唯一無二
あんなに空は青く高く。
太陽は眩しい程に輝き、瀬戸内の海は陽射しを浴びてキラキラしていたのに。
楽しい時間はあっという間。
気づけば松山に到着している。
東京から松山に到着した時。私は一人だった。再開発中の駅前を見て、数年後にはレアな景色になると写真を撮り、伊予鉄道の路面電車のレトロ車両に乗車。伊予鉄道の高浜線に乗り換え、ダイヤモンドクロスをリベンジ。そして梅津寺駅の海の近さに感動し、フェリーに乗り込んで……。
そこで波野さんに出会った。
――「観光ですか?」
そう声をかけられ、デッキ席へ行くといいと教えてもらった。そこで私は夕焼けの入口へと向かう外の景色を見に行き、波野さんは私の大きなスーツケースを見張ってくれたのだ。さらに中島の夕陽を見たいと思い、ここまで来たこと。その夕陽を見るために、長師海岸へ見に行きたいと思っていると話すことで、会話が生まれた。
でも最後までお互いに名乗ることなく、フェリーを降りたら「さようなら」だと思っていたら……。
――「あ、あの、友坂夫妻をご存知なんですね……!」
――「中島の人口は3000人未満。そして移住者のコミュニティは自然にできやすいですからね」
中島でお世話になる友坂夫妻のことを波野さんも知っていて……。
――「……白石あずさ、といいます」
――「俺は波野歩です」
ついにお互いの名前を知り、そして友坂家での夕食に波野さんも顔を出してくれたのだ!
そこからはなんだかんだで波野さんと毎日のように会っていた。
10キロのお米を担ぎ、汗だくになった私を助けてくれたり、うっかりなハプニングが洗面所で起きたり。さらには中島一日観光を請け負ってくれた。その上で今回の瀬戸内旅だ。
(波野さん……私の推しは……なんて親切なのかな)
頬が緩み、微笑んだ時。
「みかんジュース、ありましたよ」
デッキ席に座る私のところへ波野さんが来て、行きと同じで、みかんジュースを差し出してくれる。
「これで共通財布のお金は使い切りました。宿代とかクレジットカードで払った分もありましたが、適度に節約しつつ、ここぞと言う時に使った。メリハリのある旅ができたと思います」
「それもこれも波野さんのおかげです。……本当にありがとうございます」
「いえ、そんな……。……でも……楽しかったですね。とても」
「はい! 人生で一番楽しい旅になったと思います」
「それはどうでしょうか」
「……?」
「これが白石さんの最後の旅、というわけではないですよね? 旅をする度に、記録の更新を目指さないと!」
「なるほど……! 記録更新は目指したいです。ですが……」
「ですが?」
この旅の体験は特別だと思う。
(だって……)
約束はしている。来年も海へ行こうと。またアートを体験しに行こうと。それでも私は波野さんの恋人ではないし、彼女でもない。何より私は東京に住んでいる。来年を待つ間、中島で出会いがなくても。波野さんのことだ。松山で一人でいたら、逆ナンされてもおかしくない。
つまり今は約束している。でも波野さんに恋人ができたら、さすがにちゃんと部屋は別々にすると言っても、彼女さんは嫌だろう。東京からわざわざ来た女と二人で旅行する――なんて。
(私がその立場なら嫌だもん!)
つまり波野さんとの旅行は、これが最初で最後になる確率が高いのだ。
だから……この旅は特別。
これから先、私が経験するどの旅とも比べるものではない。
一生に一度の宝物。私みたいな雑草が神様と旅をした奇跡。
奇跡なんてそう何度もあることではない。
「今回の旅は唯一無二なんです」
「唯一無二……」
「直島のアートと同じです。今の波野さんと今の私とで旅をできるのは、今回だけ。もしも来年、波野さんとまた旅をすることができても、その時の波野さんと私は、今とは違います。唯一無二なんです。きっとおばあちゃんになってからも、『昔ね、おばあちゃんは一人で中島というところへ行ったのよ。そこでね、ハンサムなお兄さんとフェリーで出会ってね……』って、語ると思います!」
私の言葉を聞いた瞬間。
波野さんの黒目の大きなスッキリとした瞳に、焔が灯ったように感じる。あまりにも熱い眼差しに「何事!?」と思った時。
「白石さ」
「だって美里がさー」「えー、違うから! 瀬戸くんとは何ともないし~!」
「とか何とか言っちゃって~! え、瀬戸のことも呼ぶー?」
おしゃべりをする女子高校生たちがデッキ席へやって来る。
そして――。
「うわ、ヤバ!」
「わあ、すごいイケメン!」
波野さんを見た彼女たちはざわめく。
「白石さん、下へ降りましょうか」
「そうですね」
◇
