今が最高!
奇跡の写真を撮影でき、私は胸がいっぱいになっていた。
(私、一生忘れない。この場所で天の川を見て、可愛らしく輝く星をデザインした風向計を見た時。隣には波野さんがいたこと。宝物のような思い出ができた……!)
心の中と言葉にも出して、何度も波野さんに「ありがとうございます! ここに来ることができて本当によかったです!」と伝え、写真も存分に撮影した。
(何だかまだ興奮している。……もう少し波野さんと一緒にいたいけど、明日もあるし、今日はもうこれでお終いかな……)
そう思っていたら!
「白石さん、そこの階段に座って、少し、話しませんか?」
「! いいですよ!」
風向計の突端に向かう途中の階段に並んで腰かけると、波野さんがおもむろに口を開く。
「車の中で途中になってしまった話の続きをしてもいいですか?」
「あっ……はい! 波野さんが中島へ移住を決めた話ですね」
「そうです」
そこで波野さんは過去を思い出すように、天の川を見つめる。大きな黒目に星が宿ったように見え、その姿にドキッとしてしまう。
「俺、東京生まれの東京育ちで、大学は帝都大学理工学部でした。情報工学でAIと人間の関係性について研究していて、大学院まで行ったんです。大学院に通いながら、AIの研究に熱心な企業でインターンをして、そのままそこの研究部門へ就職が決まっていました。でも……就職するのを辞めて、中島へ移住したんです」
「何が……あったのですか……?」
「研究部門にすごく話しやすい男性がいたんです。何度も飲みに行ってそこで俺、AIを使ってこんなことができないか、あんなことができないか……。そのためにこんなことをするといいと思う、こんなやり方ができたらいいと考えていると、かなり熱く語っていたんです。それは研究部門の責任者・北条さんにも話していて、そこが評価され、そのままぜひ社員になり、研究をして欲しいと言われていたのですが……」
そこで波野さんが視界を地面に下ろし、その黒目から星の輝きが消える。
「俺が心を許し、いろいろと話したその男性は……俺が話したことを、自身が考えたことにしてレポートを提出していたんです。会社に。多少のアレンジはあったのですが、骨子は俺が考えたのと同じもの。研究部門の責任者である北条さんはすぐに気づき、彼に尋ねたのです。『これは本当に君のアイデアなのか』と。そうしたら彼は『そうです』と答えた。俺のアイデアとかなり酷似していると北条さんが指摘すると……」
波野さんが目を閉じ、唇を一度ぐっと噛み締め、全身に力が入った。だが、フッと力を抜き、目を開けると――。
「その男性は、北条さんにこう言ったんです。『自分は波野くんと何度も飲みに行き、このレポートのアイデアを話して聞かせた。彼はそのアイデアを絶賛し、ぜひ手伝いたいと言っていた。とても熱心な学生だと思ったのに……。波野くんを信じてあれこれ話したのに。まさか自分のアイデアを盗むなんて』と北条さんに言ったんです」
「え、そんな……! 波野さんが考えたことなのに……!」
「北条さんは俺を評価してくれていました。だから俺がそんなアイデアを盗むようなことはしないとわかってくれていたけど……。その男性は北条さんのさらに上の立場の人間や社長まで味方につけて……」
「え、ひどい! それにずるいです!」
「しかも『波野くんは大学院生で、まだ若い。これからの人間です。ここで腐らせるのは勿体ないです。自分は手柄を独り占めするつもりはない。そもそもこのアイデアは会社の資産になるのですから。僕は気にしません。このまま波野くんが入社しても。彼と一緒に研究しますよ。僕のアイデアの良き理解者でもあるので』って言いだして……」
これはまさに盗人猛々しい! そして厚顔無恥!
