何だか似ている……
平静を装い、青年から離れ、通路を進む。
だが声をかけられて以降、ずっと心臓はバクバクしている。律子にも即、『フェリーでイケメンに出会った!』とメッセージを送りたくなっているが。
(ひとまず、デッキへ出よう!)
そこでデッキへ出ると……。
「あっ……!」
見渡す空はオレンジ色を帯び、夕焼けの入口が近づいている。海面は低くなった陽射しを受け、水面に反射、波の揺れも相まって、輝いて見える。
(あの絶景の夕焼けの時間帯ではない。それでも夕焼けの始まりを海上で体験するのは初めてだわ……)
あの青年の言った通りだ。デッキ席から海も空もよく見えるのに、人はほとんどいない。
そもそもこのフェリーは観光船ではなく、島民の足なのだ。夏休みも終わったこの時期、そしてこの時間は通勤通学の生活利用者が多い。船内でも学生らしき制服姿の男女を見かけている。
(あの青年も間違いなく、島民なのだろう)
一旦、壮大な景色を眺めることで、昂ぶりまくっていた気持ちは落ち着くが……。
(東京から約7時間のローカルなフェリーの中で、あんな国宝級のイケメンと出会うなんて!)
再びテンションは上がっていく。
インターネットもない時代、タレントのスカウトキャラバンで全国に散らばる原石をオーディションで発掘しようとする気持ち──わかるなぁ。
(だって、まさかまさかだもん! あんな素敵な人に声をかけられるなんて! しかも親切!)
あのランクのイケメンなら、ツンと澄ましていてもおかしくない。無言でも女性は寄ってくるだろう。よって私に声をかけたのは本当にいい人なのだと思えた。
(もしかして新たな出会い……!?)
そう思うも、ここからどうしたらいいのか。
自分で書いた数々の恋愛ハウツーコラムを思い出す。
(あ、あった! 見知らぬ人と連絡先を簡単に交換出来る方法が!)
それは気になる相手と一緒に写真を撮ればいい。そしてこの一言を言うだけ。
「今、撮った写真、送ります。メッセージアプリのアカウント、持っています?」
たいがいの人がアカウントを持っているので、これで連絡先はゲット出来る。
(でも……肝心の写真を一緒に撮る理由が思いつかない。というかその前に……)
咄嗟だったが本能(?)で、薬指の指輪チェックをしていた。そして指輪はつけていないし、跡もなかったが、そもそも若く見える。
(肌に透明感があって、とても綺麗なんだよね。あれは若さゆえの美しさ)
アラサーの私に対し、あのイケメンは……。
(大学生? 三年生とか四年生? それなら結婚していなくて当然。結婚はしていなくても、恋人は……いると思う。あの整った顔立ちと優しそうな性格で、彼女なしのわけがない! 中島の女性たちが放っておくはずがない!)
新しい出会いだ!──なんて気持ちは盛り上がってしまったが、現実は厳しい。あの容姿と性格で、もしも彼女がいないとしたら──。
(実はヤンデレ系だったり、恋愛対象が女子ではなかったり、実は許嫁がいたり……)
薔薇が美しく咲けるのは、棘があるから。
もしあの美青年がフリーであるならば。
何かとんでもない理由があるはず……!
(結論。新しい出会いなどではなく、この場限りの出会い)
そう自分自身に言い聞かせ、席へと戻ったが……。
「どうでしたか?」
「おかげさまで人も少なく、存分に楽しめました! それもこれも荷物を見ていただけたからです。本当にありがとうございます」
「いえいえ。……とても奇遇なのですが、俺もあの写真を見て、中島への移住を決めたんです」
(てっきり中島生まれかと思ったら、移住者だったのね……! しかも……)
「あの夕焼けの写真を見て、移住を決めたのですか!?」
「そうなんですよ。東京に住んでいたんですけど、もうあの写真を見て『あ、ここでこの夕焼けを見たい』となって……。最初は移住までするつもりはありませんでした。旅行者として訪れたんです。あなたのように、一人でこのフェリーに乗って」
「中島に滞在し、すっかり気に入ってしまったのですね」
「そうですね。……まあ、東京でいろいろあった──というのもありますが」
そこで少し遠い目をした彼を見ると、思ってしまう。
(この容姿で、性格も優しくて、気さく。こんな人でも遠い目をしたくなるような出来事があったのね……)
私もまた東京で、忘れたくなるような出来事があり、中島へやって来た。
(こんなことを言ったら何様かもしれないけど、彼と私、何だか似ている……)
それは東京を離れたくなる理由があるだけではない。あの夕焼けの写真を見つけ、中島までやって来たところも含めて、だ。
(だって中島はそこまで有名な場所ではない。釣り人や瀬戸内の島巡りの一環で訪れる。ここを目的地にする人は、少ないと思うから……)
私と同じことをイケメンな彼も感じていたようだ。こんなふうに言ってくれる。
「あの夕焼けの写真。とても素敵な写真ですが、検索してすぐ出てくるわけではありません。同じ写真を見て、中島へ行きたいと思った人と出会えるなんて。なんだか親近感を勝手に覚えてしまいました」
イケメンのこの言葉に、ときめかないなんて無理な話。さっき落ち着いたはずの鼓動が、またもうるさくて仕方ない状態になっている。
「長師海岸へ夕陽を見に行くんですか?」
「はい。見に行きたいなって、思っています!」
ドキドキしたまま席に座り、後ろを振り返る。
すると彼は真っ直ぐに私を見て問い掛ける。
「中島には一カ月滞在するんですよね?」
「そうなんです」
「それなら10月に入ってから行くのがいいですよ」
「あ、そうなんですね」
なぜだろう?という感じで首を傾げると、彼は優しく微笑み、その答えを教えてくれる。
「湿度が下がると、空気がクリアになります。10月上旬だと、まだ日中は半袖でもいけるかもしれません。それでも今より、朝晩は冷え込みます。その涼しさが夕焼けを綺麗に見せてくれる。あの写真ほどではなくても、今よりぐんとオレンジから赤への濃淡を感じられると思います」
「なるほど。詳しいんですね」
「気になることはきっちり調べたくなる性分なんですよ。ちなみに秋になると、巻雲が出やすい。夕焼けを反射した雲で風情のある景観になります」
そんな感じで彼は夕焼けの話から始まり、中島の名物、観光地と言う程ではないが、せっかくなら行くといい場所を教えてくれる。さらに話は中島だけではなく、瀬戸内を満喫するメジャーどころからマニアックなところまで、ぜひ観光するべきだとアドバイスしてくれるのだ。
そんな感じだったので、フェリーでの時間はあっという間に過ぎ、そして――。
「まもなく中島、大浦港に到着いたします」
船内にアナウンスが流れる。
「……すみません。すっかり話し込んでしまいました。もっと夕焼けを見たかったんじゃないですか!?」
「そんなことありません! 貴重な現地の方の観光情報を聞けて、よかったです!」
「いろいろ話しましたが、島民の知り合いからも聞けることですよね……」
「それはそうですが、もし一人だったら、デッキへも行かず、ここでぼーっと窓からの景色を眺めているだけでした」
「そんなふうにぼーっとした時間を過ごすために来たのでは?」
「それでも地元の方と話せたことは、いい思い出になります! 本当にありがとうございました」
「そう言っていただけでよかったです」
お互いに最後まで名乗ることはなかった。
やっぱりこの場限りの出会い、そう思っていたが――。
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