一階席に腰を下ろした時、波野さんの表情はいつもの落ち着いたものに戻っていた。さっき瞳の奥に感じた焔は、もう消えてしまっている。
(あの時、波野さんは何かを言おうとしていたように思えるけど……)
「多分、まだ友坂夫妻はゾーンに入っていると思うので、夕食は港の近くで済ませて帰った方がいいと思います。さすがに旅の疲れもあるので、帰宅して作るのはやめた方がいいかと」
波野さんは淡々と帰島した後の話をしている。
その様子を見ると、さっきの熱を帯びた眼差しは、それこそ「幻~」みたいに思えてしまう。
そんなことをしていると――。
「まもなく中島、大浦港に到着いたします」
船内アナウンスが流れる。
「下船ですね」
「はい」
「車に戻りましょうか」
「そうですね」
こうして車へ戻り、そしてフェリーは港に到着。
車で順番に下船して――。
フェリーを降りると、また一段階、空が夕暮れの色に近づく。
「白石さん」
「はい」
「夕食の前に一か所、寄り道をしませんか?」
「……寄り道、ですか?」
「……もうお腹空きました?」
「いえ、まだ大丈夫です。いいですよ、寄り道、行きましょう!」
まさか「寄り道」を提案されると思わず、それはもう不意打ちで、一瞬私は言葉が出ない。
(驚いたけど、波野さんが私とまだどこかへ行きたいと思ってくれているのが……嬉しいな)
もう旅は終わるというのに、トクトクと胸はときめいてしまう。
が、しかし!
「着きました」
「あ、え、はい!」
港を出て十五分ほどで目的地に到着している。
(ここは……)
海岸線が続き、そこにはチラホラと人がいる。観光客っぽい人もいれば、カメラを手にした人。地元のカップルらしき二人組もいるけれど――。
「白石さん、ここ、どこだかわかりますか?」
「……うーん、海岸、ですよね?」
「そうです。長師海岸ですよ」
「え、えーっ!」
長師海岸は、中島へ行くことを決意させた、あの夕陽が綺麗に見える場所だった!
「夕陽を見るなら10月……とさんざん話したのですが、来ちゃいました」
「あ、でも、今も空の色がすごく綺麗ですよ。淡い水色に柔らかいオレンジが混ざって……」
「ちょっと移動すると、ベストポジションになります」
言われて少し移動すると……。
「あっ……!」
すでに太陽はかなり低い位置。そちらを見ると、とても眩しい!
「間もなく日没です。あの写真ほどではなくても、この辺り一帯はオレンジ色に染まると思います」
「そうなんですね。すごいです。太陽がとても大きく見えます」
会話している間にも、太陽はどんどん水平線に近づく。
「今回の瀬戸内の旅、始まりは『日の出』でしたよね」
「そうですね」
「だから旅の終わりはこの『夕焼け』で締めたいと思ったんです」
「あっ……!」
「尾道も大三島も周防大島も、宮島も小豆島、直島だって、夕陽は綺麗に見えます」
そこでついに太陽が水平線に接した。
「でもあえて俺は……今回の瀬戸内の旅では、夕陽を避けていました」
「そうなんですか!?」
「白石さんには、中島の夕陽を見て欲しかったんです」
「!」
「他の島ではなく、中島の夕陽を見て、惚れ込んで欲しいと思いました」
太陽は海の中に潜り込むように沈み、空は明るいオレンジと黄色、金色の光で輝く。
「俺はこの島に住んでいます。中島は、俺自身を象徴しているというか……」
夕陽を見た方がいいと思いつつも、今の言葉の意図が気になり、つい波野さんを見て、息を呑む。オレンジの夕陽の光を受け、波野さんの瞳に、フェリーで見たような焔が再び灯っている。
「中島の夕陽だけを白石さんに見て欲しい。中島の夕陽に惚れ込んで欲しい――って言うのはつまり、俺だけを見て欲しい、俺に惚れて欲しい――ということなんです」
「!」
「白石さん、無自覚天然系で気質は猫だから……俺、すっかり沼ですよ! 白石さんという沼にハマり、抜け出せません!」
今、夕陽はクライマックスかもしれないが、私は波野さんから目が離せない。
(というか、推しは今、今、何を言って……)
「好きなんです、白石さんのことが。初めて会話した時から、夕陽を見て、中島を選んだと言われた時から……。どんな時でも『ありがとうございます』と感謝の気持ちを素直に伝えてくれた。度々目の当たりにする白石さんの優しさに心が和んで……。軽トラックのことも好き、だなんて言いだして。物より思い出を大切にする姿勢とか……もう全部、俺のツボなんです。この旅は俺にとっても唯一無二でした。大好きです、白石さん!」
お読みいただき、ありがとうございます!
余韻をお楽しみくださいませ☆彡
















