友坂夫妻
「「あずさちゃーん! あずさちゃーん!」」
友坂さんは御年五十五歳、友坂夫人は御年五十歳。
夫人とメッセージアプリでやり取りをしている時から、大量の絵文字やスタンプが送られてきて、若々しいと思っていた。そして実際に二人に会うと……。
黒髪を無造作に後ろで一本に結わき、細いフレームの眼鏡をかけている友坂夫人は、化粧っ気ゼロなのに肌は艶々、三十代ぐらいに見える! しかも狩浜縞と言われる木綿の着物姿。狩浜縞は愛媛生まれの伝統模様だ。
そして友坂さんは縦にも横にもボリュームがあり、目尻が下がった柔和な顔で、まるでパンダみたい! しかも頭にタオルを巻き、草色の作務衣姿で、ザ・職人=陶芸家に見える!
さらに二人はアイドルの応援に使うようなうちわ――応援うちわに「あずさちゃん welcome!」と書いたものを手にしているのだ。
これにはもう、嬉しいやら、恥ずかしいやら。
しかも重いだろうからと、あのイケメンは私のスーツケースを持って一緒にフェリーから下船してくれた。そして友坂夫妻を見ると……。
「あ、友坂夫妻!」と口にするではないですか!
「あ、あの、友坂夫妻をご存知なんですね……!」
「中島の人口は3000人未満。そして移住者のコミュニティは自然にできやすいですからね」
「なるほど」
「……あずささんというお名前なんですね」
名前を知られたと思ったが、チャンス!とも思ってしまう。
(だってこの場限りの出会いかと思ったら、共通の知り合いがいた。これはチャンスと言っていいよね!?)
「はい! 白石あずさ、といいます」
「俺は波野歩です」
波野さんが名乗ったところで、友坂夫妻と合流となった。
◇
「では、あずさちゃんの滞在初日を祝い、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
乾杯はビールではなく、レモンサワー!
部屋中にレモンのいい香りが漂っている。そして広々とした畳敷きのダイニングルームには、友坂夫妻に加え、波野さんと私。
フェリーから下船し、友坂夫妻と合流すると、当然尋ねられる。
「あれ? 歩くん! あれ、あれ、あれ? もしかして、あずさちゃんと知り合いなの~?」
友坂夫人に尋ねられた波野さんは「ええ、フェリーの中でたまたま席が近くて。さっき知り合いになりました」と朗らかに笑う。すると友坂さんが「なるほど! 袖振り合うも他生の縁。波野くん、これから一緒に晩御飯どう? あずさちゃんの歓迎を兼ね、料理は沢山用意してある」と提案したのだ! 尋ねられた波野さんは「お邪魔していいのですか?」と確認。すると友坂夫妻が私を見るが「私は大歓迎ですよ!」と即答する。
いろいろよくしてもらった波野さんには、友坂夫妻に渡すおみやげの一部──家の近くの老舗の煎餅屋のおかきを御礼で渡したが、それでは足りないと思っていた。友坂夫妻に渡すため、東京の地酒も持参しているが、これは一本しかない。でも友坂家で一緒に夕ご飯を食べるなら、この地酒も飲んでもらえる!
ということで私は友坂夫妻の軽自動車に乗せてもらう。波野さんは港までスクーターで来ていたので、それで友坂家に向かうことになった。
友坂夫妻の家に着くと、テーブルを埋め尽くす勢いで料理が並べられている。料理は友坂夫人、その料理をのせる器は陶芸家の友坂さん作のもの! そして用意されている料理は……。
瀬戸内は鯛が美味しいらしい。テーブルの中央にドーンと鯛の刺身をのせた巨大なお皿が置かれている。さらに夏の味覚のタコの刺身、愛媛では鉄板のじゃこ天。レタスと玉ねぎのサラダに早生みかんが散らされている”みかんサラダ”。そして大量のレモン!
