02
ブックマークしていただきありがとうございます。
引き続きお待ちしております(笑)
「おはよう」
オルソンが小気味よい音を鳴らしながら、中央の教卓の前へ立つ。
「今日の授業はマルデル王国からソフィー・ダールさんが留学したことを記念して、『祝福の儀』について話をしよう」
教室内をゆっくりと見回すオルソンと目が合い、ソフィーは会釈した。彼は朗らかな笑みを浮かべると、再び視線を移動させる。
「実は『祝福の儀』がいつ頃から始まったのか、未だに明確ではない」
「巨人族から人族を守ったあと、人族が力を得るために始まった儀式ではないのですか?」
白妖精族の女生徒が立ちあがり質問した。少し釣り目気味の瞳が、勝気そうに見える。しかしオルソンはいい質問だ、と言わんばかりに満足気に口角をあげ、彼女を見た。
「今のところその節が最も有力ではある。が、妖精族が人族と友好関係を築くために始めたという説もある」
オルソンの一言で教室内がざわつき始める。だが、この動揺はソフィーにも十分理解できた。
国内外を通して白妖精族は人族との関係は対等だと言ってはいる。だが実際は、魔力も乏しく脆弱な人族のことを下に見ていた。人族はそれをきちんと理解している。わかっていて、それを受け入れているのだ。なぜならば、どんなに人族が束になったところで巨人族と渡り歩いた白妖精族に敵うわけがないと知っているから。
(でも白妖精族の方々は人族のしたたかさを知らないのよね、きっと)
相手の気分を害さないよう上手く付き合っていけば、またいつ巨人族が襲ってきたとしても白妖精族が味方についてくれるだろう。そういう打算的な考えの元、人族は白妖精族の態度を受け入れているのだ。
(でもオルソン先生が言った説が正しかったから、なんでこんなちぐはぐな感情が両者に生まれしまったのかしら?)
ソフィーは眉間に皺を寄せて考え込んだ。
「なぜ後者の説があまり耳に入ってこないのか。それは、巨人族の脅威を忘れないようにするためだと、私は考えている」
教室内のざわめきがやみ、リキャルドが手をあげる。オルソンが小さく頷くと、リキャルドが席を立った。
「先生、それはフェンリルにユグドラシルを燃やされてしまったことがキッカケですか?」
「いい着眼点だ、メリーン君。神話では、戦いが終わったあとでも巨人族は頻繁にユグドラシルへ攻撃をしてきたと書かれている。どうやら巨人族の戦士たちの中で、白妖精族に守られているユグドラシルになんらかの接触することが、名をあげるためのものになってしまっていたらしい」
本を音読するかのように滔々と語られたオルソンの言葉に再び生徒たちの声が飛び交い始める。
「そんな神話なんてあった?」
「神話とされているが真実でもあるさ。フェンリルが閉じ込められている洞窟がそうだろう」
「その洞窟自体が見つかってないじゃない」
リキャルドの説を巨人族の女性が両断した。リキャルドは反論する。
「候補地はある」
「それってマルデル王国とホーン国の境にある森だろう。すげー広いじゃん」
今度は人族の男性に論破され、リキャルドは押し黙ってしまった。
(うちの領地もその境に位置するのよね)
幼い頃、フェンリルが洞窟に封印されているという童話をソフィーも母親に読んでもらったことがある。そして今のリキャルドのように、フェンリルの洞窟を探しに父親と探索したことがあった。結局洞窟は見つからなかったが、そこでソフィーは仔狼を見つけたのだ。
(あの仔は元気にしてるかしら?)
元気になったと思った矢先に突然いなくなってしまった仔狼を思い出し、ソフィーは悲しい気持ちなった。
(無事に生きていてくれればいいのだけど……)
ソフィーが他所事を考えているさなかも、生徒たちの意見交換は続いていた。
「白妖精族は、わしら黒妖精族に対しても上から目線だよな」
「それはあなたたちが道具作りばかりしてなかなか地中から出てこないからでしょう」
「黒妖精族を引きこもり集団みたいに言わないで欲しいわ」
「でも俺、ここにくるまで黒妖精族の奴を見たことなかったぜ」
生徒たちの盛りあがりは別の話題に飛び火し、自体の収集が困難になった頃、オルソンが教卓を木槌のようなもので叩く。
「静粛に。話を戻そう。フェンリルの洞窟は未だ見つかっていないが、彼が実際にユグドラシルに火を放ったという証拠は実在している」
「それはどんな証拠なんですか?」
黒妖精族の女性が椅子に乗り、発言した。オルソンが間髪入れずに応える。
「燃え落ちたユグドラシルの枝だ。フェンリルは巨人族にしてはとても頭がよかった。単独行動を主とする巨人族にしては珍しく、彼は仲間を募ってホーン国まで侵入してきたんだ」
「仲間? それは誰ですか?」
「一説にはフェンリルの弟妹である、ヨルムンガンドとヘルだと言われている」
「炎を噴く巨狼と毒霧の大蛇、それに死者の支配者……」
戦々恐々と囁かれた名に、ソフィーは目を瞠った。
(何、その二つ名。素敵……)
蛇はごめんだが、ソフィーは火を噴く巨狼の姿と死者を操る女性の姿を脳裏に描いた。その間にもオルソンの話は続けられる。
「まずフェンリルは弟のヨルムンガンドに白妖精の国へ毒を撒くよう頼み、妹のヘルに毒死した白妖精族を支配させユグドラシルまで連れていくよう指示をした。ユグドラシルの元へ辿り着いたフェンリルは口から炎を吐き出し、ユグドラシルを燃やし始めた。だが白妖精族側だって黙ってやられていたわけではない」
(死者って、生きている人を殺してしまったの。それは駄目よ)
すでに死んでいる人が墓から這い出る姿を想像していたのに残念だ。
ソフィーがガッカリしている横でフィーナが長耳を伏せ、オルソンの語りを聞いている。
「生存していた白妖精族は黒妖精族と人族と力を合わせ、この苦難を乗り越えたのだ。ある者は解毒薬を作り毒にやられた仲間を助け、またある者は力を行使して燃やされ始めたユグドラシルの火を消し、ある者は仲間を集ってフェンリル討伐の旗をあげた」
「そしてフェンリルは捕まり、洞窟に封印されたんですね」
「その通りだ、メリーン君」
オルソンが満面の笑みで頷くと同時に鐘が鳴った。




