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せと恋~瀬戸内の夕陽がつなぐ島の恋~  作者: 一番星キラリ@受賞作続刊7/1発売:商業ノベル&漫画化進行中


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12/29

今年も

 波野さんに今日一日、中島のガイドしてもらい、友坂家に戻って来た。すると先に帰宅していた夫妻は、タコの唐揚げ、ナスの味噌炒め、ゴーヤチャンプルー、お刺身の盛り合わせなど、すでに夕食を用意してくれている。そうなると「歩くんも食べていくわよね?」となり「よろしいのでしょうか……?」には「遠慮せず、食べて行って!」と友坂夫人が即答。


「今日も暑かったでしょう? よかったら先にシャワー浴びちゃいなさいよ」


 友坂夫人の勧めで、波野さんも私も夕食の前にひと風呂浴びてしまう。入浴後、波野さんは友坂夫人が今日の外出で手に入れた甚平に着替え、私はTシャツにスパッツ。友坂夫人は女性用甚平、友坂さんは青の作務衣姿だが、微妙に日中と夜ではデザインが違うらしい。私には色が違うようにしか見えなかったけれど。


(というか、波野さんの甚平姿もいい! 多分、浴衣も似合うと思う! 友坂夫人、次は浴衣を用意してください)


 心の中で拝んでいると「あずさちゃん、食べるわよ!」と声がかかる。


「では今日の注目はコチラ! じゃーん! 神戸牛の肉寿司です~!」

「「おおお!」」


 これには波野さんと私で喜びの声を上げてしまう。


「魚もいいんですけど、やっぱり肉寿司も旨いですよね」


 波野さんは肉寿司を食べられること自体に喜んでいる様子。その理由は次の友坂夫人の一言でわかってしまう。


「そうそう。島にいるとつい、魚だから。たまの肉寿司は嬉しくなるわよね~」


 私も肉寿司自体が嬉しいが、もう一つ、理由がある。


「神戸牛ですよね! すごいです!」


 すると友坂夫妻と波野さんは顔を三人で見合わせ、そして――。


「そうだよねー。東京の人はそうなるわよね~」


 波野さんが「うん、うん」と頷く。さらに今日は日本酒からスタートした友坂さんは、お猪口を口に運びながら、「でもここでは違うんだな~」と言い出す。


「え、違うって、どういうことですか!?」

「ここではお寿司=魚が当たり前。肉寿司の存在を知らないわけではありません。ですが肉寿司は、いつものお寿司とは別物――という感覚なんですよ」


 波野さんはそう言いながら、お猪口をクイッと空ける。「いい飲みっぷり!」と友坂夫人が徳利を傾けた。私は「あっ! いい感じで飲んでいる。今日も波野さん、友坂家で泊まりだ!」と、心の中でなんだか嬉しくなる。


「今日は肉寿司、へぇ~! 今日は神戸牛の肉寿司、へぇ~! 今日は松坂牛の肉寿司、へぇ~! これがここでのリアルな反応です。神戸牛だろうと松坂牛だろうと、同じ。肉! 和牛!って扱いなんです。強いて言うなら『いつもより高い肉らしい』なんですよ」


 波野さんの言葉に、「それだけ魚文化なのね~」と思いつつ、お刺身を……アジをいただく。


(あ、やっぱり美味しい。これが日々当たり前なら、もう魚でいいやって気持ちになりそう……)


「ねえ、あずさちゃん、今日行った場所、写真撮ったりした?」

「はい! 撮りましたよ~」


 友坂夫人に問われた私は、テーブルの端に置いていたスマホを手に取り、姫ヶ浜海水浴場から順番に写真を見せていく。


「あ、ここのお店ね! 知っているわ。葵さんから聞いたことある。夏の間は観光客の人が多いみたいだけど……美味しかった?」

「はい! バンズから手作りで、ミートソースが濃厚でお肉にもパンにもよく合います! 同じミートソースを使ったパスタもあるそうなので、今度食べ行きませんか!?」

「いいわね! あずさちゃんとデートね!」


 友坂夫人とデートの約束をして、そして……。


「これは桑名神社ね。奉納された船がこんなふうに飾られているなんて。インパクトあるわよね~」

「あ、やっぱり奉納された船を飾っているんですね!」


 中島に五年住む友坂夫妻は、すでに島中を制覇しており何でも知っていたが……。


「まあ……これは……すごいわ」


 友坂夫人の手が止まったのは……泰ノ山城跡から見下ろした大浦の集落を映した写真。遠くに海や他の島々も見える印象派の絵画のような写真だった。


「これはまるで水彩画か、印象派の絵みたいな景色だわ。私も昼間に見に行ったことはあるのよ。でもその時に見た景色と全然違う。……違うわけではないわね! 太陽の当たり方が全然違っていたというか……。ねえ、あずさちゃん。これ、スマホで写真を加工したりしたの?」