「これ、中島産のレモン! つまり島生まれのレモン! 生搾りレモンサワーはこれで飲むのが一番だよ」
ということで友坂さんの音頭でレモンサワーで乾杯をして、私の歓迎会を兼ねた夕食がスタートした。
「鯛めしも用意してあるから、どんどん食べてね~!」
友坂夫人は料理好きのようだ。全て手作りで、どれも美味しい! それにさっぱりしたレモンサワーはお刺身にもサラダにも合うし、どんどん進んでしまう。
「じゃあ、あずさちゃんが頑張って持参してくれた東京の地酒! 一升瓶! 飲むわよぉ~!」
さんざんレモンサワーを飲んでから、満を持して日本酒に突入する。友坂夫妻も波野さんも飲めるようで、喜んでお酒を口に運んでいたが……。
「あー、理恵子さん、できあがっちゃったな」
友坂さんの言葉に視線を移動させると、友坂夫人が畳で気持ちよさそうに大の字になっている。
「今日は飲むと決めていたから、実はあずさちゃんを迎えに行く前に、理恵子さんシャワーもちゃんと浴びているんだ。ちょっとこのまま布団まで運んじゃうよ」
そう言うと友坂さんはその大きな体で軽々と夫人を抱き上げ、ダイニングを出ていく。
(あ……イケメン波野さんと二人きりになってしまった……!)
酔っているのにそこは冷静に気づき、急激に心臓がドキドキしてくる。
(なんか、波野さんにこの鼓動の音が聞こえてしまいそう……!)
それを誤魔化すため、波野さんに尋ねる。
「な、波野さんは友坂夫妻とこんなふうに飲むこと、よくあるのですか!?」
「いえいえ、これで二度目です。友坂夫妻は移住して五年ですけど、俺は実はまだ移住して一年も経っていません。それに友坂夫妻は波があるから……」
「波……?」
「そう、まさに波。二人とも芸術家なのは、白石さんも知っていますよね」
そう言って波野さんは、私が持参した地酒の入ったお猪口を口に運ぶ。
お猪口の持ち方、お猪口を持つ細い指、そして所作の一つ一つが上品で美しい。
友坂夫人によると、波野さんは私の三つ年下の25歳。しかしその見た目の若々しさに反し、とても落ち着いている。さらに仕草に雑なところがなく、物を大切に扱うところも大変好ましい。
「友坂夫妻は、それぞれ急に創作の神が降臨するらしいんですよ。いわゆるゾーンに入ることがあるんです」
つい波野さんに見惚れてしまうが、今の言葉で慌てて彼から視線をずらす。
「へ、へぇ……神が降臨」
「そうなんです。降臨しちゃうと二人とも、まさにお互いの存在や寝食さえ忘れるほど、没頭する。その状態が一日続く──ではないんですよね。余裕で一カ月とかそうなってしまうんです。すると途端に音信不通になってしまう。気になった知り合いが家を訪ねると、二人ともそれぞれの作業部屋で、一心不乱で創作活動に取り組んでいる。そうなると、こんなふうに誰かと一緒に飲んで食べてどころではなくなるんですよ」
「ああ、なるほどです。だからこんなふうに友坂夫妻と飲む機会が、ありそうでないということなんですね」
「その通りです」
そこで波野さんがお酒をくいっと飲み切ったので、私は徳利を手にお代わりを注ぐ。
「……白石さん、お酒を注ぎ慣れていますよね」
「あ……そうですね。私、東京ではフリーランスでライターの仕事をしているんです。編集部の方と飲みに行くことも多いんですけど、相手はクライアントですからね。しかも編集者は酒好き、酒飲みが多いので、こうやって注ぐのは私の役目と言いますか。ちなみにいやいやではなく、割と楽しくこの役目を担っています」
波野さんがお猪口を口に運ぶを手を止め、黒目の大きな瞳で私を見る。
(スッキリして透明感のある綺麗な瞳……)
「……そうなんですね。楽しいのですか?」
「はい。だって注ぐと、相手が笑顔になりますから。『そんな気を遣わずに』とは言いつつ、やっぱり嬉しいと思っている。それが伝わってくるので……」
すると波野さんはふわりとほころぶような笑顔になる。
「白石さん、優しい人ですね」
「! それを言うなら波野さんですよ! 親切に声をかけ、荷物も見てくださって」
私の言葉に波野さんは真顔になると「でも下心があったかもしれませんよ」なんて言う。
(え、でも波野さんの下心なら歓迎ですよ……?)
「冗談ですよ」
波野さんが爽やかに白い歯を見せて笑顔になった。
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