03
「本日の授業はここまでにしよう」
言うや、オルソンが教室をあとにする。
あっという間だった。マルデル王国でも学園に通ってはいたが、こんなにも早く授業が終わったと感じたことはない。
ソフィーがぼんやりと、オルソンが立っていた教卓を見つめているとフィーナが声をかけてくる。
「ソフィー様、初めての授業はいかがでしたか?」
「はい。その、圧倒されました。ですが、とても興味深かったです」
思ったままを口にすると、フィーナがニコリと笑う。
「わたくしもオルソン先生のお話にのめり込んでしまいました」
「わたくしも。ですが皆さんとても白熱していらして」
マルデル王国の学園では、自ら挙手して発言する生徒などいなかった。むしろ教師にあてられるのが嫌で俯いている生徒ばかりだった。その代表ともいえる自分がこのクラスでやっていけるのか。ソフィーは不安になる。
「ソフィー様もそのうちに慣れますよ」
「そうだと、いいんですけど」
ソフィーはフィーナの慰めに、苦笑いで応えた。
「ダール嬢!」
名を呼ばれ、ソフィーは声がした方へ顔を向ける。トールヴァルドが生徒たちをかき分け近づいてきた。
「まあ、お兄様どうしたんですか?」
学年の違う彼は別の教室で授業を受けていたはずだ。フィーナもそう思ったからこそ、トールヴァルドの登場に驚いているのだろう。
「ダール嬢を誘いにきたんだよ」
「え? お兄様が?」
フィーナが、あっけらかんと言い放ったトールヴァルドの言葉に瞳を瞬かせた。だが、トールヴァルドは妹の動転を気にせず、話を続ける。
「街を案内するって言ったんだ。今日はどうかなと思ってね。ダール嬢、このあとは自習室で研究ですか?」
「いえ、個人研究は授業に慣れてからするつもりでしたので」
ソフィーはたじろぎながら応えた。
「よし、それならいきましょう! おすすめのパン屋があるんです」
言うや、トールヴァルドに手を握られる。温かい彼の大きな手に包まれソフィーはドキッと心臓が高鳴った。
「あ、あのトールヴァルド様。侍従に連絡をしておかないとそれに荷物が……」
そのまま歩き出すトールヴァルドをソフィーは慌ててとめようとした。しかし、彼の足はとまらずに、顔だけをフィーナへ向ける。
「フィーナ! フィンさんがきたら伝えておいてくれるかい?」
「わかりました。ソフィー様、楽しんできてくださいね」
「あ、ありがとうございます」
ソフィーは、机に置いたままの筆記用具を片づけてくれているフィーナを目の端に捉えながら、教室を出た。
※※※
商店街に着くなり、トールヴァルドは行き交う人々を縫うように歩いていく。それは、街を案内するとは名ばかりで、目的地がすでに決まっているかのような動きだった。ソフィーは彼のあとをつきながら、流れていく店先を視界に入れていく。
(王国の商店街と雰囲気は似ているけど、やっぱり違うわね)
まず店の形が違う。王国では移動できる店が多いが、ここにある店は木造だったりレンガ造りだったりと、立派な建造物のお店がほとんどだ。何より王国では、商品や店員が浮いたりしない。
(すごいわ。あんな実演販売なら後ろの方でもきちんと見えるわね)
道を塞ぐようにできた人だかりの頭上で、数本のナイフが縦横無尽に飛び交い、果物の皮を剥いている。しかもそれだけではない。色々な果物を飾り切りし、見ている客たちへ配っていた。その都度金物屋の名ではなく別の名を連呼している。
(もしかして金物屋だけじゃなくて果物屋も一緒にやっているのかしら?)
よく考えられた宣伝方法だ。ソフィーが感心していると、トールヴァルドの歩がとまった。
「ここです、ダール嬢。ここがぼくのおすすめの店なんです」
トールヴァルドが腕を広げた先には、木の幹の真ん中をくり抜いたような建物があった。看板には束になった小麦と、パンが描かれている。焦げたバターのいい匂いが辺りに漂っていた。
「さあ、入ってください」
トールヴァルドが自分の家のように店の中へ入っていく。ソフィーも彼に続いて中へ入った。
(意外と中は広いのね)
思っていたよりも奥行きがあるらしい。幾人かの客がめいめいにパンを選んでいる。
商品棚には、ソフィーが見慣れているロールパンやシナモンロールはもちろんのこと、黒いケシの実がかかった長方形のパンや白ゴマがまぶしてある楕円形のパンなどが置かれていた。他にも、チョコレートのかかった丸いパンや、アイシングされた砂糖が飾られているパンなど、種類も豊富でどれもおいしそうだ。
「いらっしゃい、ヴァルド様」
「やあ、イーベン。今日は新規のお客さんを連れてきたんだよ」
トールヴァルドが黒妖精族の女性店員に笑顔で応じていた。ソフィーは店員、イーベンの登場に目を丸くする。
イーベンは、網掛けされている筒のようなものに乗り、浮いていた。客と目線を合わせるための配慮なのかだろうか。
(あれも魔道具なのかしら?)
ソフィーは、トールヴァルドと親しげに会話をしているイーベンをまじまじと見つめた。こちらの視線に気づいたのか、イーベンがふよふよと飛びながら近づいてくる。
「おや、珍しい。人族の方。どうぞご贔屓に」
体型は子どものそれなのに、大人びた対応のイーベンにソフィーは面を食らう。教室で見かけた黒妖精族の人同様、ゴーグルで瞳は見えないはずなのに口元の笑みだけで彼女が自分より年上なのだとわかった。
「よ、よろしくお願いします」
ソフィーがおずおずと頭を下げると、イーベンが白い歯を見せて笑った。そして、そのままトールヴァルドの元へ移動する。
(白妖精族と黒妖精族の方を見た目で判断しては駄目ね)
よく見れば服装だって、サイズこそ小さいが大人っぽいものだ。カフスで絞られた黒いシャツに黒いズボンといった出で立ちで、エプロンと頭巾だけが白い。袖口が開いている服が主流のこちらでは珍しいデザインかもしれないが、マルデル王国では見慣れた服装だった。
(女性が着ても意外と似合うものなのね)
男性が着る服を着こなしているイーベンに見惚れていると、イーベンが奥にある席を指差した。
「いつもの席なら空いているよ」
「ありがとう。それじゃ、胡桃パンとユグドラシル茶を頼むよ」
トールヴァルドの注文に、イーベンはわかった、と言い厨房へ入っていく。ソフィーが彼女を見送っていると、トールヴァルドがこちらを見た。