「いえ、見たままを撮影したもので、デジタル編集は加えていないですよ!」


 私の答えを聞いた友坂夫人の目がキラッと光ったように感じる。そしてその目は私を見ているはずなのに、私を見ていない。まるで私は透明人間で、その先に見える景色を凝視するようにしていた友坂夫人は……。


「この景色を描きたいわ!」


 そう言うと友坂夫人はガタッと席を立つ。


「あの建物の影の色は……濃いところはディオキサイジンパープルかコバルトバイオレット。いや、ダメね。既存の色じゃない。あれは……そう、ウルトラマリンブルーにローズマダーを混ぜたらどうかしら?」


 友坂夫人はそう言いながらダイニングルームを出ていくが、こちらを振り返ることはない。


 私が呆気に取られていると、友坂さんが「あー、理恵子さん、ゾーンに入っちゃったな」と笑う。


「どうやら理恵子さんは、創作意欲を描き立てるものに出会ってしまったようだ。あれは描き終わるまで没頭だね」

「……!」


 驚く私に友坂さんが尋ねる。


「理恵子さんは何を見たの?」

「あ、この泰ノ山城跡から見下ろした大浦の集落を映した写真なんですけど……」

「どれどれ」


 友坂さんは私からスマホを受け取り、画面に指で触れた瞬間。


「!」


 まさに刮目している!


「これは……なんて……なんて色彩美なんだ……? こんな淡い色あいで、なんて印象的な景色……。ああ、ああ、あああ! わかるよ、理恵子さん! 君が何に感動したのか! これは……描きたくなる! 作りたくなる! この淡い色の世界を! 影でさえ淡く、そして海と空が溶けあう世界を!」


 そこでスマホをテーブルに置くと、友坂さんが席を立ち上がる。


 その姿に私はデジャヴを覚えるしかない。


「……あずさちゃん、すまない! 今のこの状況、まさにミイラ取りがミイラになる――かもしれない。だが僕は……僕は作る必要がある。タイトルは“薄暮れ時”だ。小皿から始まり、大皿、そして小鉢、大鉢、角皿もいいだろう。それに……ああ、花瓶! 大ぶりなものを作ろう。それに……」


 友坂さんが席を立ち、夫人同様で振り返ることなく、ダイニングルームを出て行ってしまう。


 そして誰もいなくなった……ではなく、波野さんと私が残された!


「もしかしてこれが波野さんが言っていた”波”なんですか……?」


 すると波野さんは落ち着いた様子で神戸牛の肉寿司をパクリと食べ、お猪口をクイッと傾けてから答える。


「そうですよ。これが友坂夫妻の”波”です。もうこうなると誰も止められません。しばらく創作活動に没頭でしょう」

「まさか泰ノ山城跡のあの写真がそんなにインスピレーションを与えるなんて……」

「でも素敵な景色……光景だったと思いますよ。中島に惚れ込むきっかけの夕焼けとは、真逆の淡い色合い。輪郭や境界線が溶けているのに、でもそこにある物はちゃんと立体として認識できる。影さえ美しいと思ったのは初めてのことです」


 波野さんの詩的な言葉を聞いた私は心配になり、尋ねてしまう。


「波野さんは……大丈夫ですか!? 実は創作活動とか、されていませんよね??」

「ははは! 美術は好きでしたが、成績としては振るわなかった。そこは安心してください。俺がゾーンに入ることはないですよ。それより――」


 そこで徳利を手に持ち、波野さんが私を見る。


「この様子だと、友坂夫妻と瀬戸内の見どころを巡る旅は……無理でしょうね」


 これには「あ……」と思うが、同時に「仕方ない」という気持ちにもなる。


「中島でのんびりでも私は大丈夫です。せっかくインスピレーションが湧いたのに、邪魔をしたくないですから」


 私の言葉に波野さんは「えっ」となり、尋ねる。


「多くの人が、今のような状況になったら『せっかく来たのに案内してもらえなくなった!』になるように思えるのですが……」

「でも水着を忘れてしまいましたし、また来年来ますからね~。そうしたら波野さんが案内してくれますよね!」


 今日は日本酒からスタートしている。程よく酔いも回っていた。そしてリップサービスだったかもしれないが、来年案内してくれると言われているのだ。その事実が私を大胆にさせていた。


 その一方で、今の言葉を聞いた波野さんは――。


()()も案内、もちろんしますよ。でも()()も、案内します」


 そう言って波野さんがサラリと前髪を揺らし、眩く感じる笑顔になった。


お読みいただき、ありがとうございます!

今年と来年の約束♡

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