「その男性は、懐の広い人間、寛容だと評価され、逆に俺は……。結局、その会社では、その男性の方が社歴も長く、知り合いも多く、実績も相応にあった。対して俺は、帝都大学の大学院生ではあったけれど、所詮は学生。しかもインターン。インターンでは社内の知り合いは限られます。それでも北条さんを含め、味方してくれる人はいたのですが……」
そこで波野さんは寂しそうに笑う。
「なんだかすべてが嫌になってしまって……。出ていた内定は辞退して、それでも大学院は親に学費を出してもらっていたこともあるので、なんとか卒業して。でもその後はただただ一人になりたい。遠くへ行きたい。全部忘れたい……そう思って、ネットでいろいろ検索していたら、偶然あの中島の夕陽の写真を見つけたんです。でも……」
そこで波野さんは、いつもの波野さんらしい笑顔になる。
「中島。どこ? 何県にあるの? そんなレベルぐらい何も知らなかったんです。そこからいろいろ調べて中島については理解しました。でもそこに単身で向かうのは……。勇気がいること。迷っていたら、北条さんが連絡をくれて……。北条さんは本当にいい人で、俺が内定辞退したことを知り、心から心配してくれたんです。だから俺も打ち明けました。中島へ行ってみたいと思っている……って。すると北条さんは伝手を頼り、見つけてくれたんです。中島に行く俺をサポートしてくれる人を」
これを聞いた私は思わず「よかったです……!」と声を絞り出し、ずっと握りしめていた手から力を抜くことが出来た。
「俺を中島で迎えてくれたのは、岡田さんという人でした。持病があり、やっぱり設備の整ったちゃんとした病院の近くの方が安心だと、今は松山に引っ越しちゃったんです。ですが当時は岡田さんを頼り、旅行者として中島を訪れました。そしてしばらく滞在して、島民とも交流し、中島の海と風と自然に癒されて……」
「それで移住を決めたんですね?」
「はい。それに岡田さんが松山に引っ越して、住んでいる家を処分するつもりだと聞いたんです。でもその家、古いですが、ちゃんとリフォームしていた。滞在させてもらい、気に入っていたので……」
そこでふわりと柔和な笑顔で波野さんは告げる。
「なんだか運命に思えたんです。いろいろな理由が重なり、中島へやって来て、岡田さんは松山に移ることになった。それまで住んでいた家は処分するなんて言われたら……。『俺がその家、住んでもいいですか? 出世払いをします!』なんて唐突に提案したら、『ああ、その話、乗った!』って、岡田さんは快諾してくれたんです」
それを聞いた私は心底安堵する。
「……良かったですね、波野さん! 東京ではいろいろあったけど、最終的に今は最高じゃないですか?」
「ええ、俺もそう思っています。中島に移住することを北条さんに報告したら、またも知り合いに声をかけてくれて……。おかげでリモートでできる仕事を食うに困らない状態で請け負うことができています。一度仕事した人は、リピートで新しい仕事を依頼してくれたり、知り合いを紹介してもらえたりして……。あのまま東京にいたら、何だか箱庭の中で人生が終わっていた気がします。でも中島へ移住して、今は伸び伸びと生きることが出来ているんです。大満足ですよ」
「大満足ですよ」と口にした次の瞬間、波野さんの笑顔が極上になる。
「波野さんは私に『律子さんがいてよかった』と言ってくださいましたが、私は、波野さんに北条さんと岡田さんがいてくれてよかったと思います! 間違いなく北条さんと岡田さんは良い方かと! そしてお二人が波野さんに手を貸したのは……波野さんの素晴らしさをわかっているからですよ」
「北条さんと岡田さん。二人はまさに善人の代表みたいです」
「あ、あと私も波野さんの良さを理解し、尊敬しています。この旅を通じ、よくわかりました。波野さんだって善人の代表だと。クズ男のことなんて忘れ、波野さんは波野さんの人生を生きればいいんですよ!」
お読みいただき、ありがとうございます!
お互いの心の痛みを知り、二人の距離がさらに縮まる……!
※私用により火曜・水曜の更新はお休みとなります。
次回木曜日の更新は、相手のペースを大切にしてくれる波野くんに胸キュンするエピソードです。
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