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第五章 恋って難しい
「それではお嬢様、いってらっしゃいませ。授業が終わった頃、お迎えに参ります」
「わかったわ。ありがとう、フィン」
ソフィーはフィンから鞄を受け取り、教室の中へ入っていった。以前、リキャルドに案内された教室だ。中央にある教卓から見あげる形で机が一列ごとにあがっていく。通路が二つあり、縦に三つの区画で分けることができた。教室の中は前回とは違い、生徒がたくさん席についている。やはり皆、袖口の開いた黒い服を身に纏っていた。
(すごい。白妖精族の方だけじゃないのね)
ソフィーは開いている席を探しながら、今日からクラスメイトとなる生徒たちを観察した。
(あの方はわたくしと同じ人族ね)
似たような顔立ちを王国で見たことがあるから貴族の子息だろう。ソフィーは白妖精族と夢中で語り合っている青年から目線をずらす。
(あちら方は黒妖精族の方ね。本当に身体が小さいわ)
膝丈くらいだろうか。椅子の上に立って、大柄な男性と話していた。顔の半分が大きな眼鏡で隠れている。もし、彼の顎下に立派な髭がなかったら性別の判断がつかなかったかもしれない。
地中で生活している黒妖精族は日の光にとても弱いと聞く。あの大きな眼鏡なら、光を遮るには充分だろう。ソフィーは本で見た通りの黒妖精族の出で立ちに満足し、彼と会話をしている男性を見た。
(あの大柄の方は人族の方なのかしら?)
人族にしてはずいぶんと大きい。それに顔も見覚えがない。学園の入学は貴賤を問わないというから、庶民の出なのかもしれない。
(あちらの方は黒妖精族の女性の方ね)
顎下に髭がない代わりに、縄のような太さのおさげ髪をしている。黒くて艶やかな髪はとても頑丈そうだった。
(男性の方が多いけど女性もそれなりにいるのね)
種族別にみても、一番多いのは白妖精族で、次が黒妖精族、そしてほんの一握りの人族といった感じだった。
(そういえば巨人族の方もいらっしゃるって聞いたけど、巨人族の方は教室には入れないわよね?)
まさか外で授業を受けるのだろうか。ソフィーが教室の一番奥にある窓へ視線を向けようとしたところで、声がかかる。
「ソフィー様、おはようございます」
「フィーナ様、リキャルド様も、おはようございます」
ソフィーが振り返ると、そこには手を繋ぎ教室へ入ってきたフィーナとリキャルドの姿があった。ソフィーは彼らの仲睦まじい様子に笑みを向ける。フィーナが照れた様子で俯いた。しかしリキャルドは、ソフィーとフィーナの目線だけの会話に気づいていないようだ。
「ダール嬢、おはよう。今日が初めての授業だろう。何か心配なことはあるか?」
「少し緊張はしていますが、まだ何が必要かそうでないかもわからない状況でして……」
「それもそうか」
快活に笑うリキャルドの隣でフィーナが胸へ手を置いた。
「まだ席がお決まりでないのなら、わたくしがいつも座っている席の隣はいかがでしょうか?」
「よろしいんですか。ありがとうございます。実はどこへ座っていいのか迷っていたんです」
ソフィーは顔を綻ばせ、頭を下げた。
「フィーナが隣にいれば安心だな。昼食は一緒に食べよう」
リキャルドはそう言うと、手をあげ去っていった。どうやら友人に呼ばれたらしい。一瞬で彼の周りには人だかりができてしまった。きっとフィーナとのことを聞かれているのだろう。
「ソフィー様、こちらです」
ソフィーはフィーナのあとをついて席へ着く。ちょうど真ん中の席だった。空席を設けずフィーナの隣に座り、ソフィーは先ほど疑問に思ったことを質問した。
「この学園には巨人族の方がいらっしゃると聞いたのですが、巨人族の方はどこで授業をお受けになるんですか?」
「巨人族の方ですか? 何人かこのクラスにもいらっしゃいますよ。あ、あそこで黒妖精族の方と話している方がそうです」
「え? あの大柄な方って巨人族の方なんですか?」
ソフィーは頓狂な声をあげた。それがおかしかったのか、フィーナが小さく笑う。
「ふふふ。巨人族の方はご自身の身体の大きさを調整できるんですよ。もちろん女性の生徒もいらっしゃいますよ」
「身体の大きさを自由に! それでは外で授業を受けなくて済みますね」
疑問が解消され晴れやかな気分になっていると、フィーナが声を立てて笑い始めた。心から愉しげに笑うフィーナの姿が珍しく、ソフィーは上下に弾む彼女の長い耳をまじまじと見つめる。だが、それもだんだんといたたまれなくなってきた。
「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか。巨人族の方にそのような便利な力があることを知らなかったんですから」
「申しわけありません。ソフィー様のようなご意見は聞いたことがなかったもので」
フィーナは笑いをこらえながら目尻にたまった涙を拭った。そんなにおかしなことを言っただろうか。ソフィーが首をかしげていると、ようやく笑いが収まったのか。フィーナが感嘆した様子で口を開く。
「それにしても巨人族の方の力が便利ですか」
フィーナが含みのある物言いで見つめてきた。
「便利、ですよね?」
「ええ、便利だとわたくしも思いますわ」
フィーナの返答に、ソフィーは安堵した。
ふいに鐘の音が鳴り響き、扉が開いた。入ってきたのは、学園を途中まで案内してくれたオルソンだった。




