笛も聞こえ、目指すスーパーにはあっという間に到着した気がしていた。しかもスーパーにはカフェがあり、そこにはイートインスペースもある!
(気持ちよく歩けたけど、やっぱり少し疲れた。ここは休憩ね!)
買い物をする前に、カウンター席で大きなあんドーナツとコーヒーをいただくことにした。
(観光客も地元の人もこのスーパーを愛用しているのね)
ソファ席では観光客らしい女性二人組、外のテラス席では親子が談笑し、飲み物や食べ物を楽しんでいた。そんな様子をぼんやり眺めていると、すでに私もこの島の住人気分だ。
さらにカゴを手に店内をウロウロすると、「あ、お惣菜がいっぱいある!」「うーん、肉は少し高いな」「あ、野菜はばら売りなんだ!」とすっかりこの場に馴染んでいる。
(いろいろ買いたくなるけど、お米10キロゲットが今日の目標。しかも徒歩だから、後は我慢!)
こうして私はお米とペットボトルの水だけ手に入れ、スーパーを出る。
お米を入れたトートバックはずしりと右肩に重いが、あんドーナツとコーヒーでまだ元気だった。しかし店を出て10分も経つと……。
「……坂道が……多い。坂、キツイ……」
ギブアップとなる。
(……休憩して、それで歩けるかな……)
そもそも行きに40分も歩いた時点で疲れている。位置情報ゲームで歩き回っていたのは五年も前なのだ。その頃みたいに歩けるわけがなく……。
トホホになっていると、ガタッという音に続き、排気音が聞こえる。
振り返ると軽トラックが止まり――。
彼のアッシュブラウンに近い明るい髪が、陽射しを受け、輝く。ふわりと風で前髪が揺れている。黒目の大きなスッキリとした瞳が、私に向けられた。
「……白石さん? こんなところで一人、何をしているんですか?」
白シャツにベージュのスリムパンツの波野さんが、軽トラックから降り、私の方へ歩み寄った。
お読みいただき、ありがとうございます!
島の坂道とお米10キロのコンボ
そして暑さ!
これは確実にダメージがくるぅ~
ということで限界を迎えたあずさの前に神降臨!?
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