信頼
まさか波野さんに西園寺さんとの一件があり、中島へ行くことになったと打ち明けてしまうなんて……!
友坂夫妻も含め、波野さんも。出会った中島の人たちはみんな、私が単身で一カ月も島へやって来た理由を聞き出そうとはしなかった。打ち明けたければ話せばいい、話したくなければ無理に言う必要はない――そういうスタンスだった。
それなのに話したのは……。
間違いなく、波野さんとの距離が縮まったからだろう。
お互いに軽口を叩けるし、冗談も言い合える。なんだか長い付き合いの相棒みたいに思えるし、そこは律子といる時のように、私自身のいろいろなガードも緩んでいたと思う。
(何より波野さんなら、ちゃんと受け止めて聞いてくれると思えたのだ。そして実際……)
「そうでしたか……。それは辛い体験だったと思います。信じていた相手に裏切られていたわけですから。そんな経験があったからこそ、嘘偽りのない純愛を求めてしまう気持ち。よく理解できました」
「律子から気持ちを引きずらないために、旅行にも出たらと言われて……。偶然、あの夕陽の写真を見つけ、友坂夫妻と律子が知り合いだと分かり……。思い切って一ヶ月。中島へ行くことにしました。いわゆる現実逃避ですね」
「まず律子さんのようなお友達が白石さんのそばにいて、よかったと思います。律子さんはいい人ですね。白石さんの良き理解者であり、何があっても味方でいてくれる人だと思います」
「波野さん……!」
もはやソウルメイトと言える親友のこと。こんなふうに褒められると嬉しくなる。嬉しくなるし、そんな波野さんのことが……やっぱり好きになってしまう。
「一人で抱え込んで半ば自暴自棄で中島へ向かった――となってもおかしくない状況。そうならなかったのは律子さんのおかげでもありますよね。そんな律子さんのような友達がいるのは、白石さん自身もいい人だからです。類は友を呼ぶということだと思います。そして気持ちを整理するため、東京を離れるのは、悪いことではないです。見知らぬ土地へ行き、経験したことは鮮烈な体験になります。つまらない男のことなんて、頭から吹き飛ぶと思いますよ。……実際、忘れていたのでは?」
順調に車を走らせながら、一瞬こちらへ向けた波野さんの眼差しはとても優しい。
「忘れていました、完全に。波野さんの言う通りです。瀬戸内に来てから過ごす時間は――とても密度が濃く、嘘つき男のことなんて、どうでもよくなっていたというか……。本当に忘れていました!」
さっきは純愛なんて話を始めたから思い出してしまったが、完全に西園寺さんのこと、忘れていたのだ。
「よかったじゃないですか。前に進めている証拠ですよ。それに騙されていたと気づけたこと。それは白石さんにとって、良かったことです。それ以上時間を無駄にせずに済んだわけですしね。そして今回中島へ来たのは、現実逃避なんかじゃないですよ。いろいろリセットして、リ・スタートのために必要だった行動。さらにその行動は成果として出ているじゃないですか。『本当に忘れていました』――止まっていた時は動き出し、白石さんは前進しています。目的は果たせたはずですよ」
目的……。癒しと再生を求めた旅だったけど、それ以上の成果は出ている。
(だって。しばらく恋愛なんてしないだろうなぁと思っていたのに。波野さんに出会い、キュンキュンして、恋しているもん! ……たとえ実ることのない恋だとしても。ときめくことで女性は綺麗になれると言うし。推し活万歳!)
「それにしても白石さんが中島へ来た理由。打ち明けてくれるとは思わなかったです」
「!」
「夫婦で移住、家族で移住は、話せる理由が多いじゃないですか。スローライフに憧れたから。農業をやりたかったから。自然の中で子育てしたかったから……とかね。でも単身での移住は……なんだか訳あり。女性が一人で、たとえ旅行であり、知人を訪ねたのだとしても……。何かあるって思いますよね。だからあえて理由をみんな聞かないし、本人も話したくないと思っていたので……」
確かにそうなのだ。話すつもりはなかった。それなのにこうやって打ち明けたのは――。
「皆さんの見守る姿勢には救われました。波野さんに話したのは……この旅を通じてかなり打ち解けてしまい……勝手に私が波野さんに心を許したからというか。純愛について話すことになったからか。でも波野さんならちゃんと聞いてくれると思ったのと、受け止めてくれる気がして……」
すぐに波野さんが何か言ってくれるかと思った。でも予想外の沈黙。
(あ、受け止めてくれるとか、図々しい発言だった!?)
焦って波野さんの方をチラチラと見ると……。
「……すみません。今、車の運転中だから」
「あ……」
「腰を落ち着けた状態で話せばよかったですね」
「そんな! 私が急にこんな話をしてしまって、ごめんなさい! それに、あの、無理に受け止める必要もないので! すみません、いきなりこんな話を聞かせてしまい! ご迷惑でしたよね」
「迷惑なんかじゃありませんよ」
「!」
「俺に気を許してくれたこと。素直に嬉しいです。それにちゃんと聞いたつもりですよ。そして勿論ですが、受け止めています。大丈夫です。この話を聞いたからと言って、白石さんへの気持ちは変わっていないですよ」
推しの優し過ぎる言葉に涙が出そうになる。
「むしろ白石さんが話してくれたから、俺も話そうと思えました」
「え……?」
「俺が中島へ移住した理由。実は島の人には誰一人として話していません」
「!」
「それはみんなを信頼していないわけではなく、移住して一年未満、まだ俺の中で整理がついていなかった……」
「あ、あの、波野さん! 私が中島へ来た理由を明かしたからと言って、ご自身が移住した理由を話す必要はないですよ! 無理して言わないで大丈夫です!」
すると波野さんがクスッと朗らかに笑う。
「無理なんてしていないですよ。俺が白石さんに聞いて欲しいと自然に思えたのです」
「!」
「白石さんは、俺なら受け止めてくれると思えた。同じように俺も、白石さんならちゃんと聞いて、受け止めてくれると思えた――信頼しているだけです。……あ、でも、そんな重い理由ではないですよ。そこらへんによく転がっているような話というか……」
「波野さん、聞きます!」
「え、白石さん、泣いています!?」
「はい! 泣いています! でもこれは嬉し泣きです!」
「嬉し泣き!?」
「だって推しに信頼されている――なんて! ご褒美が過ぎます!」
「推し!? え、俺って白石さんの推し……なんですか……?」
「あ……」
ぶわっと泣きの状態だったが、うっかり心の声を吐露してしまい……。
「い、今の言葉は聞かなかったことにしてください! そうではないと、私、私……」
するとぽすっと頭に手がのせられる。
「大丈夫です、白石さん。落ち着いてください。……その件については何も言いません」
「波野さん……」
「話の続きは今晩にしましょう」
「!」
「なぜならもうすぐ大島大橋公園に着きます」
「あ」
「大島大橋も見えていますよね? 間もなく周防大島に到着です。ですがその前に。せっかくなので大畠瀬戸を大島大橋公園から眺めましょう」
「大畠瀬戸……?」
「潮流が速い場所があり、小さな渦潮が見られることもあるそうです」
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